第三話『最悪の出会い』
更新遅れてすみませんでした!
目を閉じてからどのぐらい経過しただろう。
そろそろ視界が開けてもいいはずだと思ったが、未だに辺りは光に包まれ目を開けることは出来ない。
今、自分がどこにいて、周りがどうなっているかもわからない。生きている心地のしない感覚に、アルは自らの唇を噛んだ。痛覚があるという事は、まだ自分は生きている。それが分かり、胸を撫で下ろす。
すると、一際強い光がアルを再び包み込んだ。瞼の下からでも分かるほどの眩しさに、眉間にしわを寄せた。
辺りに薄暗さが現れ、やっと目が開けるくらいにまでなる。
「っ……」
恐る恐る目を開けるが、視界はまだ歪む。だが、そこには四つのシルエットが佇んでいた。
視力が徐々に元に戻っていくと、壁には色鮮やかステンドグラスが装飾され、それを背景に一体の天使の白い像が飾られている。翼はアルの四枚を超えて六枚。その翼で、像の天使は自身の顔と大事なところを隠している。
そして、ここがエンジェル達が待つ聖堂であり、あのシルエットがはっきりと見える今、その者達がこれから自分が隊長としてお世話する羽目になった、四体のエンジェルだということになる。
おそらく、あの扉をくぐるとここへワープ出来る仕組みになっていたのだろう。他のアークが見えないとなると、あの数字に書かれていた番号で待たされているエンジェル達のところへ、私と同じく飛ばされたのだろうか。
天使の像に視線をやると、その足元にカイトに渡された数字と同じ『一』の紋章が施されていた。
エンジェル達はこちらの様子を窺っているのか、黙ったまま何も喋ろうとはしない。その中で、一際注意を引いたのが、像の前にある階段で鎮座する一体の銀色の騎士風の鎧を纏った天使だった。性別を確認するどころが今、どんな表情をしているかもわからない。
彼らの視線に緊張してか、アルは鼓動が速くなるのがわかった。
落ち着け私。こういう時は冷静に、落ち着いて、カイトのように紳士に振る舞うんだ。うん、大丈夫。たぶん……。
深く息を吐き、エンジェル達に問いかける。
「私が、今日から君達の隊長を任されたアークのアルだ。特に、これといったことはないが……小天使からの卒業おめでとう。天使として一歩を踏み出した君らだが、油断はしないでほしい。話は聞いていると思うが、私達はこれからアザレス第一防衛ラインへ支援部隊として出向く。そこは紛れもなく戦地だ。もちろん戦闘は避けられないだろう。危機を少しでも削減するためにも身勝手な行動には慎んでもらう。もしも上級悪魔と出くわした際は戦わず、逃げろ。仲間が負傷した際も同じく、戦闘の継続は出来るだけ避けほかの部隊に応援を呼ぶこと。———それが、私から君たちに教える戦場での心得だ。」
やべぇ、何言ってんだ自分。あからさま過ぎんだろ。何が私から君達に教える戦場での心得だ、だよ。完全に私が天使だった頃に隊長やってた天使の言葉そのままパクっただけじゃん。逆によく覚えてたな自分。まさか一瞬だけ乗り移られたんじゃ。
内心で何かと葛藤する彼女に、エンジェル達は表情一つ変えることなくアルを見続けていた。流石に気まずくなり、少しでも間を縮めようとアルは彼らの名を聞くことにした。
「……先程も言ったが、これから戦地へ向かう。そこで、君達の名を教えてはくれないか? お前などと呼んではお互い不便だろう。これからの付き合いも考え、まずは君達のことを……」
「あんた———”仲間殺し”だろ?」
まさかの一言に、一瞬言葉が詰まる。
「………そうだが」
嘘をついても仕方がないと思ったのか、あっさりとアルは彼らに打ち明けた。
まさか、ここまで知られていたとは。
答えを求めてきたのは、先程の鎧に身を包んだ天使だった。鎧で完全に表情、性別を確認することはできなかったが、声のトーンから少年だとわかった。
鎧の天使は、彼女の呆気ない告白につまならそうに階段に両腕を置き、もたれた。
