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ナツェッタは楕円型のテーブルに頬杖を付き、もう片方の指で何度もその上を叩いていた。
ハデル達が門を潜ると、すぐに中にいた使用人に誘導され一つの応接間へと通されたのだった。部屋には先に行っていたシュレディンガーのみで、計六名の卵達が集まった。
「——で? いつまで待たせるつもりなわけ……?」
ナツェッタが指を止めると、ついに痺れを切らして口を開いた。集合時間前だとはいえ、彼女にとって待つことは何より苦手で嫌悪の対象である。それは時間が経てば経つほど、童顔の眉間にはしわが増えた。
誰に問いを向けた訳でもないが、彼女の呟きに斜め左の椅子に鎮座するロアが返答を下した。
「まだ全員揃っていないからな。話はそれからだと」
「何よそれっ、至急だって言ったから来たのよ? 司会者っぽい奴もいないし……。まさか、がせなんじゃないわよね」
「それはないかと思います。例え、この招集自体がそうだとしても、現にここは大魔王様の城の内部。その確率は到底低いかと」
「よね……。」
左隣に座るヘタマイトの言葉で観念したのか、テーブルに凭れるように両肘をついて頭を支えた。
「こっちはまだ仕事が残ってんのに……。とにかく早くしてほしいわ」
そういうのも、ナツェッタは魔獣で組織された部隊の司令官を務めている。同時に、彼女達ダークエルフは代々から魔獣と共存をしてきた種族であり、そのため、主に魔獣の世話や健康面の管理などはダークエルフの仕事なのである。
「ナツェッタさんはいつもお疲れ様です。魔獣さん達のお世話も大変でしょう?」
ナツェッタの正面に座るシュレディンガーがにこやかに問う。その彼から見て左隣のシキが同意見というふうに頷いた。
「…まあ、骨折れそうになる時もけど……でも、苦痛には感じないわ。今までこうやってお互いに生活してきたし」
「鏡ですねっ。ナツェッタさんのそういうところ僕憧れなんです。
あっ、よろしかったら僕、お手伝いしますよ? 可愛い魔獣さん達の子供にも会いたいですし」
「……っ!」
話が進むに連れ、シュレディンガーとシキは目を輝かせながら彼女に提案した。対して、二人の純粋な瞳にナツェッタも機嫌を良くしたのか徐々に眉間のしわが消え、誇らしげに微笑んだ。
「いいわよ。最近は人手不足でね。助かるわ。
……ただし、あの子達に負荷かけたら餌だから」
「しませんよ絶対」
彼女からの忠告を二人は胸に留めながら。そのお陰もあり、ナツェッタはすっかり機嫌を良くし話に花を咲かせた。
その頃、彼女たちの会話には耳もかけず、ハデルは部屋を一望していた。高い天井には黒いシャンデリアが飾られ、壁紙から室内すべてが黒を基調としたものである。天上に吊るされたシャンデリアとは異なり、壁には街灯と同様の光を放つ小さな照明が設置され、絵画や鱗を持つ魔獣に削られた装飾品が不気味に照らされていた。
「ほんと、悪趣味……」
居心地が悪そうに小さく呟くと、今すぐにでも出ていきたい気持ちをぐっと抑えながら自分の席に戻ろうとする。
普通の肘掛け椅子である。ハデルは椅子を引こうと手を伸ばした。それに気が逸れ、背後からの何者かの気配を察知できなかった。後ろから伸ばされた腕が彼女の肩を捉え、それに気付いた時にはもう相手の腕の中にいた。そして、
「ひっさしぶりだなハデル! 元気にしてたか?」
若い、活気のある男の声だ。
すぐさま対抗しようとしたハデルだったが、耳元で叫ばれた声に怯んでしまったのである。声の迫力に押されつつ、抵抗の気力は失うが代わりにその聞き覚えのある声へ渋々顔を向けた。
「……シン」
そこには金色に輝く瞳と質感のある長髪を垂れ流した青年が、こちらに「にひっ」と微笑む姿があった。
端正な顔立ちで中性的。広い肩周りには白い輪状の布を巻き、その下からは鍛え上げられた肉体が剥き出されていた。
「わざわざ俺に会いに来てくれたのか。俺も会いたかったぜ、ハデル♪」
