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アフターカタストロフ  作者: 優
天魔境戦争編
3/33

第一話『夢の続き』

 今、目を開ける。

 セレストブルーの瞳は、光すらあるものの氷のような冷たさを宿し、どこか淀んでいた。


「・・・・・」


 視界が掠れる中、鼓膜を何かが羽ばたく音が支配した。


「おっ、やっとお目覚めか・・・」


 寝起きの悪さに、前方から聞こえてきた声に、睨むように視線を向けた。体のダルさに抵抗しつつ、ゆっくりと首を上げる。


「気分はどうだ? ハデル・インフィール・フォーネーゼ様よ」


 そこには、見るからにやんちゃそうな男が、ニヤニヤした表情で、こちらの調子を窺っていた。

 その光景に、心底ため息をつく。


「・・最悪よ・・・」


 視線を逸らし、私はそう彼に吐き捨てた。


 ・・・・・こっちが現実か・・・。


 気付かれないように、ぎゅっと唇を噛み締めた。




 父の死から数百年が立ち、私もまた、天使と悪魔による『第二次天魔境戦争』に参戦するまでの実力と成長を遂げていた。そして私達は今、その前線区域となる天界と魔界の境にある、アザレスという地に遠征に向かう途中である。


 骨と皮でできた飛行系魔獣に揺られながら、(あばら)の一本に寄り掛かって眠気を覚ます。だが、一向に体の重さと胸のむかむかは治る兆しを思わせなかった。

 完全に乗り物酔いだ。

 気分を紛らわそうと、薄紅色の皮の窓から外を眺めていると、先程の男が陽気に話しかけてきた。


「心配したんだぜえ? 余りにあんたが起きねえもんだったからよ、俺だけで遠征に行く羽目になるんじゃねえかって、ハラハラしてたぜ」


「乗り物は嫌いなの・・・あと、別に気を使わなくたっていいのよ? 本当は一体で行きたがってるくせに、ザクロ」


 ハデルがそう言うと、ザクロと呼ばれた男は頬に不適な笑みを浮かべた。

 その容姿は、男性にしては少し伸びた白髪で右目は隠れ、もう片方の黄色い瞳と黒白目の上を分け目に、一本の角が生えている。体は一般男性よりやや痩せ型だが、思っているよりもガッシリしている。そして、ハデルとは種類は違えど、同じ悪魔である。



「ハっ、お見通しかよ・・・。さすがわ、副隊長様の娘だ」


 開き直ったザクロは、嫌味そうに答えた。


「そうだよっ。正直のところ俺だけで十分だと思ってるさ。だから、あんたは念の為にここにいるようなもんだ」


「なにそれ? なんで私が、あんたの尻拭い役なんかしなきゃならないのよ。迷惑かけるって分かってるなら、初めから勝手な行動はやめてちょうだい」


 そう言って、不機嫌そうな顔で彼を見る。

 悪魔は、大多数での行動を好まない。全面戦争の場ではやむおえないが、敵陣に乗り込む際や情報の伝達などには、最低限二体一組のグループを義務付けられている。単独行動でのリスクを考えた上で、最低でも二体。という、上の連中からの決定事項だ。ザクロや、血の気の多い悪魔には耳が痛い話かもしれないが。

 まだズキズキする頭に手を当て、ハデルは続けた。



「いい? 私たちの目的はあくまで遠征。目的地のアザレスに行き、現段階での敵の状況確認。そして、その状況を大魔王様に報告すること、それだけ。避けられる筈の戦闘に首を突っ込む必要はないの」


「わかった?」と念を押すと、ザクロは「はい、はい」と二回、返答を繰り返し、私から目を逸らした。


「女が監視役とか気が滅入るんだけどな。それに、さっきも言ったがあんたはあのレティ副隊長の令嬢だ・・・もしあんたに何かありゃあ、俺の身が危ねえ・・・・・」


 ザクロは私を軽蔑する様な目で見たが、直様、「まあ? 俺の後ろにくっついていりゃあ、問題ねえけどな」と、再び頬をニヤつかせた。


「遠慮しとくわ、頼りなさそうだし・・・・・あと、私まだあんたのこと信用してないの。それと、余り甘く見ないでくれる・・・?」


 頭から手を下ろすと、ザクロを睨んだ。

 『女』、『女だから』。そんな言葉が嫌いだ。見下されているような感じ、非常に腹立たしくなる。どれだけ楽しいことがあっても、その一言だけで全てが一瞬にして冷めてしまうだろう。

