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第3話 〝会合〟 [前編]

第3話です。楽しんでいただければ幸いです。

ちょっと長くなったので、2話に分けます。


 それから再び一週間後。


 久留里(くるり)城。

 現在の安房里見家の本拠地である。

 

 元々、上総武田氏によって築城され、その後は子孫である真里谷氏が支配していた。天文4(1535)年、真里谷氏の内紛に乗じて北進した里見義堯が屋根続きに南に500mほど下がった場所を城地と定め、新たに居城として再構築された。

 特徴として小高い屋根の上に立つ山城であり、垂直切岸なども有るため堅く、対北条氏の最前線であった。


 その城内の奥にある広間。

 家人たちは滅多に近づかず、また入り口には里見家に忠誠を誓った、屈強な侍が守っており、何人たりとも勝手に入ることは出来ない場所である。


 そこへ入室した五郎は呆然とした気分で、立ちすくんでいた。


「ふむ、どうした?早く座ると良い」

「は、ははっ!」


 やや上擦った声でそう答え、指し示された藁円座(わらえんざ)に恐る恐る腰を下ろした。


 案内された板敷きの広間は中央に一枚板の座卓と円座が置かれ、座卓を囲むように5名。


 そして、一番奥の上座にいる人物を見て、驚愕した。


 上座には、一人の壮年の男がいた。


 歴戦の武将らしく鍛えられた体躯に、時には先頭に立ち、水軍も率いるためか赤黒い潮焼けが刻まれていた。表情はどこか面白そうに笑っているものの、放たれる凄まじい重圧と、目からは五郎の内面を見るような鋭い眼光があった。


 安房里見家第5代当主、里見(さとみ)義堯(よしたか)

 五郎の父親であった。


「ふむ、どうやら人が変わったというが、本当にそのようだな。なあ義舜」

「は、誠にその通りでございます」


 (あ、兄上までいるのかっ!)


 里見義舜。

 19歳となる五郎の兄であり、後に改名し、里見家第6代当主となる里見義弘である。


 自身の身内がこの場所にいることに精神的な衝撃を受けた五郎は唖然としたが、すぐさま自分の疑念について尋ねた。


「まさか、此処にいる全員がそうなのですか?」

「いや、ワシは違うさ。今思えばワシの教育係が転生者だったらしいが、当時は変人扱いしていたな」


 (それは、確かに……)


 未来では当たり前の事でも、この時代では非常識な事は多い。それに未来から来ました、とか言われてもそれを証明するものが無ければ信用する人はまずいないだろう。


「その後、教育係は戦で亡くなって、義舜が生まれて育つと教育係と似た事を言いおるし、また家臣にも同様の奴がいるという。それで気紛れに聞いて実行してみればお主らが言う通りに物事が進んでいる。またお主らが始めた改革で国力が上がっているしの。だから信用することにしたのだ。息子の中身が変わったことに思うことはあるが、今は戦国。弱ければ死ぬだけよ」


 淡々と言う義堯に、五郎はうすら寒い物を感じた。戦国大名なだけあって息子に対しても計算高く、冷酷な一面があった。


 そんな五郎を見てか、カカッ、と義堯が笑うと部屋に充満していた重圧が少し和らいだ気がした。


「まあそこまで怖がる必要はない。しっかり役割を果たし、里見家を盛り上げてくれれば他に言うことは無い」

「は、畏まりました」


 その様子を見て、満足そうに頷く。


「そこでだ五郎。お前は未来では何をしていたのだ?」

「は、私は艦船設計、商船や軍船の設計をしておりました」

「ほう。船大工ということか?」

「その通りでございます。そしてお願いがございます」

「申してみよ」

「将来、私に戦艦を作らせていただきたい」


「「「「………はい?」」」」


 五郎がそう言うと、場の空気が固まった気がした。


「ふむ、まずその戦艦とやらは何だ?」


 義堯の当然の疑問に対し、五郎は答える。


「ざっくり言いますと、山のように大きい鋼の船体を持ち、大口径の大砲を持った軍船でございます。未来では「大和」という世界最大の軍船がありました。全長144間39寸(約263m)を超える鋼製の船体と390貫(約1460kg)の砲弾を撃ち出す大口径の主砲を9門、それよりも小さい大砲を複数持っていました。装甲は最も厚いところで13.5寸(約410mm)もあり、その主砲の直撃に耐えられ、帆では無く蒸気機関と言うものを積んでいます。これは36町を1里(約4km)としますと、半刻で12里は進めるという素晴らしい戦艦でした」


