寒い冬
「アイツどうしてるかな」「僕が全部壊そう」「今日は帰さない」という3つの台詞を盛り込んで、更夜の冬のお話を創りましょう。
shindanmaker.com/616070
このお題を元に書きました。
寒い寒い冬の夜。
こんな日はいつもアイツのことを思い出す。
一体何度この季節を巡って、一体何度恋に落ちただろう。
もう会えやしないのにそれでも俺はこんな夜は彼女の面影を探してる。
「アイツどうしてるかな」
アイツと出会いなんて覚えてない。
気づいたら一緒にいて、気づいたら隣にいることが当たり前だった。
それは俺だけじゃなくてきっとアイツもそう思ってくれていたと今でも自惚れとかじゃなくそう思ってる。
だから俺にはわかったんだ、アイツがたまにすごく辛そうな顔をすることが。
最初はどうしたんだって聞いても「どうもしないよ」「大丈夫」って笑ってた。
でも俺は大丈夫なんかじゃないってわかってた。
そして実際大丈夫なんかじゃなかったんだ。
ある日アイツは顔にガーゼを貼ってきた。
一体どうしたんだといつもより強く問いただすと小さなかぼそい声で答えた。
「お父さんに殴られた」
その言葉を聞いた瞬間、身体がカッと熱くなってどうしようもなくなった。
「俺がぶっ飛ばしてやる」
俺がお前のこんな世界なんてぶっ壊してやる。
そう言うと彼女は目を見開いて叫んだ。
「やめて!!!!」
俺はアイツがどうしてそんなことを言ったのかわからなかった。
でもただただどうしていいのかわからなかった。
「そんなことしなくていいよ、私なんかのために」
彼女はそう言って泣いた。
いま思えばそれが俺の前でアイツが泣いた最初で最後だった。
「でもそれじゃお前が辛いだろ?」
「私なら大丈夫だよ」
アイツはそう言って無理に笑おうとする。
それをみて、俺は腹をくくった。
「なら、今夜は帰さない」
俺はアイツの手を引いて走り出した。
一体どれくらい走っただろう。
気づけばあたりは暗くなっていて空には星が浮かんでいる。
俺とアイツは学校の裏山に来ていた。
そこは不法廃棄されたたくさんのゴミたちがあって、中には車も置いてあった。
俺はアイツの手を握ったまま何台かある車の中から比較的中が綺麗そうなものをみつけてその中に潜り込んだ。
車の中は冷蔵庫のように冷えきっていたが繋いだ手だけは暖かかった。
「おうちに帰らなくていいの?」
アイツは俺にそう聞いてきた。
「帰らない」
お前を帰したくなかったんだ。
だから逃げるしかなかった。
「寒くないか?」
「大丈夫だよ」
「ホントに大丈夫なのか?」
「ホントだよ」
その後はただただくだらない話をしてた。
本当に笑えるくらいくだらない話だった。
ふと気づくとどうやら寝ていたらしい。
隣を見るとアイツはいなかった。
嫌な予感がして車の外に出ると向こうの方から明かりが近づいてきた。
どうやら帰って来ないアイツと俺を探して親達が捜索隊を出していたらしい。
俺は逃げようとしたが大人達にあっけなく捕まってしまった。
ほかの大人のそばにはアイツもいた。
アイツは俺の方へ口パクで「ごめん」といった。
どうやらここを教えたのはアイツらしい。
こうして俺はアイツの世界をぶっ壊すことに失敗した。
その後、俺たちは大人達にこっぴどく叱られた。
俺はずっと泣いてた。
叱られたからなんかじゃない、ただただ自分が情けなかった。
そのまでの俺は何でもできる気がしていたが、この一件で好きな子に対してさえなにも出来ないということを思い知った。
それからしばらくたたないうちにアイツは母親に連れられて遠くへ越していった。
アイツの母親ももう長いことアイツの父親に殴られていたらしい。
自分だけなら耐えられたのだろうけど娘であるアイツに手を出されたことで逃げる決心がついたのだろうと今の俺ならわかる。
だけどあの頃の俺は本当にバカだから自分ができなかったことができる母親が恨めしかったし、あの時大人達に居場所を伝えたアイツのことも腹が立って仕方なかった。
そんなことで俺はあの日以来、アイツとしゃべることも一緒に過ごすこともなく離れてしまった。
今の俺がもしあの場にいたらどうしてたのだろうと時々考えてみる。
でもきっと今の俺じゃアイツの手を引いて走ることなんてできないと思う。
それだけ俺が大人になったということだ。
そんなことを思うとこの寒さがいっそう増したような気がして、俺は家までの道のりを急ぎ足で進んでいった。