「やっぱりそうか、道理で聞き覚えのある名前だと思ったんだよ。ってか、反応薄すぎてつまんねえ。仲間殺したから感情もなくなってんじゃねえの? あははっ」
「ちょっとシオンさん! いくらなんでも言い過ぎですよ。隊長さんに謝ってください!」
痛快に笑う彼に、眉を八の字にして鎧の少年から少し離れた所にいた茶色のボブ髪の少女が言った。
「はあ? なんで? 本当のことだし、謝る意味がわかんねえ。お前だって仲間殺しって聞いてビビってたじゃんかよ」
「それは………」
思ってたんだな。
「えっ———と……、話を戻しますが、取り敢えず名前を教えてはくれませんかね?」
これでは話が進まないと踏んで、アルは出来る限りの笑顔を作り、彼らに頼んだ。すると、先程の少女が「すみません」と申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の名前は、チサ・パスへリアっていいます。戦闘ではあまりお役に立てないかと思いますが、よろしくお願いします」
おっとりとした雰囲気で、栗色の垂れ目が彼女をほかの天使よりも幼く見せた。だが、その容姿からは考えもつかないようなチェーンに繋がれた二つの短剣がその細い腰にくくりつけてあった。
チサが自己紹介を終えると、次にその隣にいた紫がかった黒髪を伸ばした少女が口を開いた。
「私は、ミラ・ノタアナって言います。一応言っておきますと、氷結魔法が得意です。ですが、規模の大きいものにしようとすると発射までに時間がかかります。今後とも、よろしくお願いします。」
凛とした端正な佇まいは、横のチサと並べられると姉と妹に見間違えてしまうほどだった。その透き通った肌の両手には彼女と、いや、それ以上の長さを誇る杖のようなものが握られていた。その先端部分には青白い水晶のようなものが空中に浮かんでいる。
「俺はマーク・エスペラール。よろしく」
不愛想に、眼鏡をカチッと掛け直してマークと名乗った少年は答えた。
無造作に跳ねた灰色の髪。肩から踝まで伸びた白いマント。それで彼がどのような武器を所有しているかはわからないが、恐らく黒髪の少女と同じ魔導系の類だろう。
「……で? あなたは」
一体残された鎧の少年に名を尋ねると、彼はチッと小さく舌打ちをした。礼儀を払ってか、立ち上がると同時に彼を取り巻いていた鎧が飴細工のように粉々に砕け散り、オレンジ髪のどこかあどけなさのある少年が姿を現した。鎧を纏っていたせいか、一回り小さく見える。
「シオンだ。自分で言うのもあれだが実力には自信がある。言っとくけど、あんたを隊長だと認めてねえかんな。すぐにオレ様がてめえを隊長の座から蹴落としてやる。それまで、隊長面して俺達を危険な目に合わせんなよ……あっ、あんたが隊長の時点でもう危険か。せいぜい間違えて部下の俺達の誰かを殺さないように、」
嘲笑すると、彼はアルに握手を求めてきた。
「よろしくお願いします。仲間殺しの隊長さん」
またしての彼の言動に、エンジェル達も呆れ顔で事の治まりを待った。だが、それとは打って変わり、この時のアルの心情は彼等に対する苛立ちで煮えくり返っていた。
完全になめられている。そして戦場で真っ先に死ぬタイプだ。
冷静に事を進めようとしたアルだったが、その脳裏には死んだ仲間の死に顔が浮かんでいた。
……カイトのように紳士に振る舞おうとしたが、もう辞めだ。私は私のやり方でいかせてもらうよ。ルシファー、約束したんだから……もう、私の仲間は誰も死なせないって。
「……ああ、そうかいそうかい。ならご勝手に好きに呼べや、私はめげないから」
様子が変わった彼女に、エンジェル達は緊迫した。
「いいか、そっちがどれだけ死に急ごうと、私はお前らを見捨てない覚悟でここにいる。立派な天使になるまで、私が加護してやる。だから、」
差し出されたシオンの手を握り返し、皆にも聞こえるように言い放った。
「こちらこそよろしく、”天使”」