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アフターカタストロフ  作者: 優
天魔境戦争編
22/33

3 2/2

  静寂な部屋に二人の男女がいる。

 あれから数分が経つというのに、女は一向に総指揮官から離れようとはしなかった。流石に、と思ったのか、男は女の腕を掴み自分から離そうとした。


「あの、そろそろ……」


 そう言い、女から離れようとした瞬間。


「総指揮官様。こちらを向いてください」


 女は総指揮官の頬に両手を添え、自らの方へ顔を向かせた。


「…っ!?」


 恐る恐る彼女の瞳を覗いた途端だった。突如、金縛りにでもあったかのように総指揮官の体が動かなくなったのだ。


 動かない……?!


 必死でもがくも、体はびくともしない。そうしているうちに、女は自身の艶麗な肌を彼に擦り付けるようにしながら、口を開いた。


「老いというのは、実に身勝手で儚く傲慢なもの。でも、生というものをより確かに教えてくれる。これ以上に悲しく愛おしいものはないわ。そうは思いません? 総指揮官様……」


 男に投げ掛けられた彼女の瞳孔は、先程までとは違い縦に長く鋭くなっていた。それはもはや、同族のそれではない。


「お前は、一体ッ……」


 その問いに答えることなく、女はそのまま自分の顔を男の顔へ近づけた。そして、薄紅かかった自身の唇を開き、相手の唇へ—————


 ————ズゥジャアアア!!!


 突然の衝撃音と共に、後ろのドアが蹴破られた。


「!!」


 その音に、一旦行動が止まる。そして、そこに現れたのは、分厚い木製の扉を踏みつけたゼフの姿があった。


「おまえ————!」


 驚いた表情で彼に顔を向けた総指揮官だったが、次の瞬間。ゼフの急激な蹴りが彼の首元に炸裂したのだった。


「?!」


 訳がわからないまま、女は様子を窺おうと一旦そのまま一、二歩後ろへ下がった。だが、総指揮官が床に倒れると同時に、ゼフは女へ向かって走った。


「ふっ」


 女は突進してくるゼフに、先程には見えなかった自らの鋭い爪を晒すと、彼に襲い掛かった。

 だが、それよりも先にゼフは懐から何かを取り出すと、女の一撃を避け、それを部屋に広げた。

 女の視界に降りたのは、一つのロープのようなものだった。


(……縄?)


 一本の縄が、幾多にもうなり宙に舞う。

 それに気を取られていると、いつの間にか背後を取っていたゼフが、縄の先端を強く引いた。すると、空中の縄が一気に所有者の元へと戻る過程、女の体を捕らえたのだ。


「ぅあアっ…!」


 そのまま、女の体はベットの柱にぶつかり、幾多もの縄が彼女の体を柱ごと縛り上げたのだった。


「お前ら夢魔(・・)の能力は知っている。一度見た相手の記憶器官に自分の一部を埋め込み、意のままに操る」


 冷静に物事をこなしたゼフは、彼女の正体を口にした。その鷹のような眼光は、敵であるそれを睨みつけて離さなかった。


「………どうして、わかったのかしら? 尻尾なんて生えてなかったと思うのだけど」


 図星を突かれたにも関わらず、女は余裕の表情でゼフに微笑み返した。


「……匂いだ。それも特別な」


「あら、嬉し」


「違う。」


 ゼフはそう告げると、少し顔を歪めた。


「それは誘惑のフェロモンとも言われる。夢魔が、標的にした相手を見つけると周りにわからない微妙な匂いを体から放出させるんだ。……違うか?」


「よくご存じで。」


 女は柱に固定されたままの状態で、賞賛の声を上げた。


「リサアの買い物に付き合っていたお陰で嫌でも覚えさせられた。あの時間がやっと報われた気がする………。それに、天界にはそんな臭えものを発する種はねえよ」


「ほんと、鼻はいいのに貴方ってデレカシーのない男ね……。タイプの相手に興奮して何が悪いのかしら……」


「次からは別の種族に潜入を依頼しろと言っているんだ」


 女と会話をしている最中、ゼフの頭の中には一つの疑問が浮かんでいた。


(こいつ、俺を知っているのか?)


 まるで自分を知ってるような口振りに、より警戒心が強まるゼフ。その事を問おうとしたが、途中で止めゼフはもう一つの疑問を女に投げかけた。


「まず、なぜ悪魔がこんなところに来た」


 答えないだろうと思われた質問だったが、彼女はさらりと告げた。


「知らせがあったの」


「知らせ?」


「ええ、誰かは秘密だけど……。今なら最高位の奴らが不在って話が着てね。ここを攻めないところがあるかしら?」


「そんなの、実際わからないじゃないか」


「ええ、そうよ。事実、多数の魔族が耳にしなかった。でも、生憎アタシは賭け事が大好きなの♪ で、来てみたら大当たり!」


(情報が漏れている、だと?)


