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アフターカタストロフ  作者: 優
天魔境戦争編
17/33

4

 太陽の光が僅かに漏れる雲を、一つの影が飛んでいく。その影は鳥にしては大き過ぎ、また飛行系の類にしては小さすぎた。『天使』。どこへでも自由に飛翔することのできる意を込め、ある者達は彼らをそう呼んだ。その天使は、まだ幼くて小さな二枚の翼で重い鎧の体を大空へと運んでいく。

 シオンは、飛びながらマークからの作戦の動向を思い出していた。


「いいか? まず、俺達が囮になって奴らの注意を引く。その隙に、シオンは全速力で出来るだけ太陽の光が見える場所まで飛べ。悪魔は光に弱いと聞いたことがある。俺が手を挙げたら合図だ。そしたら、お前はその光に紛れて空から奴らを撃て」


 不意打ちというのは、どうも気が乗らない話だが……。


 指定された位置に着くと、シオンは地上に残ったマーク達を探した。さすがに距離があるが、シオンは魔族と対面するマーク達の姿を捉えた。やはり、緊張する。気を紛らわそうとした時、手前の白髪の魔族がこちらに顔を上げたような気がして息を呑んだ。

 だが、すぐにマーク達に視線を戻した。あとはマークからの合図を待つだけ…———。




 重々しい空気の中、マークは淡々とした口調で目の前の魔族と交渉を続けていた。彼もまた、心の中ではチサと同じく出来れば戦闘は避けたい考えていた。そのため、自ら囮を申し出たのだ。もし、シオンと共に彼らに戦闘を仕掛けたとして、こちらもただで済むとは考えられない。

 一見、彼がこの中で一番落ち着いているように見えるが、前身を覆い隠すマントの中で自らの太ももの肉を捻っていた。痛みを感じギリギリで平常心を保っている。だが、彼自身それを分かった状態で自らこの状況を作ったのだ。それは、彼があがり症なのと同時にこのメンバーの中で唯一、口には自信があったからだ。


「それで、……どうします?」


 だが、いくらマークが警告しようとも魔族は撤退の素振りすら見せてはくれなかった。それどころか、手前の魔族はやり合う気なのか、こちらを挑発してくる。


「てめえらこそ、ここでなにお楽しみしようとしてんだ? 初めての野郎共はお家のベットの上でギシギシ震えてろ。こっちはてめえらには用はねえんだよ、出来立てほやほやのエンジェルさん達、にはな」


 そこまでわかるか。やはり、ただの魔族じゃない……。

 角持ちということもあり、戦闘は極力避けたかったが、マークは白髪の悪魔が仲間と会話をしている隙に、チサとミラに目で合図を送った。


「……交渉の余地は、ないということでしょうか?」


「無名なのが少し気に食わねえが、まあ、いいだろ」


「仕方ありませんね」


 マークはマントから右腕を出し、上にいるシオンに合図を送った。

 来た———!

 魔族の二人はなんだといった表情でマークを見ている。

 ———その時、上空で待機していたシオンが武装した姿で二人の悪魔目掛けて銀色の長剣を突き立て物凄い勢いで突っ込んできた。

 逆光で反応に遅れているようだった魔族を見て、正面のマークはよしといった様子で事の行方を待った。

 だが、ここで一人は仕留めたいと思ってシオンとマークだったが、魔族の二人はシオンの攻撃をぎりぎりではあったが交わしたのだ。そして、シオンの剣はそのまま二人のいた地面に突き刺さると、地面が砕け大きな土煙を発生させた。


「クソッ!」


 シオンの罵声が聞こえた。その発言から、この作戦が失敗したことに残りの三人は悟った。土煙に紛れてマーク達は鎧を纏ったシオンと合流することができた。


「どうやら、失敗したようですね」


 顔に大量の汗をかいたマークがシオンに言う。


「これからどうするんですかっ!」


 動揺するチサを横目に、シオン自身も心底焦っていた。

 こんなはずではなかったと、ついに撤退を決心し、マーク達に呼びかける。


「仕方ねえ、ここは逃げるぞ……」


 だが、土煙に紛れて逃げようとしたと同時、背後から物凄い勢いの風が吹き荒れ、一瞬にして視界が開けた。突風が吹いた背後を向くと、そこには、長い黒髪を下ろした魔族の二つの蝙蝠のような羽が大きく広がっていた。