重心をわざとハデルに傾かせ、愛らしく微笑む姿はどこかあどけなさを感じさせた。それとは対照的に、呼ばれた本人は男に冷たい視線を投げ続けていた。
「呼ばれたから来たのよ。貴方に会いに来たわけじゃないわ」
そう言うと、シンから離れようと一歩前に踏み出すが、それよりも強い力で彼はハデルを自分へと抱き寄せた。
「まあまあ、そう恥ずかしがるなよ。本当に可愛いなハデルは」
「近い」
頬と頬が触れ合う距離までいっても、シンは自分から離そうとはしなかった。
「そういう無愛想なところも全部好きだぜ、ハデル……」
耳元で甘く囁く彼に流石に嫌気がさしたのか、ハデルは意地でもどかそうと氷を張ろうとして辺りに白い冷気が広がる。
「その不潔な手を一刻も早くどけろ、魔人」
ハデルの氷が出る前にロアが声を上げた。鉄靴を鳴らし、いつの間にか二人の前に立ちはだかった。鎧越しとはいえ、彼の周りからは殺気の念が漂っている。
それを見て、がしかしシンはハデルから手を引こうとはしない。
「なんだよロア。アンデットが嫉妬か? 俺は今ハデルとのスキンシップを楽しんでんだよ。いい加減察せ」
「これは警告だ。今すぐにハデルから離れろ」
「はっ、十年ぶりの再会だってのに挨拶の一つもさせちゃくれねえってのかよ? 別に俺が誰と何しようがお前には関係ねえだろ。お前はとっとと端っこの保護者席にでも座ってろよ、この脳筋野郎。
こんな骨だけの奴ほっといて隣同士座ろうぜハデルー」
「偽筋肉野郎…」
ロアのその一言に、ピキッ、と何かにヒビが入るような音が辺りに響いた。
一瞬の間の後、シンはハデルへの笑顔を絶やさず「ごめんなあハデル。話の続きはまた今度っ」と彼女から離れた。翻し、「——で、」とロアの目の前まで歩み寄り対峙した。その表情は笑みすら浮かべているものの、目は相手を睨みつけていた。
「随分見ねえ間に口文句の一つは覚えたみてえじゃねえのかロア? 一々突っ掛かってきやがって……いい度胸じゃねえかよ、相変わらず腹が立つぜ」
「騎士が主人の身を案ずるのは当然の義務。故に、貴様のような下世話な輩から護衛するのが私の務めだ」
「てめえに決め付けられる筋合いはねえよ……」
「ならば行動を改めろ。」
「でなければ……」ロアはそう言うと、重心を下げ腰に下げたそれに手をかけた。その行動に当たりの空気が一変し、緊迫に包まれた。ロアが手にかけたのは、剣のグリップだったのだ。
「…ちょっと! やめなさいよ卵同士が、みっともない。招集前よ」
思わずナツェッタが声を上げたが、当の本人は構えたままじっと空洞の瞳でシンを凝視していた。今にも斬りかかりそうなロアにシンは口笛を吹くと、その顔がより険しくなる。
「俺も相当嫌われたもんだな。ここまでだとは正直思わなかったぜ………。
先に誘ったんはてめえだからな? ロア。俺からも警告しとくぜ。これ以上邪魔すんだったら先に潰すぞ。魔界、最後の騎士の血筋……」
室内だというにも関わらずシンの髪が不気味に靡き出し、左目の結膜が黒く染まり始め歯は鋭く剥き出された。先程の破損音はシンの目元の皮膚が割れた音で、そこからまた複数の割れ目が現れ黒い中身が僅かに映った。
彼もまた、ハデルと同様普段は仮の姿で生活をするものである。
魔人。個体、性別とわず血族全員が戦闘狂と言われ、魔界最強と謳われる種族。その大多数が彼のような仮の姿で生活をしているが、表の顔が出れば力も体格も他の種族とは比べものにならないくらい強大で、魔族内でも恐れられる存在である。
一触即発の空気を見かねてか、シキが二人を止めに入ろうとして席から立ちシュレディンガーに手で静止させられた。疑問を投げかけるような視線のシキに、彼は小さく「大丈夫」とだけ告げ、二人に向き直った。
「「………」」
一方の二人の辺りには殺気の籠ったオーラが漂い続け、静かに相手のその時を待っていた。
やがて、その時が来たのかロアは剣を抜きにかかり、シンは前に跳躍した勢いで床が破損する。
刀身が空気に触れ、拳が交わろうとした瞬間。それに待ったをかけるかの如く、扉が勢い良く開いたのであった。




