番外2話 義舜の解説
番外編です。
今回は地図と、ちょっとした小話となります。
佐貫城主、里見義舜だ。
さて、以下のことについて解説を頼まれたのでやってみるが、ま、軽く簡単にな。
・この時代の房総半島について
戦国時代の房総半島は少々変わっていてな。
以下の図を見れば分かると思うが、常陸国と下総国の間にある霞ヶ浦・北浦・浪逆浦を合わせて「香取海」と呼ばれる内海があった。
とまあ、図にするとこんな感じだ。
流石に全部は書ききれないが、簡単に城の位置や、山、河川も書いておいた。先日、義頼が風魔に与えた「峯岡牧」もあるな。安西氏の勝山城と時忠の勝浦城の間になる。
さて、このこの時期の房総半島の特徴を言うと、「鉱物資源が無い」、「水が少ない」が挙げられる。
前に「鉱物資源が無い」と説明したかも知れないが、もう一度解説しよう。
この房総半島では鉱山が無く、日本中で取れる石英すら無い。自給できるのは石灰岩、砂鉄のみだな。
かつて蛇紋岩からクロムを抽出していたが、この時代で、どうやってするのかが分からない。現状では使い道が無いな。
次に「水が少ない」だが、これはどういうことか。
これを見てもらいたい。史実でのことだが、慶長3(1598)年の石高の一覧だ。
安房国 45,000石
上総国 380,000石
下総国 390,000石
とまあこんな感じだ。
面積で言えば下総国の方が広いのだが、石高はさほど変わらない。
これは香取海が原因でな。
香取海の水は海水または汽水であり、飲料水・農業用水には向かないんだ。
そして稲というのは塩害に弱く、少しでも塩が田園に入るとしおれてしまう。
そして、香取海の流域地帯は「水郷」と呼ばれ、低湿地帯になっているんだ。そのため、たびたび香取海の一帯では水害の起きれば田畑は塩害で全滅してしまい、石高が安定しない。
下手すれば、上総国よりも石高は低いかもしれない。
まあ上総国も太平洋側、特に九十九里浜一帯は河川も海水混じりでな。そのため雨水頼りの農業が基本となっている。
要するに、下総国・上総国は洪水または日照りが続けば直ぐに不作となる地域だ。
(ちなみに、近年になるまで千葉県、特に利根川流域では塩害による被害は多発しており、これは利根川河口堰(1971年に竣工)が出来るまで続いた。
作者の知り合いの体験談ではあるが、香取では河口堰が出来るまで水道水はしょっぱかったそうだ。また井戸水も塩気があるものが多い)
逆に、安房国は井戸水が多数点在しており、特に久留里は名水が湧き出るとして有名だ。水にはさほど困っていないが、平地が全く無いため農業がしづらい、という欠点がある。
発展させるには難しい土地だが、利点も有る。
房総半島は三方が海に囲まれており、豊富な海洋資源が獲れることだ。
古くから交易・漁業が盛んな土地であるために、東国であっても京の情報が手に入りやすく、波の荒い太平洋でも漁をするため高い航海術を持っている。
これが後に水軍となり、活躍していくことになった。
・安房里見氏は何故、北条氏に対抗できているのか?
北条は里見と比べて、国力は優に数倍の差がある隣国だな。まあ普通に戦ったら勝ち目は無い。
何故対抗できているか、というと大きく二つの理由がある。
「兵站」と「地形」。この二つだ。
まずは一つ目の「兵站」から話すか。
この時代、戦となると現地調達が基本だ。行く先々で村から、また攻め落とした城の物資を徴発していくのが普通だな。
何故か?物資輸送の方法が限られているからだ。
里見家の場合、物資の輸送手段は陸路だと人、馬、運搬車。海路だと船だな。
人だと30kg前後、馬ならば100kg前後、運搬車なら200kg前後は運ぶことが出来る。1,000石積みの弁才船だと150tといった所か。
船はまた後で解説するが、この人や馬が背負って運ぶ、これが効率がよろしくない。馬も人も、運送途中で疲労するし、また適時に食事や水が必要になる。その分の物資が必要となる。そうすると、また余計に荷物を運ばなければならず、その為にまた人や馬を用意する……、とまあ、堂々巡りになるわけだ。
この補給体制を整える、ということは近代に入っても並大抵のことではなく、「万全な」とつければ何処ぞの物量万歳国家ぐらいしか出来ないだろう。それほどまでに莫大な戦費と労力が掛かってしまうのだ。
兵にとっては悲惨なことだが、前線に補給が行き渡らず、物資が無いというのは何処の国もそう珍しいことでは無かったんだ。
まあ話を戻そう。
その点、現地調達は非常に楽だ。
数日分の食料を持たせてやれば身軽に動け、余計な人も馬もいらない。先も言ったように、行く先々で物資を買い取る、強奪すれば良い。非常に楽だ。この時に乱取り、“兵の慰安”や“小金稼ぎ”――つまり、人身売買――を行うこともある。兵の士気が上がる、という理由でな。
この時代の侵略時における「乱取り」は「暗黙の了解」、まあ「褒美」だったわけだ。
俺は嫌いだがな。
しかし幸運なことに、我々が戦っているのは「北条」である。
北条は「民衆のための統治」を掲げている。そのため、村々から無理に食料を買い漁らない上に適正価格で買い取る、という敵ながら素晴らしい軍勢だ。そして北条では占領地には「乱取り禁止」の高札を掲げている。これは現代でも残っているそうだ。
仮に、民衆に乱暴を行えば評判は直ぐに下がってしまい、その後の統治が難しくなるからな。
で、現地調達が出来ない、少ないとなると大量の小荷駄を編成し、物資を輸送することになる。膨大な資金が飛んで行くことになる。
これで軍勢の行軍速度が落ちる。
更に、この時代は兵農分離が進んでいないため、戦をするのは夏か冬の時期となる。つまり、その間だけを乗りきれば戦は終わるのだ。
これで戦の期間が短くなる。
その間、我々は領土を取られないように粘れば良い。具体的にはどうするか?
