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June

 最近よく怪我をしてくるあいつ。痣や擦り傷、昨日なんかは腕に切り傷なんてものを付けて来た。不良はナイフまで振り回すのかと、殴る蹴るはあったもののそこまではなかった俺は良かった良かったと思った。

 しかし、いくらあいつが不良でよく喧嘩をすることを知っていても連日傷をつけてくるのはやはり……気になる。

 昨日までは先日発売されたラノベを読んで目をそらしていたものの、読み終わってしまった今ではそうもいかない。ふと気がつくと須田の腕や足を見たり、教室に流れるうわさに耳を傾けてしまっている。うだうだ考えるのも面倒だと思い切って本人に聞いてみれば、どうでもいいだろうと一言。答えてはくれなかった。


「気になる……」

 ぼそりとつぶやけば、最近よく来る野良猫のネネがにゃあと返事をした。

 それに和みながら画面書かれた選択肢の中から「別に何でもないよ」を選んぶ。するといつもは優しく笑うシュリちゃんがむっとした表情をして、「何でもないわけがないでしょう!」と言った。俺が突然のことに少し驚いていると、シュリちゃんは絆創膏を渡してきた。それは水玉模様の可愛らしいもので、普通男が付けるようなものではない。しかしその優しさがとてもシュリちゃんらしい。

 俺は「……ありがとな」を選択した。シュリちゃんはその言葉にとびきりの笑顔をみせてくれた。きゅんっと心臓がなって、縁側に倒れこむ。顔は勿論にやけまくりである。シュリちゃん可愛い、シュリちゃん可愛い。と心のなかで何度も呟いてから俺はひらめいた。

「絆創膏……か」

 しっかりとセーブをしてスマートフォンをポケットに入れると、俺はジャージ姿のまま家を出た。


 着いたのは近所のドラッグストア。入るやいなや俺は医療品売り場に直行した。そこには、包帯や消毒液に並んでシュリちゃんがくれたような可愛い絆創膏が沢山置いてあった。

「うわー。いっぱいあるんだなあ……」

 りぼんを付けた白い猫や黒いネズミ、黄色いねずみなど様々だ。

「どれにしよう」

 しかし悩んだのはほんの数分。すぐに決めて俺は店を出ていた。レジの店員がなんでこんなオタクが……?といったような顔をしていて恥ずかしかった。

 買ったのはピンクの帽子を被った青鼻のトナカイ、茶色の熊の絆創膏と白い猫のガーゼだ。

 これをつけることになるであろう須田の姿を思い浮かべて顔がにやつく。

 ――似合わないんだろうなあ。

 足取りも軽く家のドアを開ける。と、そこには見慣れたあいつの靴が。

「あ、須田来てるのか」

 今日も怪我をしているのだろうと思い、自分の部屋へ急ごうとしたが母さんの声によって足を止めることになる。

「椋蒔、須田くんはリビングよ」

 いつも部屋にいるので珍しいこともあるものだと思いながらドアを開ける。一歩踏み出して、消毒液のにおいが鼻を突いた。

「す、だ……?」

 そこにはぼろぼろの体でソファに寝る須田の姿があった。

 驚いてしばらく立ち尽くしたあと、近付いて須田の髪を撫でる。しかしそれで起きることはなく、眉間にシワを寄せたまま眠っている。

「こいつ……どうしたの」

「さっき来てね、そのときは血も凄くて今にも倒れそうで。手当てを軽くしたら寝ちゃったのよ」

「そっか……」

 口を閉じてぼんやりと須田を見つめる。全然こいつと接点がなかったときにもこいつはぼろぼろになって学校に来てることはあった。そのときは喧嘩は怖いな、とは思うものの不良だし喧嘩は当たり前だよなとも考えていた。でもこういった関係になってからこんなにぼろぼろになる須田を見るのは初めてで。喧嘩よりも須田がこんな風になってしまうのが、このまま目を覚まさなくなってしまうのが怖い。いや、目覚めないことはないと分かってはいる。しかしなんだか須田が遠くへ行ってしまいそうな、そんな気がして。

 思わずビニール袋を握る手に力がはいる。カサリと音を立てたそれに母さんが気づいた。

「そういえば椋蒔、なに買いに行ってきたの」

 声にはっと我に返りそちらを向く。どう説明しようかと迷っていると洗い物をしていた手を止めこちらにきた母さんは俺の手からビニール袋を取って中身を見た。

「あら、絆創膏じゃない。これは須田君に?」

「ああまぁ。似合わないんだろうなあと思って、嫌がらせに」

 須田から目をそらして答える。

「ふふふ、いいじゃない」

「……へ?」

 予想外の笑いにびっくりして思わず母さんの顔をじっくり見てしまう。母さんはにやにやと面白そうな表情をしていた。

「こんな怪我をしてくる悪いコにはこれくらいして反省してもらわないと。ね?」

「あ、ああそうだよ!」



 それからしばらくして、母さんは満足したのか知り合いとごはんを食べに行ってくると言ってにこにこしながら家を出て行った。

 ―-ひさしぶりにあんな満足そうな母さんを見たなぁ。

 いつもはおっとり優しい性格な母さんなので驚いた。

 母さんの出ていったドアから視線を移して須田を見る。さっき身体を見たら大分前からあるような傷や打撲の痕も残っていたので、結構前からこういうことがあったということなのだろう。疲れも溜まっているからだろうか、まだまだ起きそうにない。

