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更新遅れてすみませんでした
「それじゃあ、私達も行くか」
タルシェ達が大広間を出た後、カイトは彼らが行った方向とは反対の階段へと足を向けるのだった。
二階には、なんの変哲もない白い壁だけが構築されているだけで、肝心の扉の姿はどこにもなかった。
「本当にここであっていますの?」
ルルーサの問いに、カイトは口角を上げる。
「まあ見てて」
そう言うと、カイトは壁に手をかざしだした。
すると、壁が五枚の長方形に白い光の線が入ると、下から徐々に開門していった。
「隠し通路、だね」
シエルがキメ顏をしながら言った。
「ここから先は許可を得た天使しか入ることを禁じられていてね、こうやって手を出すことで自動的に霊力を読み取って開かれる仕組みになっている」
手の込んだ構造に感心すると同時に、ここへ来て改めてカイトがすごいと思ったような気がする。
「それじゃあ皆んな、この紙を持って」
カイトの声に一同は我に返ったかのよう彼に目を向けると、それぞれに小さな紙切れを手渡された。
白紙に少し困惑したアルだが、それを裏返すとそこにはある一文字が書かれてあった。
「一」
「扉の上の部分にそれと同じ数字が書かれてある。そこに並んで」
カイトの指示にアーク達は各々の指定された扉の前に立った。
右から私、ルルーサ、シエル、水色髪の少年と猫を持った少年と続いた。
開かれた五つの扉に目を向けてみるが、その内側から零れる光で中の様子を窺うことはできなかった。そして————
「あら、まだいましたの? もうとっくに帰ったのかと思っていましたわ。仲間殺しのゼレルさん」
メルシーは相変わらずの上から目線で、アルに突っかかってきた。
「この場にいること事態が不釣合いだと言いますのに、わたくしの前に立つなんて。目障りにも程がありますわよ……」
前の二体の揉め事に、後者の男性陣はやれやれと言った様子をする者もいれば、またかと舌打ちをしたり無関心に前方の光る扉に目を向ける者と多種多様な面々だった。
「やめないかい、メルシー。いくら腹が立つと言ってもここは聖地。もっと冷静に」
半分呆れ顔でシエルが、憤るメルシーを落ち着かせようと彼女の肩に手を置こうとした途端、メルシーはアークの称号とされる四枚の翼を開き、触れることすらさせてくれなかった。
シエルを一瞥して、アルを睨みつける。その眼光は怒りを露わにしているが、どこか悲しみに満ちていた。
「…どうして、こんなやつだけが生きているのかしらね……」
そう呟くと、背中の四枚の翼がゆっくりと閉じていく。
すると、何か思いついたのか「そうですわ!」とメルシーは胸元で手を叩き、先程までのことが嘘のように、にこやかに話の話題を変えてきた。
「今期の彼女に任されたエンジェルの指導権をわたくしに譲ってはくれませんこと? 支障がなければ、わたくしの小隊と混合支援部隊してみてはどうかしら。彼女よりも立派な天使にさせることを約束いたしますわ」
カイトに向けられたであろうその言葉に、またしても場の雰囲気がどんよりと歪みだす。
動じず、怪しげな眼差しで付け加える。
「どうです? 悪い話ではなくてよ」
さすがのアルも我慢の限界だった。
自身の掌の血管が流れなくなるほどに、強く握られた拳の力を声にして彼女にぶつけようとした時。その言葉よりも先にカイトが前に出た。
「随分と、君は自信家なんだね……君の優秀ぶりはよく知っている。確かに、君なら一体で八体を任せても大丈夫だろう。」
「でわ!」
冷静なカイトの態度に、本当に今回のメンバーから外されてしまうのではないかと薄々覚悟を決めたアルに「が、」と彼の否定の言葉が入った。
「彼女を省くわけにはいかないな」
にこりと呆然とするアルを見る。すると、理解できなかったのか、メルシーの反発が起きた。
「お言葉ですが、カイト様は彼女を買いかぶり過ぎてはいませんこと? わたくしの見た限りでは、彼女はまだ戦力外だと」
少しムッとするアルを横に、彼女は真剣な眼差しでカイトを見続ける。
「メルシー、と言ったかな? 君はアルを見くびり過ぎているんじゃないかな?」
「……どういうことですの?」
メルシーの問いに、カイトは息を吐いた。
「ここはね、新しい階級に昇格したもの達を称えるための聖地なんだ。だから、ここへ来た際はものに慎重になってほしい。傷でもついたらイメージも崩れてしまうからね。もし、あの攻撃を彼女が避けていた、ならば……君は今回のアザレス支援部隊に参加することは出来なかっただろう。」
淡々と話すカイトの言葉に見る見るうちにメルシーの表情から余裕がなくなっていく。
「君は知らないうちに彼女に救われていたんだよ。そのことを、よく覚えていなさい」
最後に強めの口調で放ったカイトの言葉にメルシーは何も言い返せなかった。
じゃあなんですの? わざと、攻撃を避けなかったと言いますの。
メルシーの脳裏に、防御の構えを取ったアルの姿が蘇る。
ちらりと横目でアルを見ると、防御を取った時、腕の擦り傷が出来ていたのに、今ではそれが一つも見当たらなかった。
それを見て上で、もう一度あの時のことを回想する。
あの攻撃は最小限に加減はしたものの、スピードは私の中でもトップの方だった。確かに、あの体制で防御が取れたのであるなら、避けることなんて……
考えれば考えるほど、メルシーは追い込まれていった。
わたくしは知らないうちに救われていたというの?
横で、殺気立ったメルシーの視線がアルに突き刺さる。
気にしない気にしない……
アルはそう自己暗示をかけていると、メルシーがすぐそこまでやってきていた。その一瞬にびくっとするアルだったが、彼女からは怒りの感情は感じられなかった。
「……わかりましたわ、今回はカイト様の言い分に面して、自分の小隊だけに目を向けることにします。貴女にも、出しゃばったことを言ったことを謝るわ、ごめんなさい」
冷静さを取り戻し、深々とアルに頭を下げるメルシーの姿に、心底驚きを隠せなかったアルは、すぐさまこちらこそと返答と出そうとするが、
「だからって、わたくしは貴女のことを許してはいませんから」
と耳元で忠告され、メルシーは自分の配置された『二』の扉の前に戻っていった。
「あ、はい……」
一体、返事をするアル。
「じゃあ皆、光の方へ歩いて行ってくれ。その先にエンジェル達がいる」
「カイトは行かないのか?」
「ああ、僕は君たちをここへ誘導するだけに呼ばれたからね。悪いけど、ここから先は君らだけで行くんだ。どうか、無事で」
心配そうに見つめるカイトに微笑み返しアルは、ほかのアーク達と一斉に光る扉へと歩き出した。
「君たちに神のご加護があらんことを」
後ろで、カイトの祈りの言葉が聞こえる。
扉の光の眩しさの余り、目を瞑る。
徐々に体が光に覆われ、やがて彼女達は完全に見えなくなった。