 そう熱弁すると、義堯は笑みを浮かべ、どこか子供のように目を輝かせた。


「ほう、それは凄い!その戦艦は此処でも建造できるのか?!」

「申し訳ありませんが、この「大和」は当時の最先端技術の塊であり、出来ても鉄製の形を真似ただけの艦になるでしょう」

「そうか、残念だが……。しかし鉄製の軍船か。あれば北条との戦も優位に進められるが……」

「私は木造帆船の設計も出来ます。任せて頂ければ10年後には鉄張りの軍船ができましょう。それだけでなく、今までの軍船よりも強固で速い船を作ることが出来ます。これらの船は戦だけでなく、全てにおいて役立ちましょう」


「ふん。その言葉に嘘は無いな」


 義堯の顔から笑みは無く、目を細め、先程よりも凄まじい重圧が放たれるが、五郎はそれに屈することはなく、見据えて、


「ありません」


 断言した。


 暫くの間、沈黙が続き、その重苦しい雰囲気に他の出席者たちは冷や汗を流す。


 そして、


「カカッ、そうか、無いか!カッ、カカカカッ!!」


 急に部屋の中にあった威圧感が無くなり、義堯は破顔し、高く笑い声を響かせた。

 一頻(ひとしき)り笑い終えた後―――。


「カカッ、良く言うた!今日は実に良い日だ。これも加勢観世音菩薩かせいかんぜおんぼさつのお導きに違いない」


 くつくつと笑いながら上機嫌な義堯。


 里見水軍は怨敵、北条の水軍よりも数は少ないものの、東国では精強と名高かった。

 五郎の言う通り、今までよりも速い船があれば交易がし易くなり、鉄張りの軍船が作られれば戦でも外交でも優位に立てる。

 それに、こやつ等が進めているアレ(、、)が実用化されれば敵無しとなる。


 (北条には散々煮え湯を飲まされているが、これならば行けるかもしれんな……)


「さて、五郎。お前もこやつ等と話がしたいだろう。親睦を深めておくといい」

「は、有難うございます」


 そういって、義堯は席を立つ。

 最後に義堯は振り返り、実に上機嫌な声で五郎に言う。


「五郎、気張れよ。お前がどうであれ、里見家の一員だ。お前の貢献を期待しているよ」

「は、誠心誠意、貢献させていただきます」


 深く平伏し、しっかりした声で答える五郎を見て、義堯は再び大きく笑いながら退出していった。


   *


「……疲れた」


 平伏したまま、ふにゃりと崩れた五郎。

 軍艦に対する愛(?)でどうにかなったものの、流石に平成の、平和な時代に長く浸かっていた人間には、殺気混じりの重圧には耐えがたかったのだ。


「若様、行儀が悪いですぞ」

「はは、初めてで父上の重圧に耐えたんだ。少しぐらい、大目に見てやれ」


 (たしな)める声に、あっ、と周りに人がいることを思い出し、赤面しつつも慌てて居住まいを正す。


「はは、まあ殿の言う通りに親睦を深めるために、自己紹介でもしましょう」


 明るい声で五郎に身体を向け、軽く会釈したのは小柄で、温和な顔をした20代半ばほどの男だった。


安西(あんざい)実元(さねもと)と申します。現在は義舜様の家臣をしております。元々、私は金属加工の仕事をしていましたので、その記憶を基に道具や機械を作っています」

「ということは、唐箕やリヤカーを作ったのは……」

「ええ、そうです。材料は此方の時忠さんに用意していただきました」


 時忠と呼ばれた男は身体つきが細く、滑らかな浅黒い肌が特徴の文官風の優男だった。


正木(まさき)時忠(ときただ)といいます。元商社マンで今は勝浦城主で主に貿易を担当しております」

「そして俺たちの中だと一番好き勝手に動いている奴でもある」

「確かに好き勝手やっていますが、ちゃんと利益を出していますよ?」


 商人の保護や職人の誘致、交易などは全て時忠が始めたことだという。

 兄の〝槍大膳(やりたいぜん)正木時茂(まさきときしげ)と共に戦場で活躍しており、義堯の重臣でもある。


「御存じの通り、岡本安泰です。元海上自衛官で現在は岡本城で水軍の訓練をしております」

「最後に、俺が里見義舜だ。元日本陸軍兵士で今は佐貫城主で、父上の手伝いをしている」

「陸軍?と言うと」

「そうだ。未来と言ってもややバラつきがあるらしい。俺はフィリピンで米兵の攻撃を受けて、死んだと思ったら此処に来ていた」


 今のところ転生には規則性は無く、義堯の教育係であった人物も発言内容からどうやら幕末ごろの人物ではないかと言う。


「しかし、他国に転生者はいないのですか?」


 特に敵対する北条家に居たら最悪である。

 それでなくとも、例えば今川家にいて織田信長が戦死することとなれば大幅に歴史は狂う。

 史実と言うアドバンテージを生かすためにも、それだけは避けたかった。


「それなんですが、商人たちに張り紙をしてもらったところ、今のところ諸国から反応はありませんね」


 日本語では他国の武将にもバレるということでこの時代ではまだ珍しい、英語で[Please come to Satomi to Awa country if reincarnation's(tenseisya)]と書いた張り紙を各地を回る商人たちに張り付けてらっているそうだ。