 そのことを聞いて、ゼフは額から嫌な汗が出てくるのがわかった。


「そのカラダは」


「貴方が言ったじゃない、アタシは夢魔よ? カラダの形態が一つや二つぐらいあってもおかしくない。………それはそうと、」


 女はそう言うと、体を滑らかに動かしゼフに微笑んだ。


「私をこんなにも淫らにさせて、一体何をしてくれるのかしら?」


 上目遣いで女は問うと、ゼフは眉一つ変えることなく、


「魔族取調管理委員会の方に引き渡す。後のことはそっちがしてくれるだろう」


「そう。…それもいいけど。また今度にさせてもらうわ……ところで」


 そう言うと、胸を張り呟いた。


「あなたが見ている———アタシは、本当のアタシ?」


 その声は、途中から前の女からではなく、ゼフの背後から低く囁かれた。


 こっちが本体かと、ゼフは咄嗟に背後へ蹴りを放った。だが、その正体は、彼が蹴りを上げた瞬間に霧の如く霞んで消えていった。それと同時、女を捕らえていた縄が手を伝い緩んでいったことに気付く。すぐさま、そちらへ体を再び向けると、突風と共に一つの巨大な影がゼフの前に現れた。


「意外と純粋なところもあるのね。そういうところ、アタシ好きよ♡ でも、次からは魔族でも夢魔とヤるときは気をつけて、じゃないと———次は奪っちゃうから」


 大きく開かれた黒い二枚の羽は、窓から漏れる光をすべて遮断し、部屋の中に影が出来た。その代わり、その声の主の体のラインに外の光が反射し、その者が魔族とは思えないほど神々しく映した。


「ゼフ隊長!」


「ゼフ隊長、一体何が?!」


 後から駆けつけてきたデコラソンとグラシアスが、部屋の扉の前までやって来た。

 そして、そんな二人の視界にも映ったのは、三メートルはあるのでないかという背丈の屈強な肉体の存在だった。尖った両耳からは金色に輝くひし形のピアスが下がり、長く伸びた太い黒い尻尾。眼に痛いほどのネオン色の肌。すらっと伸びた二本の足に黒いヒールにも関わらず、その容姿には、先程の女性の面影はどこにもなく、逆に男らしい厚く張った胸板と鍛え上げられた肉体がそこにはあった。だが、その身なりにはどこか艶やかな印象も与えた。

 その姿に、デコラソンとグラシアスから心の叫び上がった。


「「お、男ぉおおオオーー……!!?」」


「目を見るなッ!!」


 途端、ゼフが二人に叫んだ。だが、ゼフの命令が終わる前に、二人の視界には()の飴色の瞳が写ってしまった。


「ッ?!」


「か、身体が…———うご、かいない…!」


 その刹那。まるで金縛りにでもあったかのように、二人の体は気持ち悪いほど動かなくなった。


「くッ!」


 遅かったかと言わんばかりに、ゼフは窓に身を乗り上げたものを睨んだ。


「残念だったわね、捕まえたときに両目を潰しておけばよかったのに。少しは優しくなったのね♡」


 男性特有の低めな声で、その者は告げた。

 その真の姿を見るや、ゼフの表情から余裕が消えた。


「……まさか、お前が来ているとはな」


 その言葉を聞いた瞬間。男は嬉しそうに微笑んだ。


「あら、もしかして覚えていてくれたの? 光栄だわあ……まさか貴方様に覚えられているだなんて…気高き……」「その名はとっくに消えたものだ。あまり掘り返すとその自慢のオネエ口裂くぞ」


 その二人のやり取りを聞いていて、動けなくなった二人はその疑問を隊長に投げ掛けた。


「知ってるんですか?」


「ゼフ隊長、あいつ一体…?」


 グラシアスがそうゼフに問いかけると、ニヤリとその男が受け答えをした。


「では、改めて自己紹介とイきましょうか……。アタシは『十柱』が一人、夢魔代表インキュバス。イデア=クプリティア・ザン。末永くよろしく♡」


 イデアと名乗るその男は、自らの口元に人差し指を添え、こちらに視線を向け口角を上げた。


「と、十柱…」


「なんで、なんで大魔王直属の配下…しかも幹部の一人が…!? こんなところに………」


「一度言ったことを繰り返すのはアタシ好きじゃないのよね、あなた達の隊長さんに聞いてみたら? ねえ〜、隊長さん♡」


 投げ掛けられた視線を無視し、ゼフは男に問いかけた。


「これからどうする気だ」


「んー……そうね、一旦帰るわ。このままここにいても見つかって調教されるのがオチだし。しかも、あなたに第一に見つかったんじゃあずっと逃げ切れる自身もないし。それに、貴方がいるってことはあの方も………まあ、昔のことはそこまでにして。アタシはそれでもいいんだけど。ハズレを引いたし……」


 そう言うと、不服そうにイデアは横目で気絶した総指揮官を見た。


「彼、本物じゃないわね」


「さあな、それは俺にはわからん」


「もう、ほんとっ。天界の人って意地悪———」


 そう話す隙を突き、ゼフは再び縄を払い夢魔の捕獲にかかろうとした。だが、ゼフの放った縄が夢魔を捉えるどころかその体を通り過ぎて行ったのだ。そして、徐々にその姿が薄れていった。

 これもまた幻覚……!!


「じゃあね、赤目のお兄さん♡」


 霞がかった姿で、イデアはゼフに告げた。

 その時、ゼフの後ろで蹴落とされた扉を踏みつけるような音が聞こえた。すぐさま、後ろを振り返ると動けなくなったデコラソンとグラシアスの間を小さな影が通り過ぎ、部屋から飛び出していくのが見えた。

 すると、それが見えなくなった瞬間。デコラソンとグラシアスの二人は体が軽くなるのを感じた。


「チッ———!!」


 ゼフは散らばった縄を元に戻すと、動けるようになった二人には目もくれずにその影を追った。


「ゼフ隊長!」


 完全に動けるようになった二人は出入口からゼフに呼びかける。


「そいつを見てろッ!!」


 倒れた総指揮官に対し、二人に命令するとそのまま前の影を追うのだった。

 その頃、部屋の窓の外では消えたはずのイデアの姿がくっきりと表れていた。


「うふふふふ……(ちょっといじめ過ぎちゃったかしら)」


 笑いを堪えながら、夢魔は一人呟いた。


「だから言ったでしょ? じゃあね、って……」

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