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アフターカタストロフ  作者: 優
天魔境戦争編
33/33

2 4/4

 廊下に出ると、微かな月明かりが辺りを青く照らしていた。

 重く、息苦しかった室内よりも外気の冷たい空気が彼女にはとても心地よい。薄暗い廊下を少し歩いて行くと、やがて石垣に背中を預けて一息ついた。

 月明かりが差し込んでくる場所を目で辿っていくと、天井近くの壁に小さく扇形の穴が開いた場所を見つけた。まるで牢獄にでもいる感覚に、彼女は肩を落とした。

 いつかはこうなること、理解はしていた。けれど、それは予想よりも遥かに早い宣告で、まだ実感が湧いていない。今日のさっき言われたことだもの、当然かもしれない……。どんどん私の知らないところでいろんなことが決められていく。

 改めて、今回の事を整理しようと腕を組んでいると、あの少女の声が聞こえてきた。


「何しみったれてんのよ」


 声の先には、ヘタマイトを連れたナツェッタの姿があった。

 いつものように軽くあしらうつもりのハデルだったが、それよりも早く少女は話を繋げた。


「魔人のがあなたの態度にあわあわしてたわよ。何か変なこと言ったんじゃないかって……」


 そう言って、ハデルの隣にやって来た。


「……シンは、いつもおかしなことを言う」


「っは、同感だわあ」


 鼻で笑うナツェッタに、ハデルは少し間を置いてからずっと窺いたかったことを彼女に聞くことにした。


「……そういう貴女はどうなの?」と始め、少女に向けたハデルの目は憂いを帯びてた。


「確かかどうかは分からない。けど、私達が力を温存することが出来たのは、ここ最近前線に駆り出されていただいたいが魔獣の兵だったから……。…彼等は、貴女()からしたらつまり……」


「仕方ないっていったらそれまでよ。」


 ハデルの言葉を遮り、ナツェッタは続けた。


「……まあ、なに? よそ者が先住民との友好関係を手っ取り早く築くにはどうすればいいか……。相手の欲しいもの、望むものをまず与えること。自分達にとって有望と思わせれば、後はあっちから手を貸してくれる。そうやって交渉を成立させるの。…まだ、あたし達が持っている種族でよかった。……じゃなきゃ、たぶんうちが十柱の一人に選ばれることもなかった。」


 大魔王の次に発言権を握るのは、『十柱』である。彼らの血族は生活や身の安全を保障され、他種から危害が発生すれば魔界への反逆罪としてそれ相応の処罰が相手に与えられる。

 皆魔族とはいえ、種族同士の差別は激しい。特に、ダークエルフが魔界に姿を現わすようなったのは今からまだ三百年くらい前のことであり、魔族の中では一番在住してからの期間が短いのだ。最近までは部外者と見られ、また、彼らが持つエメラルド色の瞳や独特の長い耳にはどんな病でも治す効果があるとされ、裏では他種よりも高値で取引されたという。

 彼らがこの魔界で生きていくためには、自分達の飼う魔獣を魔界に差し出すほかになかった。唯一魔獣との意思疎通が出来るダークエルフは、それと引き換えに『十柱』の座を獲得することが出来たのである。もう一つは、彼等が農耕文化を営んでいたことである。魔界の土でも作ることのできる植物など新たな文化を伝え、戦功よりもこちらの功績の方が大きい程であった。


「そんなことより、あんたは自分の心配でもしてなさいよ。今日のアザレスの時みたいに敵が引くなんてこと考えない事ね。次はないわよ」


「………覚えとく。」


 ハデルは何かナツェッタに伝えるべきだと思ったが、言葉は出てこなかった。「貴女も気を付けてね」とそれだけを伝えて彼女を見る。相変わらず、ナツェッタはいつものように優雅に振る舞っていた。月明かりに照らされた彼女のエメラルドの瞳がより光輝いて見えた。


