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10話 苦い愛。

包丁は真っ直ぐに舞火の首に向かっている。


蛍の声に反応したと同時に母親に反応した舞火は体を動かせないでいた。


決して、パニックなった訳ではない。


舞火は母親による恐怖で体を動かせなかったのだ。


包丁を手に持っている恐怖ではなく、『母親』という存在が舞火を凍らせているのだ。


「舞火!!」


蛍は舞火を動かそうともう1度、大きな声を舞火に投げたが、舞火の体は動く気配はない。


1秒でもためらいを見せたら舞火は救えない。


自分の声に答えない舞火を見て、それを感じた蛍は目を尖らせて、腰を落とした。


そして、脚に力を入れて右足を前に出して大きく跳んだ。


「お母さんの為に死になさい!!」


母親の微塵の愛情も感じられない言葉と同時に包丁が舞火の首に刺さろうとした時、強烈な跳躍を見せた蛍が舞火の体を抱き抱えて包丁を避けて見せた。


あまりの蛍の力強い跳躍にリビングの床は大きくへこんでいる。


「蛍……」


蛍に助けられた舞火は泣きそうな声をあげて蛍を見つめた。


自宅に来る前は舞火は強気な姿勢を見せていたが、やはりそれは強がりだったのだ、と蛍は舞火の顔を見て思った。


当然である。


そう簡単には激しく刻まれた恐怖は克服できない。


時間をかけて恐怖を自分の中で溶かしていく必要があるのだ。


「舞火、怪我はない?」


「……うん。大丈夫…。ありがとう」


舞火の体に体を密着させている蛍は舞火が激しく震えているのがわかった。


恐怖で震えているのは言うまでもない。


「舞火……もぅ、私達はここで終わりましょう。あんたもどうせ、お母さんの前から消えるでしょ?なら、ここで終わるのが最善なのよ」


何が最善なのか。


舞火の母親の言っていることに共感できる所を蛍は見つけられない。


ただ、舞火の母親が精神的にだいぶ、参っていることだけは理解できた。


「おばさん、舞火はそんなことを望んでいません」


舞火を代弁するように蛍は口を開いた。


「なに?なんなのよ、あなたは……」


蛍が口を開いた瞬間、舞火の母親の目の色が変わった。


それは計り知れないほどの怒りが燃え上がった瞬間である。


部外者である蛍が口を出したことで、舞火の母親の中の独占欲や支配欲が大きく膨らんでしまったのだ。


そして、それは怒りとなり蛍へとぶつけられた。


「あんたは……家族じゃないでしょ?だいたい、なんであんたがここにいるのよ?……わかった。私と舞火を別れさせようとしているのね。そうなのね、ねぇ、舞火?」


「ち…違うよ、お母さん。蛍はあたしの友達だよ。お母さんも知ってるでしょ?」


蛍を守れるのは自分だけだ。


舞火に声を出させるのは、舞火に体を動かせるのはその気持ちだった。


何も蛍まで母親の暴力の餌食になる必要はないのだ。


舞火は母親に必死で声をあげて蛍のことを話した。


「うるさい!!」


だが、それは無駄に終わった。


部屋に母親の怒鳴り声が響くと舞火は大きく体をビクつかせて、口を閉ざした。


「友達?ふざけるんじゃないよ。なんで、あんたが私の舞火の友達なのよ、こんな生意気な小娘は舞火には相応しくないわね。……やっぱり、あんたは私と舞火を別れさせるつもりなのね。そうなのね?そうなのね?……なんで…いつも、私から大切なものを奪っていくのよ!!」


狂った様に舞火の母親は手に持っている包丁を振り回し始めた。


その様子はまるで、見えない何かと戦ったいる様である。


いや、本当は戦っているのかも知れない。


悲しみや苦しみ、寂しさや憎しみと戦っているのかも知れない。


何か1つ、大切なものを失えば人はどけだけの傷を負うのだろうか。


それは深いのか、浅いのか。


立ち直れるのか、立ち直れないのか。


それはいずれにしろ、その人によることであるがきっと、無傷な人間なんていないだろう。


「お母さん、落ち着いて!」


舞火だってそうである。


愛情を暴力として受け入れた舞火は今、ボロボロになっている。


まさに、舞火こそが愛情の被害者なのだろう。


「殺してやる……殺してやる……。生意気な小娘が!!」


包丁を振り回したその反動と共に舞火の母親は体重を蛍のほえへと傾けた。


包丁をしっかりと握り締めて、向かってくる様子から蛍を本気で殺す気なのだろう。


「蛍、もぅ、逃げて。あたしは大丈夫だから」


「それはできないよ。舞火を置いて行くなんてことはできない」


「でも、このままじゃ、蛍が……」


蛍の腕を掴む舞火の手の力が強くなったことから、舞火が蛍の身を案じていることが理解できる。


しかし、それは蛍も同じなのだ。


舞火の身を案じているからこそ、ここから離れることはできない。


「大丈夫。私なら大丈夫だから」


そう言った蛍は舞火に背を向けて母親と向き合った。


蛍が母親と向き合った頃には母親はもう、蛍の目の前にまで迫り、包丁を持った手を振り上げていた。


もう、逃げても間に合わないだろう。


いや、もとから蛍には逃げる気はない。


「死ね!!」


勢い良く振り下げられた包丁は真っ直ぐに蛍へと向かっていく。


そんな中、蛍は右手を前に出して指先をまで真っ直ぐにして1本の棒を作り、向かい打つ姿勢を取った…。

次回の更新は6月7日(木)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

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