 時刻はもう19時だ。軽く何か作って食べることにしよう。といっても俺が作れるのは炒飯くらいなのだけれど。


 味付けを済ませて完成、というところでずしりと何かが肩にのしかかった。

「うまそうな匂いがする」

「……炒飯だよ、須田」

「俺の分もあるのか」

「あるから。今から盛り付けるからどけって」

「はいはい」

 すっと肩からぬくもりが消えた後、黄色のねずみの描かれたお皿と真っ白なお皿の2枚を用意して、前者のお皿に多めによそいテーブルに置く。

「それじゃ、食べようか」

 と言って少ないほうのお皿側に座った。須田もおう、と返事をして席についた。

「いただきます」

 黙々と食べ味める俺達。チラリと目線を上げて須田を見る。額に一つと頬に一つ。クマや猫が踊っている。正面から見るとやはり似合わなくて、思わずにやりと笑ってしまう。すかさず気付いた須田がキモいと言ってげしげしとスネを蹴ってきたが気にせず俺は笑うのだった。



 -------


 食べ終わり片付けもしてのんびりとテレビを見ていた。

「須田、今日はどうするんだ?」

 育成画面のスマートフォンから顔を上げてると、丁度須田もこっちをじっとみているところだった。

「な、なんだよ」

「いや、いつ見てもにやにやにやにやとゲームしてて、よくわかんねえ奴だなーと」

 ハッ、と鼻で笑われる俺。

「俺には喧嘩する不良様のほうがよくわからないですよーだ」

 こちらも鼻笑いで返し、育成を再開する。須田は珍しく言い返しては来ず、しばらく無言でいたあと唐突に立ちあがった。

「今日も泊まってくわ。風呂借りていいか、あ、お前も一緒に入るか」

「入んねーよばか」

「おう、じゃあ借りるわ」

 何度目かのやり取りをし、がしがし俺の頭を撫でたあと須田は風呂場へと続くドアを開けて出て行った。

 その間スマートフォンに目を向けていたが内容が頭に入ってくるわけがない。どうするの?と画面の中の女の子に聞かれたまま俺はずる、とソファに寝転がったのだった。

「ああ、もう」

 こんな趣味をしていて須田とは正反対であるから、須田たち不良の文化なんてわかるはずがないし、わからないから喧嘩をやめろなんてばっさりとは言えない。でもこれ以上酷くなってしまったらその時俺は耐えられるのだろうか。

 スマホを持っていた手が胸の上からズルリと滑り、スマホがソファの下へ落ちる。シュリちゃんのスマホカバーが、と思いながらも眠気に負けた俺はそのまま手を再び胸の上に戻して目を閉じたのだった。



「おい」

 寝苦しさに目を開けると、何かを指先でつまみながら覗く須田の顔が見えた。

「んー、おはよー須田」

「おうおう、よーく寝てたなクソオタク」

「うるせえクソヤンキーめ、オタクの敵め。はよどけ」

 須田はまだ湿っている髪の毛から俺がいつも使っているシャンプーの香りをさせながら俺の腹に馬乗りになっていた。

「それよりおい、何だコレ」

 どかそうと須田の脚を押すが、非力な上に寝起きで力が入らないため全く意味がなかった。早々に諦めて須田が目の前にプラプラさせるものに目をやる。

「あ、取れちゃったかやっぱり」

「お前か付けたのは。こんな気持ちワリィの」

 指でつままれていたのは2枚の絆創膏だった。お湯でふやけているのがわかる。

「おい聞いてんのか」

 濡れているそれを湿り気を利用して俺の頬にペタペタ貼ってくる。汚い。

「んー」

 言いたいことはいろいろあるが面倒くさくなって両腕を目元に持ってきてそのまま二度寝をきめようとするが寸前で掴まれてしまった。早くどういうことか説明しろと須田が目で言ってくる。俺は下から須田の無駄にイケメンな顔を見つめ、右目の端が少し青くなっていたり、口の橋が切れていることに気づいた。とたんに胸の奥が締め付けられるような気分になる。

 見ていられず、思わず勢い良く顔を引き寄せ腕の中に抱きしめた。

「な、んだよ、寝ぼけてんのか? このくそオタク。ゲームのやりすぎで頭おかしくなったのか?」

「うるせーうるせえ。もう二度とこんなダサい絆創膏付けられたくなかったらこれ以上怪我してくんな、あほ」

 須田は特に抵抗することなく俺の腕の中に収まっている。何も言わないのでやっぱり言っちゃいけなかったのだろうか、と不安に思いつつ腕に力を込めていく。

「なんか返事しろよ」

「.....椋蒔がそんなこと言ってくるのが意外だったわ」

 もぞもぞと頭を動かして俺の方を向いた須田。その顔は締まりのない緩みきったものだった。

「なんつー顔してんだ」

「親とか学校の奴らとかに何言われても止めてやんねえって思ってたけど、椋蒔に言われるとなんかちげえな」

「.......そーかい」

「おう」

 俺は照れくさくなって須田の下から出て、棚に仕舞っていた絆創膏をまた2枚だし須田に手渡す。白いクマがホットケーキを食べている絵柄だ。

「いや、だからってこれはねーわ」

「せっかく買ってきたんだし付けろよ。俺の母親も喜んでたぞ」

「えぇ〜......」

 付けろ付けないを暫く言い争っていたが、そこに母さんが帰宅、須田は渋々頬と額にそれらを付けるのだった。


「おい椋蒔、覚えてろよ」

「覚えねーよ」


 絆創膏を顔につけた須田はやっぱり間抜けで、みんなから恐れられる不良様にはとても見えない。しかしそんな一面が見れるのは俺くらいなのかな、とも思えて少し胸の奥を温かくさせながら俺は自分の部屋に逃げるのだった。


 おわり


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