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アフターカタストロフ  作者: 優
天魔境戦争編
8/33

第二話『新米大天使の苦労』

少し長いです。

 アルは、天上界では特に問題児としてほか天使達の手を煩わせてきていた。

 そんな彼女が、先月前に実施された階級試験に合格し、見事、アークの称号を手にしたとなると、驚かないものなどいなかった。

 アークとは、大天使の意を指す。一年に二度これらの階級試験が行われ、それに合格すると、位が一つ上がる仕組みになっている。この権利を得られるのは、小天使から天使になった者だけである。因みに、アーク以上の階級になると、位によって自身の翼の数が変わり、アークの場合は、二枚から四枚へと増えるのだ。


 ―――二時間前。

 アークの称号に喜ぶのも束の間、アルはアザレス第一防衛ラインへの援護部隊の一員として、招集がかけられようとしていた。


「アザレス? 私が、ですか?」


 腕を取り巻く包帯を結ぶのを止めて、アルは首だけを後ろに向けた。

 信じられなかった。まさか自分が前線区域であるアザレスから招集が来るなんて。いつかは来るとは思っていたが、ここまで早いとは。

 天界の現状を深く考えさせられるが、ここまで天使が不足していたとは思っていなかった。

 アークの称号を獲得したとはいえ、戦闘経験の少ないアルにとって、特に死者の数が出るのが多いとされるアザレスに行くのことは、少し考えさせられる場面もあった。

 そんな彼女に、黒いスーツに身を包んだ男は話を続けた。



「正確には支援だ。今はどこも天使不足でな、特に、招集のかけられた第一防衛ラインのあるアザレスには、怪我による戦闘復帰が難しいらしい。そこで、例年よりも多くの天使に招集をかけるとのことだ。昇格早々悪いが、アルにはそのメンバーの一員として、アザレスに支援に行ってもらう」


 淡々と話すこの男は、私が所属する十三部隊の仲間のゼフさんだ。

 若々しく、精悍な顔立ちで、天使では珍しい黒髪と赤い瞳。引き締まった肉体には無駄な筋肉が無く、腕を組んでアルを見下ろしている。


「私が……」


 呟くように口に出すと、自分の今までの努力の成果が実った様で、アルの胸はうずうずした。


「本当なら、俺らの誰かが引き受けるはずだったんだけどな。生憎、今回に至っては全員、他の隊からの応援要請がかけられている………ったく、こっちだってぎりぎりだっていうのに。てめえらの配置区域くらいてめえらだけで守れってんだ。俺ら十三部隊はてめえらのマンマじゃねえっての」


 先程までの冷静な口調が一変。眉間にしわを寄せ、ゼフは吐き捨てるように呟いた。


「断ればよかったじゃないですか。うちはうちで忙しいって。アザレスにだって、私より抜擢の方はいるでしょう」


 やっと、力が認められたのは嬉しいが、私にはまだそんな大舞台での戦闘は厳しい。やはり、他の戦闘経験の豊富な天使に任せるべきだ。

 そう思い、ゼフに向き直り返答を待つと、


「それがそうもいかないのよ」


 ゼフより奥の方からその答えは返って来た。そこには、木製のカウンターに身を乗り上げたリサアの姿があった。

 長く伸びた水色の髪は後ろで縛られ、黄金色の瞳が優しくこちらを見ている。あまりのその容色ぶりは、同じ女性であっても心奪われてしまうだろうほど、艶麗で気品である。


「アルちゃんにはまだ早いと思って言ってなかったけど、アザレスには毎月、各部隊でのローテーションで支援に行くことが決められてるの。部隊の中から一体、アーク以上の階級の天使を隊の中で選び、今年エンジェルに昇格した子達を連れてアザレスに支援に行くってわけ」


「エンジェルって……なんでまたそんな危険地帯に戦闘経験がゼロに近い筈のエンジェルを連れて行くんですか?」


 エンジェルとは、天使になったばかりの小天使のことを言う。戦闘はもちもんのこと実践経験も少ない。そんな天使になったばかりのエンジェル達をなぜ、あんな危険地帯に送り込もうとするのは、


「育成のためさ、戦場で慣れるのが一番だと」


 ゼフは、呆れたように答えた。


「はあ…」


 この育成という名の無防備な実践は、アル自身も不思議に思うことがあった。

 確かに、これからアルが行くアザレス第一防衛ラインは、まだ戦場の心得も何も知らないエンジェルを連れて行くには危険すぎる区域だ。いつ上級悪魔がそこに姿を現してもおかしくはない。だが、その決定権を持つのは私達ではなく、もっと上の階級の天使達なのだ。そのことは、当然、ゼフさんも知っている。だから、この話になると、彼は不機嫌になる。


