第五話『小さな夜会』1/2
前回のあらすじ
仲間の負傷にも関わらず、なんとか天界に帰還したアル達。だが、そこでアルはまさかの悪魔と遭遇してしまう。仲間のゼフに助けられ難を逃れたアルだったが、そんな二人の前に三人の天使が現れ———。
十字路の廊下に群がる野次馬達を尻目に、三人の天使は騒ぎの根源を目の当たりにした。
祭服を身に纏うその姿に、辺りからは緊張と興奮が巻き起こり騒がしくも感じる。その先頭に立つこの男は、天界内では知らないものなどいないほどの威厳者である。
「第六部隊隊長ズイイェンだ」
周りからそんな名がちらついた。
険しい顔立ちで、青白い頬は微かに痩せこけている。虚ろな灰色の瞳で目尻には幾多にも線が刻まれ、撫で付けられた織部色の髪は後ろで小さく結ばれている。
ズイイェンと呼ばれた男のその鋭い眼力に、思わずアルは肩をすくめた。
それを感じてか、ゼフが自然に彼女の前に足を置く。彼らに見覚えがあるのか、怪訝そうな面構えである。
第六部隊とは、能天使という位で構成された部隊である。天使の中でも選りすぐられた者だけが能天使へと昇格を許され、神への忠誠を誓う。
だが、そんな言葉とは裏腹に、暗殺を専門とし尋問や拷問などといった仕事を全うするのが彼らの勤めである。その環境のあまり、精神の異常をきたし死亡したというそんな噂も少なくはない。そんなこともあり、天使たちの中では密かに恐れられている。
その位のトップに立つのが、このズイイェンという男である。
「何があった」
重い口調でゼフに問いかける。その背後では、白いフードを深く被った二人組が彼の護衛を務めていた。彼らもまた能天使である。
「悪魔だ」
戸惑う様子もなく、ゼフは彼に告げた。
「悪魔……」ズイイェンの表情がより険しくなる。
「……逃がしたのか?」
「十柱だった」
その単語に、後ろにいた護衛も含め驚いた様子で証言者に視線が集まった。
少ししてから、ズイイェンは顎の下に手を置き思考を巡らせた。そして、亀裂の入った壁を一瞥すると、そのままゼフの後ろで縮こまるアルに目を向けた。
「十柱、か……」
その瞬間。弾かれたように、彼の右隣にいた護衛がアルに向かって蹴りを放とうとしてゼフに阻まれた。唐突のことに、何が起きたか分からず目の前に迫った靴底に恐怖を覚える。それは、ゼフに利き足を掴まれた者もそうだった。
「うちのアルに何のつもりだ?」
自然と、捉えたフードの天使を掴む手に力が入る。
頭上から聞こえるその声は、冷静さを保ってはいるものの、どこか殺気立ったものが感じられた。
その視線は、前の天使ではなくズイイェンに向けられていた。
「今この状況を把握した上での判断だ。目が合っただろう、もう洗脳されている」
その言葉は、ここに来た悪魔が夢魔であることを確信づくものだった。悪魔でも、唯一、夢魔には自身の幻を作り出す能力がある。その実態は本体となんら違いはなく、普通に言葉を発し、接することも出来る。しかし、傷を負ったり本体から離れすぎると消えてしまう。だが、今回彼らの前に現れた夢魔には、もう一つの能力があった。それが、目が合ったものの中に自分の一部を置き意のままに操る能力である。本体自ら解除、又はどちらかが死亡しない限り、それは半永久的に相手の記憶に居座ることが出来る。
「目は先に潰した。洗脳も乗っ取りもされていない」
先程のズイイェンの冷淡な質問に、ゼフは声を強調して答えた。
「それはこちらが判断する。妨害行為は慎んでもらおうか、第十三部隊副隊長ゼフ」
「その場にいなかった奴が何をほざく。勝手に出てきて話を進めてんじゃねえよ。俺に命令できるのは一人だけだ。……まあ、お前らが神の目でも持っているなら話は別だが?」
眉間にしわを寄せ、今にも噛み付く様子で相手の主将に告げる。
