神様の許嫁になりました。
今日から、おばあちゃんの家にお世話になる。おばあちゃんの家に呼ばれて、引っ越しを決めたのが4ヶ月前。慌てて受験高校も変更し、なんとか受かったという次第。電車は、元々の家があるところから、随分と田舎なところへと向かっていく。
目的の駅に着くまで、約3時間。駅前は随分と発展しているが、バスに乗り、少し離れると、すぐに田んぼも多くなる。
バスの乗客は、片手で数えられるほど少ない。おまけに、学校は、駅前とはほど遠い。パンフレットで見る限りはきれいに整地されているようだったが、学校帰りにスタバに寄るという夢は叶いそうにない。
これから毎日、これに乗って学校へ行くのかと思うと、悲しすぎる。でも、私のお役目を果たすためだから、しかたがない。逆らっても無駄なのだ。
私のおばあちゃんの家は、神社だ。一世代飛ばしで、神主と巫女が決まっていく。私は、今年から、おばあちゃんの後を継ぐため、おばあちゃんの家に住み、いろいろ習わなくてはならないのだ。
――それが、菅野家の血を引く長女の、運命さだめ。現代の現役高校生でも、例外ではない。
神社の目の前にバスが止まってくれることが、せめてもの救いだった。まずは、神社で参拝。その後、裏にある母屋まで行く。
「いらっしゃい、咲子」
70代には見えないほど若いおばあちゃんが、迎えてくれる。白髪はあっても、はっきりとした発音に、凜とした立ち振る舞い。まだ50代くらいに見えるんじゃないだろうか? 普段から着ているからなのか、まるで旅館の女将のように、とにかく着物のよく似合う女性だった。
「部屋はこっちだよ。荷物を置いてから、いろいろ説明するから、まずはお昼まで、部屋を整理なさい」
「はい」
おばあちゃんと話をするのはひさしぶりで、なんとなくかしこまってしまう。
『おばあちゃんには、神様がついているんだよ』
『へぇ、そうなの!? すごいねぇ!』
無邪気に笑っていたあの頃を思い出し、自然とほおが緩む。しかし、今はそれがあるからこそ余計に緊張しているのだ。心の中で無邪気におばあちゃんと会話をする私に、心の声で返す。
――あんまり、いいモノじゃないかもよ?
部屋は、離れの一室だった。
おばあちゃんとおじいちゃんは、母屋で生活している。
巫女が先代巫女から学ぶ期間、世代の違う人たちが同じ空間で生活することになる。生活する部屋がかぶらないように、離れが存在する。
先代巫女とその夫――すなわち、おばあちゃんとおじいちゃんが亡くなったあとは、遺品の整理をして、私は母屋に移り住むのだ。そして、私が引退するとき、また、私の孫にあたる子がその離れを使う。
1つの離れに、部屋は3つ。そのうち1つに通され、持ってきた荷物を運び込む。六畳の部屋が、本棚や机やらで埋まっていた。業者に頼んだ荷物は先に届いていたらしい。そこに、本や教科書などが追加されていく。一段落ついたのは、来てから2時間、ちょうどお昼頃だった。
「あれ、咲子。今呼ぼうと思ったところなのに」
「久しぶり、咲子。随分と大きくなったなぁ」
母屋のリビングには、おばあちゃんと、おじいちゃん。
「……」
そして、黒髪に醤油顔という純日本の容姿を持っている同じ歳くらいの男の子が、私を見て固まっていた。
私も固まる。必然的に、見つめ合う感じになってしまった。おばあちゃんが、かすかに笑い声を漏らす。見かねたおじいちゃんが助け船を入れようとしたとき、青年は言葉を発した。よく通る、よどみのない美しい声だったが、不安が見て取れた。
「私は、神宮照彰と名乗るようにと言われている。真名は人前では言うなと言われた」
時代錯誤な話し方。
それに驚いた私は、神宮さんの顔を凝視して、気がついた。目は黒く見えるが、光が入ったとき、ほんの少し青みがかってみえる。まるで、ゲームか何かの主人公みたいだな、と思って、クスリと笑う。神宮さんは、それを見て、ほっとしたような、なんとも言えない表情になった。
実は、硬い表情をしていたのは私で、神宮さんはそれに影響されていただけなのかもしれない。繊細な人なのかな、と思った。
「はじめまして。私は、菅野咲子。おばあちゃん……じゃなくて、菅野寬子と菅野昌幸の、孫です」
「自己紹介は済んだかい。食事中に、お互いに話せるようになっておきなさい」
「このあと、何かあるの?」
そんな話は、ぜんっぜん聞いてない。
「咲子。あなたは、照彰の許嫁になるの」
い、いいな、ずけ……?