 それは、殺意にもよく似た、憤りだった。

 ザクロは少しの間、なぜ彼女が怒っているのかが分からなかった。しかし、己の言葉のどこかにトゲがあったことには違いないと、ちょっとした罪悪感に晒された。


「・・・あー、そういや、あんたはこう言われんのが勘に触るんだっけか? 不快に思ったなら謝る。悪かったよ」


 そう言って、軽く頭を下げる。


「俺のせいで、遠征に支障でもでたらどうもこうもねえからよ、せっかくの二体一組(ツーマンセル)だ。お互い、複雑な気持ちで任務に臨むのは嫌だろ?」


 気性は荒いが、ザクロは仲間と思っている悪魔との争いは、彼なりに最低限抑える。目的に不利を出さないためだが、何よりも、言い争いが苦手なのだ。だが、敵と判断したときは容赦がない。それは同種だろうと関係ない。裏切り者は敵。彼は、私達()は昔からそう言い聞かされてきた。


「・・・そうね、貴方の言う通りよ。私も取り乱し過ぎたわ・・どうもこう、酔うと機嫌が悪くなってね・・・・・」


「とんだ、とばっちりだぜ・・・こりゃあ、俺がフォロー役かもな。」


 ザクロは笑いながら、半ば呆れた様子で答えた。






 飛行を続けてきた魔獣の甲高い咆哮と共に、高度が徐々に降下しだし、目的地のアザレスへ着陸しようとしていた。


「そろそろか・・・」


 相変わらず頬をニヤつかせ、ザクロは着陸口へ向かった。その後に、ゆっくりとついて行く。そのまま二体は、出口の方へと歩いて行った。





 飛行系魔獣がアザレスに到着すると、長く伸びた首を地面に向かって下ろし、大きく口を開いた。そこから、ハデルとザクロが姿を現す。

 二体が完全に魔獣の口から出終わると、ソレは突然起動源を失ったかのように、その場に倒れて動かなくなった。

 驚いて、地面に這いつくばった魔獣を見る。


「こいつらは俺ら悪魔の魔力を吸って、それを燃料にして活動している。だから、もう一度こいつの中に入りゃあ、俺たちの知らないうちに微小に魔力を奪って、飛行することができるってことさ・・・機械と同じだ。それを動かす何かがなけりゃあ、なんの役にもたたねぇ・・・・ただの死体だ」


 隣で、ザクロがこれの取扱を説明する。


「いや、カモフラージュにはなるか」


「そう・・」


 ザクロを一瞥して、再び魔獣を見上げた。

 先程まで飛んでいたのが嘘のように、ピクリともしない。本当に、荒野に転がる一匹の死体だ。

 魔獣は、暗闇の眼光で静かに私を覗いている。どこか不気味さを感じつつ、その両目は確かに生を宿しているかのように見えた。


「そんなに見つめ合っちゃて、あんた意外とそういうのがタイプか?」


 急かすように、ザクロがふざけ始めた。


「はあ? そんなわけないでしょ、見てるだけよ見てるだけ」


「へいへい、そうですかい・・・」


 そう言って、ザクロは後ろに向き直ると先に進み始めた。

 腑に落ちない気持ちで、その後に続く。


「そういやあ、酔いのほうは治ったのか?」


「外の空気吸えたから落ち着いた。まだまだ本調子じゃないけど・・・・」


 こうして、殺伐とした荒野に、二体の悪魔が放たれた。

第一話、お読み頂きありがとうございました。次回は、この続きを投稿します。次回も読んで下さったら嬉しいです。

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