それに過敏に反応したのは、蹴りを止められていた護衛だった。
「……今の発言、神への侮辱。取り消せ」
かすれ声でトーンからして少年だろうか、フードで顔は見えないもののその言葉には圧があった。
「例えを挙げただけだろ、なにをそんなに怒る」
「貴様…!」
ついに少年の怒りが頂点に達したのか、ぐわっと足を掴まれたまま上体を起こした。その反動で僅かに見開かれた二つの黒目が殺意剝き出しでゼフを凝視し、服の裾から小さなナイフを取り出した。
「止まれッ!!」
突然、静止の声が上がり、不届きものに向けられた裁きの刃が一時判決を遅らせた。
声を上げたのはズイイェンだった。
「……お前の手に負える程度のやつではない、」
「戻れ」と言うズイイェンに、少年はゼフを睨みつけたままその場を動こうとしない。
「聞こえなかったのか、戻れ」
「…だが、こいつ———」
「ジンガオ」
隊長である彼の呼び上げに、思わず口共る。
「戻れ」
再びの後退命令に、少年は渋々ナイフを下した。そして、さっきまでの殺気が納まるのを感じると、ゼフも彼の足から手を離した。
その時だった。ズイイェン達の後方の天使たちが一際騒がしくなったのだ。振り向くと、ズイイェン達がやって来た時と同じように天使達が左右に別れ、二人の男女が姿を現した。
「何事ですの? わたくしの敷地内で」
カツ、カツ、カツと高いヒールを鳴らして、真っ赤なロングコートに身を包んだ女性が先頭をいく。その後ろに続いて騎士の鎧を身に纏った巨漢の持ち主が一際存在感を放っていた。その素顔は室内にも関わらず付けられた兜により窺うことは出来ない。
「誰が、野犬を離していいって言ったのかしら?」
続けて再び前方の女性が問う。
端正な顔立ちで、長いブロンドの髪を両肩から垂れ流しその青色の瞳が訴えかける。
「グラナリアス家だ」
「グラナリアス家長女、第三部隊隊長として七大天使の一人。ミラーレ・グラナリアス」
天使たちの中からそんな呟きが聞こえた。
グラナリアス家。それは今の戦争よりも昔、第一次天魔境戦争終焉後に徐々にその数を増やしてきた貴族階級の天使である。彼らの血族すべてが天才と謳われ、今では彼らの存在は天界では必要不可欠なものとなっている。
「あらゼフ。あなたも来ていましたの」
ゼフを見るや、ミラーレは肩にかかったブロンドの髪を勢いよく払った。そのおおらかな雰囲気に、その後ろで座ったままのアルはどこかで似たものを感じていた。
石畳の床を進み、そしてミラーレはズイイェン達と合流した。
「何故お前がここへ」
「物音が聞こえて来ましたの。何事と来てみれば……この集まりは何ですの?」
ズイイェンの質問を軽く返し、ミラーレは一部の壁が損傷していることに気が付いた。
「……ただの集まりでは、なさそうですわね…………」
目を細め呟くと同時。ミラーレはロングコートを靡かせ、四方八方の天使達に体を方向転換させた。
———カッ!! っとヒールを強く鳴らし、深く息を吸う。
「………誰かがわたくしの領内を穢した! これはわたくし達、グラナリアス家へ対するの挑発行為に値する! しかも、その張本人は不明とのこと、騒ぎの様子からしてまだそう時間もたっていないはずだわ! なのに、あなた達は探そうともしないで、何を見物している!? 何のための神から授かった体か? それとも、ここに残っているってことは代わりにあなた達が罰を受けると、そう解釈してよろしくて?」
話が後半に差し掛かろうとしたとき、見る見るミラーレの体から電気が走った。
バチバチッ! 淡い青色の稲妻が走り、まるで意志を持つそれは彼女の周りを荒々しく巡回している。それに反射して、より彼女の両目が光り輝いていた。
「では、来なさい。わたくしの今の心境、味合わせて差し上げますわ……」




