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緊迫した雰囲気の中、原因のアルとシオンの睨み合いは続く。
その事の行方を少し離れた所で窺いながら、他の天使達はそれが治まるのをただじっと見守った。
それに終止符が打たれたのは、それからすぐのことだった。天使の像がある所の左隣に備え付けられていた扉が開き、中から一体の天使の一声が響き渡った。
「おーい! 全員揃ったんなら早くこっちに来てくれ、もう手一杯だ!」
アル達にそう急かすも、肝心のリーダーであるアルはその声が聞こえていないのか、シオンと握手したまま動こうとしない。仕方ないと、代わりにチサが返答した。
「あっ、了解です!」
そして、慌ててアルに呼びかける。
「た、隊長さん。早く行かないと…!」
それで、はっとしたのかアルはシオンから手を離しチサを見た。
「んあ、もうそんな時刻か。すまない」
申し訳なさそうに答えると、先程までのことが嘘のようにうきうきと扉へ歩き始める。
「では、行くとするか!」
なにか重いものから解放されたかのように、彼女の表情はにんまりと微笑んでいた。そのまま、準備運動のつもりか腕を動かしながら扉へ向かう。
「……」
その背中をシオンはどうも腑に落ちない様子で眺めていた。
「あいつ、どう思う」
隣にやって来たマークが小声で問いかける。シオンは握り締められた右手をもう片方の手で握りながらが答えた。
「……さあな、オレ様にはまったくだ。だが、仲間殺しに間違いねえよ。それは事実らしいし。取り敢えず、様子見ってとこか。そうすりゃ、あっちから本性曝け出しそうだ。てか、もう出してるけど」
「私も賛成よ。初対面の私達にあんな態度とるなんて、どんな神経してるのか。まずは、”彼”の実力拝見ね。それから考えましょ」
割って入るミラも、また腕を組んでアルの背中を疑いの目で追っていた。
その彼女の発言に疑問を覚えたのか、彼らの中で一つの問いが飛び交った。
「…っえ、隊長さんって、女性じゃないんですか?」
「は? 男だろ」
「女性に、俺には見えるのだが」
「「「「……」」」」
一瞬の間を後に、結局答えが出ないまま彼らはアルの後を追った。
アザレス第一防衛ラインは、大型の敵の進入を防ぐ為、直径およそ五十メートルになるまでの高い壁で構築されている。分厚い壁ゆえ、ちょっとのことでは傷も付けることはできない。
だが、頑丈さを活かしたせいか、その外壁は殺風景で上にはなんの防壁もない。地上から吹き付ける風がその上を歩くアル達の体に容赦なく吹きつける。気を抜くと、風に体を持って行かれそうだ。
アルに代わり先頭で場所を案内する天使の後に列になってついていくと、その先で一体の天使がこちらに気付いたらしく、こちらに手を振った。それを確認し、先頭の天使が足を止める。
「それじゃあ、俺の案内はここまでだ。あんたらに、神のご加護があらんことを」
礼儀正しく軽く頭を下げ、天使は元来た道を戻って行った。
「君たちか、今期の支援部隊というのは」
入れ替わるようにして前からやって来たのは、屈強な身体つきをした男だった。
「俺はここを担当しているアレクと言う者だ。よろしく頼む」
こちらを見渡すと、にっと笑い出迎えてくれる。
「初めまして。この度、ここの支援部隊として任された隊長の……アルです。」
「よろしく」と思い詰めた様子で答えた。
それは、この者にも自分のことを知られている可能性があったからである。”仲間殺し”それがどれだけ罪深いことなのか。本当なら鎖に繋がれていてもおかしくはないというのに、私は今こうして平然と外の空気を吸っている。それに疑念を抱く者も少なくはなかった。だから、相手がどれだけ友好関係を築こうとしても、この名を聞いてしまえばその意識すらなくなる。それならば、もう隠さないことに決めた。そんな関係になるくらいなら、初めからいらない。
「そうか、君が……」
少し深刻な顔をしてから、アレクはアルを見た。
やはり彼もまた他の奴らと同じ————そう思った時だった。
「そんなことどうでもいいわ!」
アレクが声を荒げてそう告げたのだ。アルの思い込みは拍子抜けし、驚きで声を洩らした。
「お前がなんだろうと俺にはどうでもいい、どっちにしろ人手不足だからな。それに、あんたがどんなことをやって来たとはいえ、隊長として一つのチームを任されたんだ。それがあんたの実力だ。だから、俺はあんたを信じて背中を任せる。もちろん、これからきちんと働いてもらうぞ。わかったか?」
「あ、」
「わかったならば、誓いの握手だ」
一方的だが、アレクはそう言うと手を差し伸べて来た。シオンとは違い、そこに蔑んだ様子はない。
「っ………」
まだ、ポカンとした頭で、アルは内に秘めた思いから自然とアレクと握手を交わしていた。
