第一話 勇者が駆ける世界
これはすでに投稿してる作品のリメイクですが、なんか雰囲気が微妙に違うので気になるなら読んでみることをお勧めします。
『ヒィィィーヤッハァァーッ‼︎!』
その鳥の頭は、頭頂部のトサカを残して、側頭部の羽毛が薄く、じかに鳥肌が覗く。
その鳥の双肩を覆う羽毛量は翼部のそれより遥かに盛りがよく、まるで肩抜きジャケットを羽織ったよう。
そんな、どことなくファンキーな雰囲気を醸し出す独特な容姿をした鳥、人呼んで『世紀末鳥』と呼ぶ。
ここは、とある県の真ん中でも隅っこの方でもない、都会でも田舎でもないなんかイイ感じに絶妙な場所に栄えた?戸入町。読みはトイレマチ。
勇者の里、戸入町の朝は、名物であるこの「世紀末鳥」の雄叫びとともに一日が始まる。因みに雌鳥は鳴かない。
さて、その三丁目の一角にある家で『今代の勇者』になろうとしている『彼』はその眼をパチリとカッ開いて今日も朝を迎える
「…………四時四五分か」
まるで東京スカイツリーのように鋭く聳え立つ寝癖が頭にある、この少年の名前は、戸入=治。読みは、トイレ=ナオル。戸入姓、この戸入町において、割とメジャーな家名である。
戸入=ナオル、彼の容姿は一言で言うとすれば、とにかく「子供でも落書きで描けそうなわかりやすい容貌」である。黒くて「程よく太い」眉の下には「黒い瞳と白い膜がなんかイイ感じの割合でメリハリがハッキリした造形」の眼があり、とくに用がない時はキツく結ばれた唇、ほぼ円と言っていいくらいの丸顔の輪郭をしている。
実際に何を考えているかはさておいて、とにかく「私は起きてます!」と主張する顔だと思えばいい。
成績はBATSUGUNでなくとも、優秀。先ほど述べた顔の通り、真面目な性格で、清く、正しく、逞しくを今年、十六歳になっても実践している、強いて言えば、優等生とも言えなくもない。
「いい朝だ。……ムム。テントか。」
気合をいれてカァッと、目を開ける。
そして、自身を改める。
続いて窓を開けて息を吸い込み、そして吐いた後、机の上にあるステレオのスイッチを入れると、スピーカから育ちの良さそうな、なんかイイ感じに品が漂う『体操のお姉さま』の美声が流れてくる。
「おーほっほっほっほ!
ハァーイ!
皆さん、お元気?
Charismaは十分?
朝のトイレ体操のお時間よぉ。
このあたくしに続いて、エレガントに舞うのよ。いいわね?
行くわよぉ〜、ハイッ!
一、二、三、四…………。」
戸入=ナオル。
彼は、毎朝五時前に自然と目覚め、
四時五◯分という非常識な時刻に放送される『朝のトイレ体操』を毎日欠かさず聴き、
自身が敬愛する体操お姉さまの美声に従い、嫌な顔ひとつしないで、ひとつひとつの振付を、まるで戸入のカミサマに捧ぐ舞踊が如く、丁寧な所作で舞う漢である。
戸入=ナオルが『朝のトイレ体操』を終えて、今のある一階に降りる。
時刻は午前五時十五分を回ったところ。居間にはすでにナオルの家族が勢ぞろいしていた。戸入一家のその日一日の生活リズムの早さは異常である。
食卓の上にはその湯気と香りを立ち上らせる朝食の皿が置かれ、
ワイシャツを着て、海か或いは空のような淡い或いは深い、なんか言葉掴みづらいくらいに絶妙な青色のネクタイを締め、なんか良い感じに理知的なほにゃららを醸し出している黒縁眼鏡の男性が新聞を読んでいる。
ダイニングの横っちょに設置された台所では、肩まで伸びた髪を鼈甲のカチューシャでまとめ、襟に大人しめなフリルを施した白シャツにベージュのスカートという今時珍しい控えめでなんかイイ感じに清楚な服装をした女性が戸入=ナオルの方を振り返って微笑む。
あと、食卓の奥深く、深淵の仄暗い席に、何故か掛け湯の時に使う取っ手付きの洗面器を被り、若草色の甚平の上に鼠色の羽織を掛けたご高齢の男性がクッチャリ、クッチャリとのんびりご飯を咀嚼している。
台所に立つ女性が戸入=ナオルに声をかけた。
「おはよう、ナオル。ご飯、置いてるわよ」
「お早う御座います。母上」
ナオルは今時珍しい、家族の間でも年上に対しては敬語を使う人種だ。
その時、食卓の奥、薄暗い席で朝食をとっていた、把手付きの洗面器を被ったご高齢の男性は静かに箸を置き、低く、しかし室内によく通る声を発した。
「勇者=ナオルよ。
昨晩はよく休めたか。」
戸入=ナオルは居住まいを正して返答する。
「お早う御座います。
お爺様「無礼者! 世は王であるぞ!」はっ。
それは、とても……」
「そうか、それは良きことであるぞ」
「ナオル……合わせなくていいわよ。」
洗面器を被ったご高齢の男性____戸入=総司は戸入=ナオルの祖父に当たる。名前の読みはソウジである。
このように頭の方は少し呆けが進行中である。
祖父=ソウジの質疑応答にかしこまった様子で応えるナオルに黒縁眼鏡の男性ことナオルの父____戸入=締太が朝の挨拶と共にしみじみとした様子で呟いた。
「おお、ナオルよ。おはよう。
お前も今年で勇者なるとは、時の流れも早い早い」
「ハイ。」
「ナオルよ。
うちは代々勇者の家庭。
と言っても、魔王の復活がない限り、行事も特にない。
平時においては、私は副業のサラリーマンをしているがな。」
そこで先ほどから、台所のほうで調理器具やら食器の片付けをしていた女性が口を挟んでくる。
「むしろソッチが本業みたいなものよ。
私たちの生活が掛かってるんだから。頑張りなさいよ「勇者係長」さん。」
彼女は、戸入家の家計を任されている家長(?)ことナオルの母__戸入=育代である。名前の読みはイクヨである。
いくら災害級の侵略者である魔王から世界を守る勇者の家系であろうと、臨時の家業と明日の家計を秤にかけるとなると、やはり後者の方が切実な問題に違いない。
「しかし、それももうすぐ、お前の誕生日でお終いだ。俺はお前に勇者の全てを譲渡する。
お前は『勇者』という家業と、『聖剣・木阿弥』を継承する。
そう硬くならなくていい。
魔王はもういない。魔王の復活がない限り、今までと同じだ」
しかし、それを聞いたナオルの顔には、複雑そうな感情が見える。
「でも、父上。私は」
ナオルは、おのれが生まれた家系が営む家業を知るようになってからその時まで温めていた、勇者になることへの思いを伝えようとするが、時間がそれを待たない。
「ナオル。遅刻するわよ。早く食べなさい」
「ムム……ハイ」
食卓に着くと、今時にしては珍しく家族の前でも背筋を伸ばし、型通りの所作で朝食を取るナオルであった。
因みに、寝癖はいつの間にか直っていた。
気が向いたら続きを書きます。