「それで、どうする? 嫌なら俺が変わってもいいが……代わりに俺が配属されたところに行くことになる。ま、アザレスに比べたら安全だ」


「……いえ、別に嫌って訳じゃないんです。ただ、」


「私に務まるか心配で…」そう言い、拳を強く握りしめた。

本音を言うのは、自身が思っているよりも恥ずかしく、緊張する。肩を竦ませ、目線をまだ包帯の結び終わっていない手に向けた。

 今まで他者との交流を避けてきたアルにとって、見ず知らずの隊に参加することは、ほかの皆を危険にさらす恐れがあった。そこでは戦争の技術は判例されず、それとは違って、大切なコミュニケーションが重要視される。それに戦いの技術は微塵も関係ない。

 仲間が危険に晒されたらどうしよう。自分のせいで天使達が全滅したらどうしよう。そんな不安が、彼女の心を取り巻いていた。


「大丈夫だよ、君なら出来るさ」


 その声は、アルの背後の扉から開閉すると同時に聞こえてきた。聞き覚えのある声に後ろを振り向く。そこには、白いローブに身に纏った長身の男が、こちらの様子を伺っていた。

 その長髪の男に、アルは口を開いた。


「ルシファー」


 にこりと、ルシファーと呼ばれた男は微笑んだ。その背後にいたもう一体の天使、マーモンが我もいるぞ、と言わんばかりにルシファーの後ろから顔を出した。


「お、おかえり」


「おかえりなさい♪」


 アルとリサアが出迎えの言葉を向けると、ルシファー達もまたただいま、と中に入ってきた。



「早かったな」


「ああ、彼の点検が終わるのが早くてね」


「本当だ。あれは我でなくとも、ちと機械の心得あれば誰にでも出来るはずだ。わざわざ機械故障なんかの為に我の力を使わせるとは」


 マーモンがそう言うと、カウンターの椅子へと腰を落とした。逆立たれた赤髪に顎には髭を蓄えている。大柄な体格は、童顔な面持ちとは裏腹に偉才さを放っていた。そして、耳や手首などには金属のアクセサリーが付けられている。


「それだけ信用されてるってことだよ」


 ルシファーがローブをハンガーに掛け立てながら言う。


「そうか? なら仕方ないなっ」


 照れたように、マーモンは鼻を指で擦り、カウンターに(もた)れた。見た目からはあり得ないほど、そのはにかんだ笑顔は可愛らしい。


「紅茶でもどう? 二体とも、お疲れでしょう」


 カウンターから体を起こして、リサアが問う。


「じゃあ、頂こうかな。いつもの、スプーン一杯の蜂蜜を入れてね」


「我も頂くぞ、蜂蜜は抜きで頼む」


「ゼフとアルちゃんは?」


「俺はいい」


「あ、頂きます。蜂蜜は少なめで」


「わかったわ♪」


 皆の注文を聞き、リサアはカウンターの奥へ姿を消した。


「さてと、」


 すると、ルシファーはアルの向側にあるソファに腰掛け、話の話題を戻した。


「どうやら、将来を担う天使様が悩み事のようだね」


 そのエメラルド色の瞳は、まるで見透かすようにアルに投げ掛けられている。堪らず視点を逸らす。


「……悩みってほどの、悩みじゃないんだけど………」


「でも、不安に思っている。それはもう、立派な悩み事だよ、アル」


「………」


 返す言葉もない。

 それを見て、ルシファーは話を続けた。


「大丈夫、君なら出来るさ。だって、君はこれまで一生懸命頑張ったし、その成果、こうやってアークにも昇格した。今回の遠征だって、アーク以上の階級を持って初めて、参加の権利が得られるんだよ。君のお陰で、私達はこうしてほかの隊に手助けにいける」


「お陰? 私が?」


 聞き間違えか、すかさず顔を上げる。


「ああ、今はどこも天使不足だからね。一体でも多くの助けがほしい。だから、アルがアークになってくれたお陰で、助かる天使が増えているんだよ」


 その言葉に、アルは心を打たれた感覚に襲われた。

 今まで迷惑しかかけていなかった自分が、今度は彼らの役に立とうとしていることに。

 天使達の笑顔になる顔がアルの脳裏に浮かびあがり、どこか居心地が悪い。


「あと、ゼフ」


 ソファーの横に立つゼフに、ルシファーが話しかける。それに彼は目を向けた。


「塔の彼らは君を指定してきたんだろ? それなのに、そこをアルに任せるのは、忍びないな。それじゃあ何も変わってないと私は思うが」


 ゼフはルシファーに体も向け、嫌味のように言った。


「それじゃあどうしろと? 俺ら第十三部隊は俺とリサア、アル、マーモン、そしてあんたの五体だけだ。しかもアル以外は全員ほかの隊から要請が来ている。ほかに、どんな方法がある」


