再会とその先
「そういえばお前って昔から男っ気なかったな」
「大きなお世話よ。カニクリームコロッケ頂戴」
私は箸でホッケをつまみながら、適当に目に付いたメニューを追加した。
カウンター越しの正面には男の店員が一人。注文された料理を作りながら私の雑談を聞いている。結構頻繁に話しかけているのに器用な奴だ。
店員は昔の友達だった。高校の時に同じクラスで、男友達の中ではそれなりに仲の良い方だったと思う。卒業してから特に連絡を取っていたわけじゃなく、噂でどこそこの店で見かけたとは聞いていたけど、今日偶然入った居酒屋がそうだとは思わなかった。
こいつは当時から料理が好きで調理実習の時はやたら張り切っていたのを思い出す。今こうして居酒屋で働いているところを見ると、本格的にこっちの道を目指しているらしい。
「ここで働いてから何年か経つけど、お前くらいの女性が一人で居酒屋に飲みに来るなんてそう多くないぜ。行き付けのバーとか無いのかよ」
「ここにいるじゃない。梅サワー」
「お前、思ったより飲むのな」
お酒は確かに好きだけど、自分が酒に強いかどうかはよく分からない。でも今日はまだ中ジョッキとカクテルを2杯空けただけのはずだ。
ホッケと大根サラダを交互につまみながら、私は周りに気づかれないように小さく溜息をついた。
男っ気が無いのは昔から。反論の余地が無さ過ぎて笑うしかない。別に男に飢えているわけじゃないけど、社会人になってからそれなりの年月が経ち、友達や後輩がどんどん結婚しているのを見ると流石に思うところはあるわけで。
お母さんも段々うるさくなってきたし。
「タッキーは結婚しないの」
「やめろよその呼び方。まあ俺だって色気もへったくれもないけどさ。ほいコロッケ」
滝野洋二でタッキー。私以外は余り使っていないあだ名を彼が気に入っていないのは知っている。私もからかいたい時に使うだけで、普段は洋二と名前で呼んでいた。
洋二は私とは違い、モテる方だった。特に後輩に人気で、体育祭なんかでは黄色い声援が上がっていたものだ。
「お互いいい歳になっちまったなあ。俺も親から無言のプレッシャーが」
「年齢の話題はやめて。軟骨のから揚げ」
注文と同時にさっき頼んだ梅サワーがカウンターに置かれる。私はそれを少し煽るように、一気に三分の一くらい流し込んだ。
お互い、今年で二十九だ。私はつい昨日が誕生日で、同僚らからちょっとしたお祝いはあったけど、三十路一歩手前と考えると複雑な気分だった。でも職場はあまり男性はいないし、プライベートでも無趣味だから、このままでは何の出会いもありそうに無い。
少し酔いが回ったのか、一瞬目の前がぼんやりした。頭を軽く振り、コロッケをバラしながら、ふと洋二を見る。
料理をしている彼の姿は確かにちょっと格好よく、惚れる人がいても不思議じゃないと思う。後輩連中を連れてきたら確実に一人くらいはひっかかる。
例えばこの偶然の再会を運命にしてみるというのはどうだろう。
と一瞬思ったが、いろいろと似合わなさすぎて笑ってしまった。私と洋二という組み合わせも、そもそも私がそんなことを考えるのも。
「何だよ。俺がどうかしたのか」
「何でもない」
もし私がそんなことを考えていると知ったら、洋二は何と言うだろう。鼻で笑いそうな気がする。
「ま、生きてりゃいろいろあるってことだな」
「何よそれ」
「いろいろはいろいろだよ。ほれ、軟骨から揚げと、これはおまけ」
洋二は少し照れたように笑いながら、から揚げの皿と、なぜかシャーベットの乗った皿を出した。
「デザートなんか頼んでないわよ」
「だからおまけだって。お前確か、昨日誕生日だっただろ」
ん?
洋二の言葉を頭の中で繰り返すと、一気に酔いが覚めた。
高校の時に誕生日を教えたことがあったような記憶はある。けど、十年以上経った後も覚えているとは全く思わなかった。
「本当はケーキとかあればいいんだけど、おごりで出せるのはこれくらいでな。……違ってたっけ」
「あってるけども」
なら良かった、と洋二は動かしていた手を止め、片手を腰に当てて私の方を向いた。
「高校のときも誕生日祝いに何か旨いもの作ってくれって言ってたのを思い出してさ。あの時はチーズケーキか何かだったかな。美味しいって言ってくれたから結構うれしかったんだぜ」
当時のことを思い出してみる。確かに洋二が料理作りが趣味と聞いて、だったらケーキでも作って欲しいと頼み、文句を言いつつも作ってくれた。
味はうろ覚えだけれども、確かに美味しかった。
「あの時は人に手料理振舞うのは抵抗あったけど、今こうしているのは、あれでちょっと自信がついたおかげかもな、なんて」
誕生日祝いとしては質素なものだった。けれど、一日遅れだとしても、今までこれほどのサプライズがあった誕生日は無い。
シャーベットをじっと見てから洋二をもう一度見上げると、ニヤリと笑っていた。してやったりとでも言いたそうだ。
「今ならタッキーでも惚れそうよ」
「なんだよその微妙な言い方は」
本当に私と洋二が結婚することだってあるかもしれない。
人生は何が起きるかわからないのだから。