ここで二つ目の理由、「地形」が大きな要因となる。
この時期の房総半島は、非常に面倒な地形をしている。
先程、説明したようにこの房総半島では下総国は湿地帯が、上総国・安房国は山岳地帯が大半を占めるため、大兵力が展開できない地形となっている。そして何処も河川が多く、通れる道はそう多くないんだ。特に上総国・安房国の河川の間は大半が房総丘陵、安房丘陵からなる丘陵地帯だ。標高自体は高くない(愛宕山(標高408m)が最大)が、急斜面になっている。
え?精神力があれば上れる?2、300mくらい簡単だって?
いや、無理だからな。考えてみて欲しい。
くっそ重たい装備を付け、敵地という知らない土地を数日分の食料と共に足元が不安定な場所を歩き続けるんだ。兵は精神的にも、肉体的にも追い詰められていく。
そのときに、
―――ここは30m程度の崖である。だから上れるよな?
と、言われてみろ。
よほど精強な人でなければ、まず無理だ。それに、その後ろには物資を運ぶ小荷駄がいるんだ。どうやってこの先進めていくのか、ということになるんだ。
だから橋を渡り、山岳を縫う様に造られた小道を通るしかない。
その際に予め橋を落としておく、崖崩れを起こして山道を塞いでしまう。進軍するには他の場所を探すか、再整備するかになる。
どちらにせよ、貴重な時間が減ってしまうな。
それでも少しづつ進軍してくる。そしてどんどん山の中へ入ってくる。里見の城は山城だからな。険しい山道を通らなければならない。
ということは、だ。崖沿いの細い山道を長い行列を作って歩かなければならなくなる。
そこを待ち伏せしてやればいい。丸太でも岩でも崖上から落としてやれば、細く伸びた軍勢は分断されてしまう。あとは強襲して各個撃破すれば少数の兵でも戦えてしまうんだ。
そのため、現在の里見の戦術は山岳地帯での「奇襲」、「ゲリラ戦」となっている。
逆に北条は平原地帯での騎馬を生かした「機動戦」、「野戦」を得意としている。
つまり、山岳なら里見が、平野なら北条が強い、という具合でお互いに相性が悪いんだよ。
これからは平野での野戦が中心になってくる。そのため銃兵や砲兵の配備も進めているが、騎馬の機動力は侮れないからな。義堯が風魔に軍馬育成を任せたのも、これから平野での戦でも十分に戦えるようになるためだろう。
つまり、北条は本腰をいれて兵力を向けない限り房総半島を支配できない、ということだな。本腰を入れようとすれば周りの国が攻める可能性があるため、現状では国人衆をけしかけて小競り合いを起こさせる程度しか出来ないわけだ。
……ん、さっきの兵站について?ああ、船について言っていなかったな。
確かに、水上運送は陸と比べて輸送費も安く、大量の物資を運べるから効率は良い。ならば兵と物資をわんさか乗せて房総半島に強襲すれば良い、と思うかもしれない。
実際、今まで何度もやってきている。そして史実だと成功している。
史実だと「房総の逆乱」とも言われる、内房正木氏・吉原玄藩助が起こした内乱だ。
内乱の起きた天文21(1552)年の暮れに、北条氏康は水軍を持って久留里の下流にあたる小櫃を占領し、翌22年4月には玉縄城の水軍を率いた北条綱成が保田妙本寺に侵攻しているからな。
これが成功したのは、手引きした内房正木氏がいたためだな。そのため内房の制海権を確保していた、とは言えなかった。
しかし、此処ではどうか?
内房正木氏は寝返った傍流以外、房総半島から居なくなってもらった。
調略するにも、諜報させる風魔はいなくなった。北条には手段がなくなってしまったのだ。
となると、正攻法しかない。
水軍を動員し、艦隊決戦を敢行。敵戦力を撃滅し、制海権を確保しなければならない。
これはまた難しい。
史実では北条は紀州の梶原氏を招き、また山本氏が上方の技術を導入・建造した船を持って里見を圧倒した。これにより、天正2(1574)年に山本水軍が里見水軍を破り江戸湾の制海権を握ったことにより、里見は北条に従属することとなった。
しかし、里見も近年では義頼の設計した艦、安泰の航海技術、実元の兵器を運用しているため、北条が圧倒できるとは考えにくい。
他国の水軍も警戒しなければならないため、他の地の水軍を移動させることは出来ない。里見の兵器に対抗する武器もいる。
では、新たに性能の高い建造・運用して総数を増やそう。これなら水軍を移動させなくても良い。
では、里見に対抗して兵器を軍船に載せよう。これなら里見の兵器に対抗出来る。
確かにその通りだが、どれも時間と金がかかるな。そして、どれも無限に有るものではない。北条には相当な負担がかかってしまう。
そして我々には貴重な時間が出来るわけだ。
この間に軍勢を整える、新兵器を開発する、交易路を開拓するなどの準備が出来る。
当面はまあ、平和というわけだ。我々は戦の準備のために忙しいがな。
簡単だが、俺の説明は以上だ。参考になればよろしい。
誤字・脱字がありましたら連絡をお願いします。
※2015/3/1 大幅な改訂しました。