「って事は、あなた神様!?」
「よかったよ。咲子が、ちゃんとその辺の事情を分かってきてくれていて」
おばあちゃんはそうに言ったが、全然分かってない。解説を求めると、神宮さん本人が解説してくれた。
「私は、天照の家系の子。無事に任務を果たすために、こちらの世界では真名は使うなと言われている。天照大神様から、"国の様子"を報告するようにと言われている」
堂々として偉そうな話し方なのに、チャラい感じは一切ない。
「で、なんで、私の許嫁になるの?」
私が強い口調で言うと、あからさまに『困った』と言う顔をした。
「それが、私にもよくわからんのだ。そういった連絡も受けておったが……。理由までは、特に聞かされなかった」
そういう顔は、困っているようには見えたが、不満はなさそうだ。神様の当たり前なのかもしれない。
しかし、私にはあるのだ。
「なんで、将来を決められなきゃいけないのよ! まだ、高校生よ!? 恋だってしたいのに!」
私は、家族全員に不思議な目で見られる。おじいちゃんが、さも不思議そうに首をかしげた。
「恋なら、照彰とすればいいだろう。どのみち、他のみんなには、この関係のことを隠さなければならない。だったらなおさら、まわりには『付き合っています』と言うことにした方がいいだろう?」
もうっ!!
私は、部屋を飛び出し、離れへ駆け込んだ。
ばふっ、と、ベットに倒れ込む。
みんなで好き勝手言って、私の気持ちは無視するの!? おばあちゃんとおじいちゃんだって、恋愛結婚だったくせに! なんで私だけ許嫁なんかにならなきゃいけないの!?
「よりにもよって、人間じゃない人と!」
「……入っても、いいか?」
神宮さんの声だ。私が答えないでいると、ドアの向こうから話し始めた。
「私にも、天照様に直接話を伺い、申し立てをすることはできない。その……、すまない」
わざわざ、謝りに来てくれたらしい。それに、偉い人に直接お願いをすることまで考えてくれていた。意外なことに、今までの興奮が、すっと引いていく。
「べつに……。神宮さんが悪いわけじゃないでしょ」
「いや……。でも、やっぱり、私のせいだ。其方が許嫁になるのは私だし、その、……人でないから」
がばっ、と、ベットから起き上がる。聞かれてた! さっきの、バッチリ聞かれてた!!
「ごめん、あれは、そういうつもりじゃ……」
慌てて弁解する。すると、ドアの向こうから、クスリ、と笑い声が聞こえた。
「優しいのだな」
心臓をわしづかみにされたみたいだ。一瞬、頭の中が真っ白になる。しかし、次の瞬間。気がつくと、ドアノブをひねり、ドアを開けていた。
びっくりしたような神宮さんの顔が、すぐに、優しい笑顔に変わった。
「よかった、元気そうで」
そんな心配のされ方をされるほど、私の剣幕は相当のモノだったらしい。
神宮さんが、お茶と、チーズケーキがのったお盆を渡してきた。
「これを渡しに来たのだ。昌幸殿に食べられてしまいそうだったから」
「おじいちゃんの冗談を本気にしたの?」
「む? あれは冗談だったのか!?」
おじいちゃんは、そういう冗談を平気でいっては、おばあちゃんにたしなめられている。
確かに、おじいちゃんは、おしゃべりな方じゃないから、そうに見えたのかもしれないけれど。でも、人のものを勝手に食べるような人は、少ないんじゃないんだろうか。神宮さんは、そんな冗談を本気にしたらしい。意外にも天然?
「……でも、ありがとう」
「うむ」
私がそう言うと、一瞬驚いた顔をして、すぐに、笑顔になった。整ってはいるものの、少し童顔な神宮さんの笑顔は、無邪気な笑顔だった。
きっと、心から笑ってるんだろうな。
そう思えるくらいに、気持ちのいい笑顔だった。
「もう怒ってないよ」
「む?」
私は、あえて顔をそらして、言う。
「いいよ、許嫁」
私が言うと、とても驚かれた。
「いいのか!?」
「うん。それに、神宮さんが訴えられないんだったら、私がどうこう言っても、仕方ないしね」
私は、精一杯、心から笑って、一言。
「だから、いいよ。許嫁」
「ありがとう」
さっきよりもいい笑顔で、神宮さんは言った。
――こうして、私の許嫁ライフは幕を上げたのでした――