「………どうやら、簡単に逃がしちゃくれねえみたいだな」


 シオンの表情は分厚い兜で窺えないが、その声は強張っていた。すぐさま、次の作戦を考えようとしたマークだったがその前にシオンが動いた。


「オレが行く。援護、頼むぞ…!」


「…っま、待て! シオン!」


 マークの制止を無視し、シオンは一人黒髪の悪魔に斬りかかった。


「———!」


 翼をひと羽ばたきさせ、剣を振り翳しながら間合いを詰める。右手に力を込め、一気に振り下ろす———だが、悪魔はその一瞬に動揺することなく、なんなりと天使の一振りを回避してみせた。


「チ———!」


 すぐさま、もう一撃を見舞いしようとするが、冠の横から微かに相手の左足が迫っていた。

 もう片方の手で持っていた盾でなんとか防ぐが、予想以上の衝撃がシオンの体を震わせた。

 このッ———!?

 盾で足を退かすと、もう一撃が来るかと警戒していたが、悪魔は後ろへと後退した。そのまま逃げるつもりか、後を追う。


「待てよッ!」


 しかし、その前にもう一体の魔族ザクロが立ち塞がった。


「おいおいおい、てめえら、全員の相手が俺だって言っただろ? それに、あんまりしつこいと嫌われるぜ……」


 シオンを見下ろし、ザクロは嘲笑った。


「なめやがって……!」


 右手の長剣を握る力が増す。


「…ふざけんじゃねえエエッ——!!」


 標的をザクロに切り替え、シオンは再び剣を振り翳した。その後にマーク達が続く。

 長剣を悪魔の首目掛けて払う。刃の先が魔族の首に触れる。それどころか、刃の歯は何にも妨げることなく敵の首を右から左へ抜けていった。

 そのまま、シオンの足元にザクロの頭が転がる。


「……っは?」


 あまりに呆気ない勝敗に、シオンはどこか気持ち悪さを感じていた。



 その不安が現実のものになったのは、もう一人の悪魔に標的を変えたときだった。

 あの悪魔の不気味な笑い声がしたと思うと、シオンは頬の所に痛みが走った。

 バリィイイン! と兜が粉々に砕け散ると、そのままシオンは数メートル飛ばされた。

 立ち上がろうとすると、顔から地面に落下したため鼻から血が流れる。そこには、自分が首を斬り落とした悪魔の体がこちらを見下していた。

 瞬間。倒れたシオン目掛けて蹴りが放たれる。慌てて上体を起こし、握りしめていた盾でなんとかそれを防ぐ。


「へえ~、やるじゃん」


「…うらぁアッ!」


 勢いよく起き上がりながら、シオンは盾で首無しの足を振り払った。バランスを崩した隙にシオンは剣を持ち、雄叫びと共にザクロの体を斬りつけた。


「やったか……?」


「まだだシオンっ!!」


 後方でマークが叫ぶ。それを聞き、シオンはザクロの傷跡の奥から何かが蠢いているのがわかった。

 こいつ——ワーム!

 次の瞬間、ザクロの切り口から幾多にも束なったつるのようなものが飛び出してきた。

 即座に身の危険を感じたシオンは、空中へ避難するが、判断が遅れたりマーク達は格好の餌食となった。


「来るぞッ!」


 強気な口調で、マークがチサとミラに呼びかける。必死の攻防戦の中、ザクロの不気味な笑い声が辺りを埋め尽くしていった。


 その頃、一人上空へ避難したシオンを罪悪感が襲っていた。

 なんで、どうしてこうなった。誰だ? 誰のせいだ?

 問わなくとも答えは分かっていた。

 ——……ああぁ、俺かよ。

 湧き上がるなんとも言えない感覚に、シオンは一人耐えた。

 そのとき、彼の目にもう一人の悪魔ハデルの姿が映った。

 そういえば、あいつはなんで戦闘に参加しないんだ? さっきもオレに攻撃のチャンスはあったのに、わざわざ逃げるようにあの魔族と交代しやがった。戦いには不向きということなのか………