「では…!」
手を離し、アレクが何かを伝えようと話題を変えると、彼らの背後に何かが飛んできた。
どんッ! という衝撃音と共に、それがぶつかった所からは煙が立ち込んでいた。すごい勢いだったのか、そこだけ床に亀裂が走る。
「な、なに…?」
突然の出来事に、混乱するチサに何か下から登ってくる気配を感じた。
皆、視線を気配を感じる床先に向けると、そには一匹の獣らしき敵が現れた。敵は壁から上半身を見せたまま威嚇か雄叫びを上げた。
「魔獣か!」
一気にアル達に緊張が走る。が、次の瞬間アルの横を通り過ぎ一つの短剣が獣の額に突き刺さった。そのまま、力尽きたのか落下しそこから姿を消した。
何が起きたのかと、短剣が飛んできた方向に視線を向けると、そこは何かが飛んで来た跡の場所だった。すると、中から小さな影が現れた。煙が風で消えると、そこには足から口元までを白いローブで覆った女性の姿があった。正確には、ローブはこれまでの戦闘でかひどく汚れていて土色っぽくなっている。何かをぶつぶつと呟きながら起き上がると、こちらに気付き鋭い眼光を向けた。
その怖いまで素顔に、アルの後ろにいたエンジェル達も一目置く。
「……アレク」
低い声で、その女性はアレクを呼ぶ。その声に関係のないこちらまでもが緊張する。
「そいつら、支援部隊?」
「そうだ。これで戦いも少しは楽になるだろう」
返答すると、再び殺気立った眼差しでアル達に目線を落とす。何かを言おうとしてか前屈みになった瞬間、下の方から天使の叫び声のようなものが聞こえチャンスを逃す。その声した方を向き小さく舌打ちをすると、下に降りようとしてもう一度こちらを見た。
「………もう戦い始まってる。早く支援」
そう言い残し、地面へ落ちていった。
あれも天使なのかと、心中そう思ったアルとエンジェル達だったが、それを見たアレクが困ったように話を戻した。
「いきなりすまんな。彼女は俺と同じここに所属しているファームルと言う。人見知りでな、初対面の相手にはどうも緊張しているせいか眉間が寄って睨んでいると勘違いされてしまう。根は優しい奴だ。仲良くしてくれ」
「は、はあ……」
反応に困りながらも、気持ちはわかるとアルは返事をした。
「では、急いで話を進める。さっそくですまんが、これから俺たちは下に降りて奴らと戦ってもらう。さっきも見て知っての通り敵は魔獣だ。悪魔は前線ではまず魔獣を歩兵として俺達の力量を確かめる。だが、それに紛れて中には悪魔が潜んでいる可能性も高くはないがある。長年の戦い故、第一防衛ラインに所属していたメンバーが次々とやられ、復帰も困難な状況下に今はある。そこで君たち支援部隊の力がいるということだ。お互い、悔いのないよう戦おう」
そう言って、アレクはエンジェル達に顔を向けた。その表情はどこか悲しく彼らを心配しているようだった。
「君達には、本当に申し訳ない思っている。まだ実戦経験も浅いというのに、このような戦場に出させてしまい……先に、謝っておく」
深く頭を下げる彼に、エンジェル達は驚いた表情をするも、大丈夫と言わんばかりに口角を上げた。
「あ、頭を上げてくださいアレクさん」
「なに、オレ様達のことは心配しないでください。そこに、立派な天使にするまで死なせないって張り切ってるアークがいますから」
後ろから複数の視線を感じ、居心地が悪くなる。
「ほほう、それは頼もしいアークだな」
「自信満々に言うもんだから、逆に助けそうで怖いですよ」
アレクとシオン達のの笑い声に、反論しようにもなんて言い返せばいいか分からず、ぶつけようのない気持ちにアルは拳を強く握った。
「さてと、悪ふざけもここまでだ。ここからは、戦場。気を引き締めて取り掛かるように………最悪、死者も出るかもしれん。それを少しでもなくしたければ、仲間と、離れんことだ」
皆の表情が変わり、それぞれが覚悟を決める。
「我らに、神のご加護があらんことを」
祈りの言葉に、天使達は胸に手を当て目を閉じる。これまでの事を振り返り、戦いの現実に向けそして、目を開ける。冷たい風が体を通り抜け、見えない恐怖が彼女達を襲う。それを振り払うかの如く、天使達は真剣な眼差しでそれぞれ武器に力を込める。
これが、戦い———
ここを降りれば、もしかすると生きて帰れないかもしれない。アルもまた、そんなことを考えていた。だが、それは当たり前に誰もが持つ脳の防衛本能。それを凌駕しているのは、おそらく、彼女達をここまで支えてきた大切なもの達だろう。それだけで十分。
私は、戦える!!
「さあ、行くぞッ!!」
決意を新たに、アレクの合図と同時に天使達は戦場の地アザレスへ降り立った。
次から戦闘モードです!みんな頑張れー
みんな「お前もな」
最後まで読んで頂きありがとうございます。よかったら次も読んでください。