皐月
「雨やまねーな」
「ああ」
梅雨入りしたらしい今日この頃。寄りかかっている窓の外では激しく雨が降っていた。雨はあんまり好きじゃないといった椋蒔は布団を被りなおしてふへへと笑ってがちがちと携帯ゲーム機のボタンを鳴らした。
自分でも未だに不思議だ。なんでこんな--オタクと呼ばれるような--こいつと俺は付き合い始めたのか。なんでこんなにもこいつが愛しいと思ってしまうのか。付き合い始めた当初、何度も自分に問いかけてみた。しかし結局可愛いから、とにかく好きだから。そういう答えしか出てくることはなかった。いままで付き合ってきた女子のほうが顔やスタイルはいいはずだし、彼女たちのほうが数倍可愛いのについこいつを見ると普段は固まったままの頬が、全身の筋肉が緩むように感じる。そして思うのだ。性別とか顔とか関係なくとにかく俺はこいつが好きなのだと。もうそれしかない、と。
そこまで考えて俺は腰を上げた。
先ほどから俺に背中を向けて俺に向けるはずである笑顔を小さな画面に向けている、愛しの恋人サマを思いっきり抱きしめるために。
「りょーうじ」
おもいっきりのしかかると下でぐえ、となんとも情けない声が聞こえた。
じたばたする手足に自分のそれを絡めてゲーム機を取り上げる。もがもが何か言ってるけど気にしない。わきの下に手を入れて、起き上がった自分の、胡坐をかいた足の上に座らせる。いつもは背中を向けるような体勢なのに、今回はお互いの顔が見えるように座ったからかその顔は赤い。隠そうと必死で下を向くが(腕はがっちり押さえてあるので手で顔を隠すことができない)、俺の頭のほうがこいつよりも下にあるので丸見えだ。
俺の一挙一動に反応するのを見て、こいつもなんだかんだ俺のことが大きなんだな、なんて思いながら黒くて染めたことのない髪に指を通す。ついこの間まではシャンプーしかしておらず、ドライヤーなんてものもしていなかったこの髪だが、最近はさせるようにしたためかふわふわとさわり心地のいいものに変わりつつある。
どんどん俺に染まっていくのが面白くてふっと笑うと何だよ、刺々しいと言葉が返ってきた。
しかし気にせずわしゃわしゃと髪を弄くれば耐えかねたのか、自由になっていたその手で俺の頭をがしっとつかんできた。何をするのかと思ってじっとしているとゆっくりその手を動かして俺の髪の毛を触り始めた。
こいつから触ってくることはめったにない。少し驚きながらそのまま見ていると、しばらくして満足したのかにやりといつものこいつらしい可愛げのない、でもやはりどこか愛しいと感じてしまう顔で口角を上げて笑った。
俺はなにも言わず、うまく言葉に出来ないこのどうしようもないこの気持ちが少しでも伝わればいい、と思いっきりその体を抱きしめた。