「過保護過ぎなんだよ、ゼフは。アルだってもう立派なアークだ。それに、強くなったよ。それは一番、君が理解していると思っていたのだが……?」


「だが……」すぐに反発をしようと食いついたゼフだが、少し考えた後で冷静さを取り戻し、なんでもないとそっぽを向いてしまった。


「大丈夫?」


 不意に、ルシファーが私に問いかけをした。その横では、ゼフが無愛想にこちらの様子を窺っている。

 だが、私の決意は決まっている。ここまで何回も修羅場を潜り抜けて来たんだ。今更、やらないなんて、そんなの勿体ない!


「だい、大丈夫……」


 声色が少し裏返ったが、アルは真剣な眼差しでルシファーを見た。


「私だって、強くなったんだ。だから、気を使わないで。皆さんは、安心して各々の場所を守って下さい。」


 その言葉に、一番驚きを隠しきれていなかったのはゼフだった。そこへ、アルは顔を向ける。


「ゼフさん、私なら大丈夫です。だって、私に戦い方を教えてくれたのはゼフさんじゃないですか。なのに、これじゃあ意味ないじゃないですか」


 アルはゼフに微笑みかけ言った。

 少し考えた後で、ゼフは深く息を吐いた。


「当の本人がそうなら……仕方ないな。」


 観念したように、ゼフも口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。

 それに、アルは安心した。


「お待たせ」


 ここで、リサアが綺麗な飴色に染まった紅茶の入ったカップを三つ運んで来た。

 蜂蜜のいい香りが漂よい、アル達の鼻腔を唆る。


「どうやら、将来を担う天使様には悩み事は無用でございましたか」


 蜂蜜入り紅茶に気を取られていると、囁くようなルシファーの声に顔を上げた。

 そこには、色白の肌に男とは思えないほどなでつけられた髪はさらさらと輝いて、端正な顔立ちの額には瞼が閉じた目が一つ、両目はエメラルド色に輝いてる、ルシファーの優しい眼差しがアルを見守っている。


「大丈夫!」


 頷いて、アルは紅茶が少し冷めるのを待つように、途中だった腕の包帯を巻く作業を再び始めた。


「私だって強くなったんだ。それに、 足手纏いももう嫌だしね」


 そう言い、結び終わった包帯を見ると、今までは上手く巻けていたのに対し、その出来栄えはぐちゃぐちゃで、包帯の隙間から白い肌が覗いていた。

 これには、当の本人の思考も停止していた。すると、その手に被さるようにルシファーの手が触れ、一瞬ビクッとする。


「別に、足手纏いなんて思ってないよ。寧ろ必要とされている感じで嬉しい。アルは頑張り屋だけど、もっと私達や、他の天使達に頼りなさい。それも交流の一つだ。……ほら、できた」


 そう言うと、いつの間にか解けそうになっていた包帯は綺麗に整い、すっと伸びたアルの腕にきっちりと巻き付いていた。


「…あ……」


 戸惑いながらも、ルシファーから手を離そうとしたが、いきなり強くその手を握り締められた。


「だから、もっと相手を信じなさい。友達を作りなさい。ほんの一握りでもいい。最悪、私達だけでもいい。だが、出来れば君と同じくらいの子がいいかな。私達と君とではあまりに年がかけ離れすぎているからね。でももし、辛くなったら私達の元へ帰っておいで。いつでも、私達は君を歓迎する。君を、心から愛している―――」


 その言葉に、アルは言葉を失った。

 いや、この感情をどう口で表して良いのかが分からなかった。

 遥か昔に両親を失い、それ以降誰からの愛情をもらうことができなかったアルにとって、彼らの存在は心を生と繋ぎとめてくれる、唯一の救いの存在だった。

 途端、自身でも頬が赤み掛かり、目尻から熱いものが滲み出てくる感覚がわかった。


 気付いた時には、表情が窺えないまでに顔を下に落とした自分がいた。


 それは、裏を返せばありがとうと、深くお辞儀をしているようにも見えた。

 そして、小さく頷いた。


「ふん、相変わらず褒め殺しが上手いんだよな。あの天使」


「あらっ、その言葉に惑わされて仲間に入ったのはどちら様だったかしら?」


「あぁ?」


「結局は、我らもルシファーの掌で踊らされておるのかもな。まあしかし、あいつに見出された我らも我ら。むはははは!」


 マーモンの盛大な高笑いが響き、其々が淹れたての紅茶に舌鼓をしながら、私達は互いに笑い合った。

最後までお読みになって頂きありがとうございます!

次回も読んでくれたら幸いです。

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