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突然の招集命令に大魔王の城が聳える第四層に足を向けるハデルとロア。
他のメンバーとも合流し、招集の内容が告げられる。
朝がない魔界にとって、魔族達の生活に明かりは欠かせないものである。
石、虫、植物など六つの層で構成されている魔界の各層それぞれが独特の明かりの文化を持っている。
その中でも、より多く街中を照らしている層がある。第四階層。そこは魔界最高位である大魔王の城が中心に聳え立つ、魔界最大都市である。
中世を思わせる町並みに、街道には四六時中街灯の淡いオレンジ色の光が溢れている。
そんな灯りのどれよりも強く目を惹くのが、月光である。ほかの階層とは異なり、唯一、月がある四層の街には多種多様な魔族が溢れ、その日はいつになく商品の売買や魔族達のやりとりで賑わっていた。
そこから少し離れたところの土地。城の裏側に当たるそこでは、漸くというように馬の鳴き声が響いた。それに続き、乗っていた一人が地面に足をつけた。
「ありがとっ」
黒い長髪を揺らして、ハデルは馬主にお礼を言った。
辺りには雑草すらなく、アスファルトの地面が広がる。
馬主であるロアもまた愛馬から身を下ろすと、
「俺はお前の騎士だ。これくらいは当前だ。」
と兜越しに告げ。「ご苦労」と愛馬の首元を優しく撫でた。ブルル…と馬は短く鳴くと、主人の胸の位置まで頭を下げた。すると、彼は馬に備え付けられていた部品を一つずつ丁寧に外し始めた。すべての装備が馬から外されると、途端、自由となった馬は主人の横を通り過ぎ、どこかへ走り去ってしまった。
「……いいの?」
「ああ、あいつは賢い。戻る頃にはまたここにいる」
へえー、と感心するハデルに、「…あとだ、」ロアは改まった様子で彼女に向き直った。
「次からは迎えに行こう」
そう告げるロアを見、ハデルは聞き飽きたような眼差しで軽く息を吐いた。
「…有難いけど、遠慮しておくわ。貸しは作りたくないの」
「俺の務めだ」
「その気遣いだけで十分よ……」
話を句切ろうと彼から背を向け、自分たちの前に聳える扉のない門の前に立った。ロアはそれ以上何も言い出すことはなく、ハデルの後につく。
二メートルほどある二人の身長だが、門の大きさはそれ以上の十メートルはゆうに超えており無言の威圧を放っている。目を凝らしてみるが中に明かりは確認できず、暗闇だけが漂っている現状だ。
特に表情の一つも変えることなく、ハデルが門へ足を踏み出した時だった。
「これは、またすごい方達と先に遭っちゃったなぁ…」
後ろ斜左方向から少年のような声がした。一旦出た足を引っ込め、体をそちらへ向ける。
そこには、貴族風の衣装に身を包んだ金髪の少しくせっ毛の男の子が立っていた。大きなつぶらな灰色の瞳がこちらを優しく見つめている。
「シュレディンガー」
ハデルに自分の名前を呼ばれるや、少年は二人に会釈した。
「ふふ、覚えててくれてたんだ。光栄だなー」
上げられた顔ははにかみ笑顔で、よほど嬉しかったのか頬が少し赤らんでいる。
「久しいな、シュレディンガー。特に変わった様子はなさそいだが…」
「それこっちの台詞だよ。君にはまず変化というものを特定できるような特徴がないからね」
クスッ、と口元に手を置き骨の体を持つロアに愛らしく微笑む。すると、次の瞬間シュレディンガーはこちらを凝視すると怪しく目元が細くなる。
「それにしてもー、……一国のお姫様と騎士団団長がご一緒なんて……お熱いねえ〜」
先程までの愛らしい笑顔とは打って変わり、手の左右からニイー…と口角が怪しく上がっているのが分かった。
すぐにハデルが訂正しようと一歩前に出るが、それよりもロアの方が早かった。
「主を護るのが騎士の務め。そこは履き違えないでもらおうか、シュレディンガー」
「はいはい、君の真意は知ってるよ団長さんっ。
僕個人としてはすっごい興味あるんだけどなあ………あはっ」
「どういうことだ」
出会った時と同じような笑みを零すシュレディンガーだが、ロアは圧のこもった声色で少年に問いを突き付ける。
まあまあ、とそんなロアの横を通り過ぎたシュレディンガーは門の入り口で一度歩みを止めた。
「この話はあとでじっくり聞きたいなあ…。っじゃ、僕は先に行って落とし穴がないかでも探しながら行くから。」
