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第8話 造船

第8話です。楽しんでいただけたら幸いです。

今回は短いです。


 五郎たちがやってきた造船所は海岸沿いに建てられた、瓦葺きの背の高い木造建築だった。

 金具を使わず、太い柱と(はり)(ぬき)を使った伝統工法で建てられており、壁には丁寧に漆喰が塗られ、壁にかかった看板には大きく[里見造船所]と達筆な字で書かれていた。

 周りには同じく木造の倉庫が立ち並び、やや離れた場所には新たな造船所と倉庫が建設中だった。


 五郎は裏手に回り、大きく開けられた船台を出し入れする門がある。門からは海に向かってコンクリートを打った坂道が伸びており、現在は締切堤を建設し、排水した後に海底にまで道を伸ばすための作業をしていた。


 それを横目に見つつ、五郎は大きく開けられた門から中に入った。


 そこでは多くの職人たちが作業中であり、材木を(かんな)にかけて薄く削ぐ、(のみ)(つち)で穴を穿つ、加工した材木を組み合わせるなど、各々の役割を果たしていた。


「おーす、みんな元気かー?」


 そう言うと、五郎に気が付いたのか、近くで作業していたまだ若い職人が来て声を掛けてきた。


「若、お久しぶりですね。もう来ないかと思いやしたよ」

「ハハ、それは無いな。死ぬのはまだ先だし、自分が作った船の上と決めているのでな」

「違いありやせんな。親方をお探しで?」

「ああ、直ぐに呼んでくれ」

「了解しやした。ちと待ってください」


 青年が「親方ァー!若が来やしたぜー!!」と大声で叫びながら奥の方へ探しに行った。

 その声で他の職人たちも気が付いたのか、口々に「お久しぶりです」と挨拶をしながら、作業を中断して五郎にぞろぞろと近づいてきた。


「あー、気にせず仕ご―――」

「手前ぇら何してやがる!さっさと持ち場に戻りやがれっ!」


 五郎が言い切る前に、白髪の男が怒鳴りながら出て来た。男は既に老境を過ぎているが筋肉隆々で、未だ衰えを知らず、肌は赤黒く潮焼けしていた。怒鳴られた職人たちは男を見ると慌てて持ち場に戻り、ビクつきながら作業を再開した。


 ふん、と男は不機嫌そうに鼻を鳴らし、五郎に向くと先程と打って変わり、深く丁寧なお辞儀をする。


「若様、お久しぶりでございます」

「や、親方。元気そうでなにより」

「若様も、お変わりないようで」


 親方と呼ばれた男はこの造船所の責任者である船大工であった。

 変わらないな、と思いつつ、そっとじいに目配せすると頷き、家人たちが運搬車(リヤカー)を前に出した。

 積んでいるのは、酒樽と魚の干物である。


「親方、これは土産だ。皆で飲んで食べてくれ」

「は、いつもありがとうございます。皆喜びます」

「そりゃ良かった。で、早速だがどうだ、コイツ(・・・)は?」


 五郎が指差したのは、船台に置かれた建造途中の船だった。

 まだ通常の和船よりも厚く、長い(かわら)があるだけで、外板・内板はまだ取り付けて無かった。


 この船は弁才船を基にした合いの子、和洋折衷船(わようせっちゅうせん)とも呼ばれる船であり、先日、起工したと聞いてやってきたのだ。


 設計は以下の通りになる。


 [弁才船(和洋折衷型)]


 ・主要目

 全長17間(約31m)船幅24尺25寸(約8m) 喫水9尺10寸(約3m)

 速力7kt(推定) 乗員32人 兵装 旋回式バリスタ 1基(艦首1基)


 ・備考

 木骨木皮、水密甲板、西洋式小型舵、竜骨、肋材、銅製の金具を使用。

 二本マスト・スクーナー型とする。


 和船である弁才船よりも重量が増したため、喫水が深くなり、見た目も西洋帆船に近い船となる。

 船大工たちの技術習得用であり、竜骨と肋材を使用するが西洋帆船と比べて少なく、その分を従来の棚板造(たないたつく)りを併用することで船体強度を確保していた。捕鯨船の建造はまだ必要な材木の確保と設備が完成しておらず、就役するのも当分先なため、暫くの間の繋ぎ(・・)として纏まった数を建造する予定であり、軍船、練習帆船、近海捕鯨船として使用されることになっていた。


「概ね順調ですな。竜骨や肋材には手こずりやしたが短艇である程度の練習をしたお蔭か、最初の弁才船の時のような混乱は無いですな」


 ニヤリ、と笑いながら言う親方に思わず苦笑する。


 大型の和船は操舵性を良くする為に大型の舵で、取り外せるようになっていた。そのため、艦尾は大きく開いた構造が殆どであった。

 以前、弁才船を建造する際にも職人の一人が和船と同じように艦尾を切開してしまい、設計者の五郎と説明を受けていた親方が激怒し、混乱することがあったのだ。


 今回もそういった事態が起きないように、五郎は事前のちょっとした練習として船大工たちに竜骨と肋材を持った短艇を建造させていたのだ。

 短艇は船に搭載し、人や荷物の運搬、連絡などに使われる小船であり、今回はそれが上手く作用したと聞いて五郎は内心ほっとしていた。


「このままいけば、あと半年ほどで出来上がりそうです」


 この言葉には五郎も驚いた。

 弁才船の建造期間が約6ヵ月ほどであり、急がせているとはいえ慣れない構造と工法を使用した船を建造するには相当早いスピードである。


「思ったより早いな。大丈夫なのか?」

「なに、若が詳細な設計図を書いてくれたお蔭ですし、やり方も教えて下さる。何より、色々と差し入れを持ってきてくださるので此方も張り切らなければいけませんからな」


 親方の言葉に嘘は無かった。

 五郎は自分の知っている知識は惜しみなく提供し、不足するものは直ぐに揃えていた。必要な部品や道具類も鍛冶師に掛け合い、質の良い物を回してくれるのだ。時折、作業に交じっては一緒に汗を流し、笑い合い、こうやって訪ねる時には必ず酒と肴になるものを持ってくるのだ。威張るだけしかない役人たちとは全く違う姿に嫌う人間はいなかった。