 再び、シオンの脳裏に危険な考えが浮かぶ。

 そうだ、上手いことあいつを捕まえることが出来れば………

 いけるかもしれない。

 そう悟ったシオンは、ハデルの後方へと転換した。


「……」


 どこか一点を見つめていたハデルの背後にシオンは長剣を振りかざした。

 だが、それが悪魔の腕を裂くよりも速く、ハデルの長い黒髪がなびいた。それと同時に、防御のつもりかシオンの振り下ろした剣を薙ぎ払うようにハデルは右腕で剣に触れた。

 そしたらどうだろう、シオンの剣は悪魔が触れたところから真っ二つに割れ、そこから感染するかのように剣全体、そして所有者の腕を伝い、鎧全身を凍りつかせた。


「…っ?!」


 なんとか、彼の鎧が身代わりになり死には至らなかったが、もう彼を護るものはなくなっていた。その頬には、鎧でかいた汗とは違う。これまでに感じことのないような寒気が、シオンを襲った。


「…あ——」


 口を開けようとしたそのとき、悪魔の追撃がシオンの左肩から下を切り落とした。

 その気配を直感したように、仲間の皆が一斉にシオンを見た。

 シオンは、自分でも左肩が妙に軽くなったことを感じていた。恐る恐る左肩に顔を持っていくが、そこには、何もくっ付いてはいなかった。心臓の鼓動がどくどくと脈打つ左肩と交差し、よりシオンを混乱させた。

 珍しいものにでも触るかのように、シオンはその肩に右手を添えた。そして、己の身に起きた現実に、声よりも先に膝から地面に崩れ落ちた。


「…いやぁあああアアア……———!!!」


 彼の心の声を弁償するかのように、チサの悲鳴が空気を震わせた——



 ——その叫びを、彼らのリーダーは聞き逃さなかった。



 どうしてこんなことになったんだろう。

 つるに縛られ、身動きが取れなくなっていたチサは己を責めていた。自分があの時もっとちゃんと反対していたら、こんなことにはならなかったんじゃないか。そうすれば、誰も傷つかなかっただろうし、こうして捕まることもなかった。

 初めてアルと出会った時に告げられた心得が脳裏を過る。

「そこは紛れもなく戦地だ。もちろん戦闘は避けられないだろう。危機を少しでも削減するためにも身勝手な行動には慎んでもらう。もしも上級悪魔と出くわした際は戦わず、逃げろ。仲間が負傷した際も同じく、戦闘の継続は出来るだけ避けほかの部隊に応援を呼ぶこと。」

 そう、これは戦いなんだ。訓練なんかじゃない。一回取られただけで死が待っている。


「ごめんなさい」


 口から不意に、そんな言葉が漏れた。

 ちゃんと隊長さんの言っていた通りにしていれば。私達は、私達を心配してくれた隊長さんを、裏切ったんだ。


「ごめんなさい」


 小さく呟くように、チサはアルに謝っていた。だが、こうなってしまった以上、懺悔の言葉も意味はない。ハデルは、そんな彼女を見上げ視線を下ろした。



 四枚の翼を下ろし、アルはシオン達の姿を捉えていた。

 やっぱりこうなったか、あのバカ共。

 その彼らに対する苛立ちと嫌悪感で、胸のあたりがぐつぐつと煮え滾るのがわかった。

 とはいえ、かなりヤバイ状況にシオン達が置かれていることにアルは頭を悩ました。こちらは人質を取られている。しかも、敵は二人。それも魔獣ではなく魔族ときた。どうやってしたものか………

 だが、数秒後にはアルは考えることをやめていた。

 もういい、考えるより行動だ。

 そう決断しシオン達の方に歩み寄ると、敵の一人がこちらに気づいたのか体を向けていた。


 気付かれたか。でも、向かってくる様子はないな。人質がいるからか? まあいい。

 先手必勝だ……!


 アルはその場で構えると、硬い地面を台にし、両足をバネにしてこちらに体を向けた魔族に突っ込んだ。


 ————ッ!!


 こちらから来るとは思っていなかったのか、完全に敵は油断していた。アルは、標的にしていたザクロの顔を鷲掴みにすると、そのまま倒れる形で地面に叩きつけた。

 角付きか、硬い……。

 だが、鍛え上げられたアルの腕力には関係なかった。魔族の皮膚とその下の細胞の引力が限界に立ったとき、彼女の指と指の間から血飛沫が上がり、彼の顔面は正面からの圧力により陥没した。

 これで………

 仕留めたと確信したアルは、そのまま次の標的者へと顔を上げた。


「のこり、一匹……」


 その先には、氷のようなセレストブルーの冷たい二つの瞳がアルを静かに見下ろしていた。


 この出会いが、後に私の私達の運命を大きく変えていくことになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。

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