「…まあ、気ぃ抜かなくても死ぬときは死ぬから。でも、あたしのせいにしないでね。

 それじゃ、次は前線、でかしらね。せいぜい、出陣までに不安にならないくらい力付けてなさいよ」


 そう言いながら、ナツェッタは壁から離れると入ってきた門の方へ歩いて行った。あとからヘタマイトがハデルにお辞儀をし、主人の後を追う。


「……ナツェッタのこと、よろしくね」


 背中越しにハデルがヘタマイトに言う。


「………精進します」


 ヘタマイトは一度立ち止まってそう告げると、ナツェッタと共に闇の中に消えていった。

 完全に見えなくなると、ハデルもまた出口に向かって歩き出そうとした。すると、なにやら背後からシンのぶつぶつと呟く声が大きくなっていった。


「ん、ハデル……」


 自分に気付くと、後頭部に手を置いていたシンがこちらに歩いてきた。彼に対面するように振り返る。


「えっー、と……」


 先程、ナツェッタが言っていたことは事実のようで、彼は目を泳がせてとても気まずそうにしている。

 らしくない同胞の姿に、思わずハデルから話を始めた。


「外の空気吸いたくて出てきたの。あの部屋、いるだけで辛かった。

 ナツェッタから聞いたわ、私が貴方を無視したって。……ごめんなさいね」


 ハデルの言葉に、シンは一瞬硬直したように黙り込んでしまった。しかし、すぐに彼の表情から曇りが消えていき、ぱっと明るくなる。


「あっ、ああ…!なんだそうだったんか。そうだよな……!」


 そう言って、今にも抱きつこうとするシンから二、三歩下がり「何か用?」と話題を突きつける。すると、表情が再び一変し、苦虫を噛み潰したような顔をこちらに向けて見るからに落ち込み始めた。


「ああー、それがな……今日用事あるの忘れてたんだわ…。せっかく、ハデルと会えたのにな……。悪いなハデル、デートはまた今度」


 否定する余裕も与えず、シンはハデルの肩にぽんっと叩いてその場を去った。

 背中までに下がった髪を揺らす後姿を何とも言えない気持ちで見送っていると、甲冑を鳴らしたロアまでも現れた。


「どうした?」


 ハデルが振り返ると同時、ロアが言った。


「いえ、」


「シンがまた何かしたか?」


「……私、なんか貴方に似てきた気がする」


「どういうことだ?」


「なんでもない」


「?」




 外は変わらず夜で、門に備え付けられた街灯がロアの愛馬を照らしていた。

 馬は二人に気付くと「ブルル…」と短く鳴いてこちらに近付いてきた。帰還に喜ぶように手前にいたハデルに擦り寄ると、それに応えるようにハデルもまた馬に額を擦り寄せ、優しく撫でた。

 すると、後ろから「ハデル」とロアに呼ばれた。


「……何?」


 馬を撫でたまま呼びかけに答える。


「遠征はどうだった?」


 その問いかけに、馬を撫でるハデルの手が止まる。


「ザクロがやられたと聞いた。相手は大天使アークらしいな」


「………」


 ロアの問いになんと受け答えるべきか、ハデルは再び馬を撫で始めるとあの四枚の羽を宿した天使を思い出していた。仲間の天使を庇い、にこちらを真っ直ぐに睨むあの天使の姿が。

 気付くと、ハデルは手を強く握り締めていた。なんとなく体の内側から苛立ちにも似た感情が込み上げてくる。


「ハデル」


「……別に、なにもなかったわ」


 感情を押し殺し、ロアに告げるが


「本当に、何もなかったのか?」


 再度、ロアがハデルに問いかけた。先程とは打って変わり、口調は弱いものだった。


「……あいつは、勝手にいって勝手に死んだだけ。ただの自業自得よ。しょうじき、脅威になりそうな天使もはいなかったわ」


「そうか……」


 ロアはまだ何か言いたそうにしていたが、城の正門の方から歓声に遮られた。二人が街の方角を見ると、色鮮やかな明りが街全体を覆いつくしていた。

 ロアには心当たりがあった。今あそこでは、大魔王直々に呼び出された『十柱』のメンバーが彼を一目見ようと集まった魔族達に見送られながら城を目指しているのだろう。自分達との差にもはや笑いしか彼には浮かばなくなってしまった。

 その中、ハデルは一人景色に魅了されていた。精霊たちが飛ぶと放たれる色鮮やか光の粉が街に降り注ぐ光景は絢爛で、一瞬で彼女の心を奪った。


「見ていくか?」


 ロアが正門の方を指さす。兜で表情は読めないが、その声は優しく、そしてどこか笑っているようだった。

 我に返ったハデルは彼と景色を交互に見やると、最後は名残惜しそうにしながら首を横に振った。


「———帰りましょ。私は寝たい……」


 と、自分の家臣に帰りを急かすのだった。

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