「それならいいが……、事故には気を付けてくれ」

「ハハ、分かっております。安全第一、ですな」


 まあ立ち話もなんですから、と親方が片隅にあった机と椅子へ案内する。

 机と椅子と言っても、どれも酒樽に板を置いた粗末なもので、焦げた跡や酒の匂いが染みついていた。

 じいは顔を(しか)めていたが、五郎が気にせず座ったため、自身も腰を下ろした。少数の護衛以外は造船所の外でゆっくりと待つことになった。


「親方、これを見てくれ」


 そういって机に広げたのは、以前、安泰に設計案として見せた桜型捕鯨船の図面である。


「……ふうむ、これは、また難しい船ですな」


 唸りながら設計書をまじまじと眺める。

 竜骨とマストは弾力性としなりのある(まつ)材、外板には強度と腐食に強い(かし)材が、他にも(すぎ)材、(にれ)材が使われる事となった。

 材木を大量に使い、また手間がかかるためコストは高いが、筋違いを入れ、また日本の樫は海外のものと比べて特に比重が高く硬いのが特徴であり、堅牢な船になるのが予想された。


 同じく眺めていたじいには弁才船と違うのは分かるものの、どのような差があるのか分らなかった。


「若様、このじいめにもこの設計図について教えてほしいのですが」

「ああ、この船は新たな大型漁船だよ」

「ほお、これが……」


 間違ってはいない。

 この時はまだ鯨は魚であったし、外洋航海が出来て、大砲などの武装を施して軍船として使われることもあるが、漁船である。

 出来るだけ秘匿していたいが、建造はどうせバレるだろう。だったらその際に少しでもミスリードをすればいい、という思いで五郎は言ったのだが、後に風魔の報告でも「大型漁船」とされ、暫くの間、北条から西洋式の大型帆船ということを隠すことに成功した。


「珍しい形式の船だから見た事が無いかもしれんが、こういう構造をしていると頑丈で、外洋航海、つまり遠く波の荒い海でも活動出来る」

「なんと、どうやってそれを知ったのです?」

「やってきた商人たちから話を聞いたり、本で調べたりだな。あとは夢だな」


 五郎はそう言って、以前、岡本城にて岡本通輔に話した内容を言う。

 じいはそれを聞いて、何とも不思議な夢ですな、と偉く感心していた。

 親方も眺め終わったのか、設計図から顔を上げ、五郎に質問した。


「若様、基本的に、竜骨関係はそこで建造中の船と変わらないようですが、この外板はどうするので?板を重ねないと浸水しそうですが……」

「外板を重ねなくとも大丈夫なのはまず、隣り合う外板を当接させてから、隙間に(のこぎり)を通して削り、わざと粗面にするんだ。これを一旦外して、この粗面をまんべんなく鎚で叩いてやる。すると木の繊維が圧縮され、進水後に水分を吸収した時に潰れた繊維が膨らんで隙間が無くなるんだ。更に、檜の内皮を叩いて柔らかい繊維としたものを詰めこんでやり、漆で塗装すれば浸水は完全にしなくなる」


 そう説明すると、2人とも納得したのか、大きく頷いた。


「成程、確かに木は水を吸うと膨らみますが、それを利用して隙間を埋めるのですか……。これは思いつかなかったですな」

「それで、だ。コイツに使う材木がまだ確保出来ていないが、将来親方に建造を頼みたい」

「ふふ、勿論ですとも。こんな面白そうな船、ワシが是非やらせていただきます」

「そうか、良かった」


 これで一安心、といった表情で、


「じゃ、親方、仕事くれ」


 と、既に邪魔な上着を脱ぎ去り、動きやすいように(たすき)掛けをして如何にも準備万端な五郎。

 それを見て親方はニイ、と笑い、じいは呆れたように顔を押さえた。


「若様、久々だからと言って鈍っていたら承知しませんぞ?」

「はっ、親方こそ、もういい年だから引退が見えているんじゃないか?」

「ふふ、中々面白い冗談ですな。ワシは生涯現役でして」

「ははは……」

「ふふふ……」


 お互いに不気味に嗤い合いながら、五郎も道具を片手に造船作業に加わった。

 職人たちにアドバイスを送ったり、親方に拳骨を落とされたり、それを見たじいと親方が喧嘩になりかけたりと慌ただしく、夜は持ってきた酒と干物で宴会騒ぎとなり、五郎にとってまだ楽しく平和な時を過ごしていった。



 そして半年後の初夏、五郎はこの弁才船に乗り込み、目的の一つである近海捕鯨に出ることとなった。



帆船に使う材木の量は半端じゃありません。

例を上げますと、イギリスの1級戦列艦[ビクトリー]は、全長71m、重量2162t、104門の大砲を搭載した艦ですが、大半がオーク材で出来ています。

この船一隻に使われたオーク材は6000本以上と言われています。

森が消えてしまいますね。


次は時間が飛んで捕鯨の話。


誤字・脱字がありましたらご報告をお願いします。


2014/9/8 文章の修正を行いました。


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