「じゃあねっ」と再び会釈をし、軽い足取りでシュレディンガーは門の暗闇に消えていった。
そのまま少し待っていると、「うん、大丈夫!」と暗闇から先程の少年らしい声が聞こえてきた。
調子を崩しながらも、残された二人も改めて門の中へ潜入を試みようとした。
「……俺たちも行こう。どうせまた中で会う」
ロアを横にハデルもそれに続こうとして、歩みを止めた。
再び背後から、二つの気配を察知したのだ。それはロアも気付いているようで、ハデルが門の前で待ち構えるような姿勢をしたと同時に何故か溜息をついた。
「あら〜、どこのうどの大木だと思ったらハデルじゃない。相変わらず腐った面してるわね」
そこには、道のど真ん中を我が物顔で金髪のツインテールの少女と、黒い影のようなものを帯びた女性だった。
それはハデル達とは別の班として前線に出ていたナツェッタとヘタマイトだった。
どちらもハデルとロア、シュレディンガーと同様、卵のメンバーである。
「あら、ナツェッタじゃない。相変わらずの成長期っぶりね。一瞬どこかの姉妹かと思ったわ」
ナツェッタの後ろにつくヘタマイトがハデル達と少し距離を置き歩みを止める。だが、名前を出された本人にその様子はなかった。迎え撃つかのようにハデルは腕を組み、少女は両腰に両手を置き胸を張った。
互いは体が触れ合うすれすれまでの距離まで接近し、相手に己の威厳を放つ。子供一人分ほどの身長差にも屈しず、両者は一瞬たりとも譲る様子はなかった。
「相変わらずの減らず口ね。暴言の言葉しか習わなかったの?? ハデル」
「貴女こそ。もう少し大人しかったら可愛げくらいあったのに。どこでドジ踏んだのかしら? ナツェッタ」
一触即発な空気に、またか、とロアとヘタマイトは肩を落としていた。
「あれどうにかしてくれませんかロアさん。毎度で私は疲れてます」
「俺に投げるな。こういうのに俺は向いていない。本当は中に入るまで合わせたくなかった…」
互いの主人に肩を落としながら、二人の従者はことの収まりを密かに願った。
そんなことなどつい知らず、二人の争いは続く。
「ってか、あいつ死んだんでしょ? ザクロ。どう? 自分の仲間が目の前で殺された気持ちは??」
「別に、何も感じないわよ。そう言われても、そんなに付き合いが長いわけでもないし。…て、やっぱり見てたのね。高みの見物とはいい度胸じゃない。それとも怖くて助けに来れなかったのかしら?」
「はあ? なーんであたしがあんたみたいなやつ助けなきゃいけないのよ。こんなんで死ぬ奴とこれからの席一緒になりたくないんだけど。命拾いしてよかったわね…!」
延々と続く口論をよそに、そこにもう一人の招集者が降りてきた。
幼い少女の姿で、白い短髪にガスマスクを付けたその姿は、第一層で商人達と一緒にいたものだった。
「シキか、先についているものかと思ったぞ」
白髪の少女に気が付いたロアは、彼女と第一層ですれ違っていたことを指摘した。白髪の少女デオナ・シキは二つの黒い玉を浮かばせながらロアの隣に立った。
そして、前方の同志二人の現状にロアへ首を傾げた。
「…なに、いつものやつだ」
慣れたようにロアが呟く。
「………」
再び彼女達に視線を戻すと、決心したようにシキはハデルとナツェッタの方へ歩み始めた。
その途中、少女の周りに浮いていた二つの黒い玉がそれぞれ少女の両肩に集まった。途端、黒い玉は異様に変形を始め、二つの巨大な黒い腕となってシキの両肩に繋がった。それは所有者の背丈よりも巨大である。それを二人の間に伸ばす。
口論に夢中になっていた二人は、それが自分たちの目の前に現れると漸く口を閉めた。
「何よシキ。先に言ってきたのはこいつなんだからね」
「その言葉、そのまま返すわ」
再び啀み合う二人に、もう片方の腕を体の前に出してでまあまあ、と落ち着かせようとする。が、一向に彼女たちの惨めな争いは止まる気配はなかった。
流石に、とシキは二人の背中を門のある方へと無理やり押し始めた。
「っちょ、……何のつもりよ!」
驚いたナツェッタの問いに返す手段もなく、シキは二人の背中を押す。
「…わかったわよ! わかったから、自分でいけるから!」
「隣でギャーギャー言わないでくれない? ここは幼児が騒ぐところじゃないわよ」
「あたしはあんたよりずっと年上よォッ!!」
シキにされるがまま、門の中へ連れて行かれるハデルとナツェッタ。それに続いて、ロアとヘタマイトも門の中へと姿を消した。