 ちなみに直訳すると「転生者は安房国の里見氏へ来てください」である。

 念のため、(tenseisya)と書いてあるのが何処かもの悲しい。


「大丈夫なのですか、ソレ……」

「まあ金は掛かりますが、やらないよりマシでしょう。他に良い方法が浮かびませんし」


 当然ながら電話もネットも何もない時代である。情報の伝達は遅いが、他国に行かれるよりマシ、そう考えて続けている。


「そう言えば、里見氏については知っているか?」

「いや全く。戦国時代自体、あまり知らないですし、里見家自体がマイナーです」


 まあそうだろうな、と言って義舜は史実を告げた。


「五郎は後の里見(さとみ)義頼(よしより)だよ。里見家第7代当主になる人物だ」


 ……マジで?


「滅茶苦茶嫌そうな顔だな」

「いや、当主とか面倒くさそ、いや失礼」


 正直、里見家当主になれば、他の事に時間を取られてしまう。

 そうなったら書き上がった軍艦の設計を眺める時間が無くなるじゃないか!もったいない!!


 ニタリ、と暗い笑みを浮かべ、どす黒いオーラを吹き出す五郎。

 それにビビりながらも(他の連中はそっぽを向いたため)代表で義舜は宥める。


「ま、まあ、暫くは大丈夫だろう。父上も健康に気を付けているし、次は俺が当主になる予定だしな」


 そう言うと、直ぐに収まった。


 (……扱いが難しいな。まあ暫くは本人の好きにさせればいいか)


 先程の義堯(ちちうえ)に「戦艦を作りたい」と言ったことといい、五郎(おとうと)は中々ぶっ飛んだ性格らしい。


「まあ現状だと、北条との戦やら、金稼ぎやらやる事が多い。五郎、お前の力も借りたい。協力してくれないか?」

「……わかりました。私にも協力させてください」


 (まあ行くアテもないし、ここは戦艦を作るためにも、協力するべきだろう)


 五郎は(中身はともかく)関東大名の子息であり、後継ぎ候補でもある。そんなのが他国へ行っても人質扱いされるか、処刑が待っているだけである。

 それに、協力すればそれだけ高性能の艦を作れる、打算的な思いが強かった。


「では、ようこそ戦国時代へ。我々は仲間を歓迎します」

「ハハ、死なない程度に頑張ります」


 やや芝居がかった口調で言う義舜に五郎は答える。


「ところで、現在の目標というのはありますか?」

「ま、一先ずは国内の発展が優先だ。10年以上前から改革を行っているお蔭で職人や物の確保は出来ている。当然だが軍備優先になる」

「というと鉄砲ですか」

「それと大砲だな。まあ物やら補給体制が整っていない現状では城での防衛戦でしか使えないだろうが、多少戦力差があっても勝てる。兵器に関しては先生が詳しいな」

「先生?」

「ああ、実元の事だよ。色々と詳しいから先生と呼んでいる」


 ちらり、と他の出席者たちを見る。良い笑顔でサムズアップしていた。

 安直すぎないか?


「私は一時期、銃鍛冶師(ガン・スミス)に憧れていまして。その時に蓄えた知識は現代では無用でしたが、今じゃそれが役立っていますよ」

「俺も実家が農家だったからな。それにフィリピンでの経験が役立っているのだから人生分らないものだな」

「全くですね」


 しみじみとそう言っていたが、「とりあえず話を戻しましょう」という一言でみな居住まいを正した。


「では、自己紹介も終わったし、本題に入ろうか」


 そう義舜が宣言し、五郎を交えての〝会合〟が始まった。



簡単な用語説明。


藁円座 藁で編んだ円形の座布団。


加勢観世音菩薩 

元は里見家が戦勝祈願していた正源寺の観世音菩薩であり、里見義堯が久留里城主の頃、北条方に攻められる前に枕元に現れて、戦い方を伝授し後に「加勢いたす」と言い残した。この話を信じて観音像を背に負い、戦ったら敵の矢は味方に全くあたらず、みごと少数勢で北条方の大軍を追い返したという。これに感動した義堯は「加勢観世音菩薩」と名付け、祀ったという。


里見義舜

実は史料が無く、読み方が分らない名前です。「よしきよ」「よしとし」など。


戦艦大和

超有名な超弩級戦艦。現在は海底で宇宙戦艦として波動砲を撃つ日を待っている。


2014/9/2 指摘された誤字の修正を行いました。

2014/9/20 文章の修正、及びタイトルの変更を行いました。


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