入学式前夜
4月6日。
離れの居間にかけられたカレンダーを見ると、入学式前日。正確には、入学式前夜。
膝程までしかない低い机に肘を付きながら、神宮さんに借りた本を読む。ちょうど読み終わったところに、風呂上がりの神宮さんが出てきた。
「む? 読み終わったのか!?」
目を輝かせているところを見ると、どうやら、本好きへの道を歩み始めているようだ。私の、中学レベルの参考書をうれしそうに読みあさっていたから、知識を得ることに喜びを感じているのかもしれない。
「もちろん。あ、ねぇ、ここのシーンなんだけどね……」
そう言ってページをめくり、お目当てのシーンを探し出す。
「ここ、死んじゃったのかな。それとも、生きてると思う?」
「う~ん。俺は、死んでしまったのでは、と思うのだが……。菅野はどう思う?」
「え~と、死んじゃってるのかもしれないけど、生きてて欲しい。だって、かわいそうすぎるもん。残された方が」
「あぁ、なるほど。そうだな、客観的に見るのではなく、キャラクターの視線から捉えるのもいいな。でも、そうすると、ここで死んでいる方が、主人公は良いと思うぞ」
「あ~、そうか! そうだね、主人公は、その方が良かったのかも……」
息つく間もなく、会話を続ける。
自分とは違う視点から見ている相手の意見を聞き、自分の意見を見直す。そして、すぐに自分の意見をまとめる。そして、言う。それに対して、また、相手がそうする。それを繰り返すことで、自分の納得いく答えが出る。
やっていること自体は、国語の討論会や、社会のレポートと似ているかな。
これを繰り返していたため、私は、文系なのだ。国語だけではない。社会や理科でよくある、資料を使う問題も、この応用で解くことができる。
その代わりというのは悲しいが、数学や英語はとことんできない。文法が違い、表現も限られてしまう英語は、好まない。数学なんて、もってのほか。ただ単に問題を解く、というのが苦手だ。
受験に必要な科目は、主要3科目。つまり、国・数・英。
国語だけでカバーしきれる訳じゃない。今回の学校は公立校で、神社の近く、ということで、既に決定済みだった。それが、そこそこ学力の必要な学校。市内でも、上の方に入るとか……。
――私、平気かなぁ……。
向かいで、生き生きとした笑顔を浮かべて、ページをめくる神宮さん。
――神宮さん、平気かなぁ……。
こっちに気がついて、ページを見せながら、ここはどう思う、と、再び話を再開する。
――いつか。
いつか、本当に好きな人と、こんな風に話をしてみたかった。
今はまだ、叶わないけど。
いつか、神宮さんと、本物の恋人になりたい。
――そう、思った。
あ、……せめて、結婚の前に恋愛をしてみたいって事だから!
恋愛感情もないのに夫婦なんて、私はやなんだってば!