第2話 他の転生者
第2話です。
楽しんでいただければ幸いです。
五郎に憑依して1週間。あっという間だった。
そして、思うことがある。
「絶対、転生者が他にもいるだろう……」
岡本城は里見水軍の拠点であり、五郎のいる部屋からも軍船が良く見えた。
そこにあったのは、木綿製のガフセイルとジブを持った一本マストの小型帆船と二本マストのスクーナー。前者はマストの位置が艦首寄りにあるから帆走スループだろう。
そして、恐らくだが関船を改装したスクーナー船。
初めて出たのは16世紀から17世紀にかけてのオランダであるが、日本にはまだ来ていない筈の艤装である。
どういうことだ、これは?
五郎の呟きに答えてくれる人は、此処にはいなかった。
*
「どうもおかしいな……」
五郎はそう呟きながら、机の前で考え込む。
頭を打って一時昏睡状態だったためか、城の外どころか部屋からもなかなか出してくれないのだ。
(もっとも、五郎が「戦艦が造りたい」やら「技術が足りない」とか色々とブツブツ言っていたため、「頭打った影響が未だあるのではないか」と家人たちが心配しているが原因である。当然本人は分かっていない)
それはともかく。
「やっぱり転生者がいるな。この発展速度はおかしい」
先日見たスループやスクーナーなど、明らかにおかしい物が多い。
教育係のじいに聞くところ、ここ20年の間での安房国での発展は目覚ましいという。
別に発展していくのは構わない。それだけ戦艦が造りやすくなる。
ただ動きが派手すぎるのだ。
聞いた内容を簡単に纏めると、次のようになる。
・農家を継げない次男、三男に「新たに開墾した土地は三年間税を取らない」とし、食料を大幅増産。農具の改良、腐葉土や堆肥の使用、圃場整備、稗、粟、小麦、蕎麦などの雑穀を育てて飢餓対策とする。
・鹿の肥育(野生の鹿を捕らえて、牧場で育てること)。鹿革だけでなく、肉は美味く、また角、蹄肉、脂、内臓、血などは漢方薬となり、捨てる場所が無い動物である。そのため新たな重要産業になりつつある。
・木綿の生産。農民たちに栽培、製造をさせている。品質はまだ高くないらしいが、丈夫な為、帆布や服として徐々に広まりつつある。
・職人の誘致。特に鍛冶師、鋳造師を多く集めている。主要拠点の城下町に鍛冶町を建設し、そこで農具や武具を製造している。
・新たな農具の開発。はねくり備中、円匙、十字鍬、牛鍬、千歯扱ぎなどの鉄製農具から、唐箕、運搬車(話からするとリヤカーのようだ)などを使用している。特に真似されやすい物は同盟国に高く売りつけたようだ。
・徳政令の禁止。商人の税を低くし、積極的な商人保護策を開始。また勝浦湾を東北との貿易拠点として整備した。同盟関係にある佐竹氏を中心に鉄、銅などの金属から干し鮑、鱶鰭、干し海鼠など俵物を購入し、此方は米や雑穀、木綿、鹿革などを売る。俵物は堺まで持って行き高値で売りつけ、鉄を中心に買い集める。
・軍船の改良。これは予想が当たり、一部の関船や小早に縦帆を張り、偵察や領海警備に使用。従来の船よりも速く、風上にも切り上がれるため、評判は上々。
紙に纏めてみると、こんな感じである。
「しかし、良くやるなぁ……」
考えてみれば、里見家内の上位に転生者はいるだろう。
鹿の肥育や農具の開発はともかく、商人の保護となると大名である里見義堯の許可がいる。
となると、義堯に近しい重臣か、本人が怪しくなる。
複数人いる可能性もあるが―――。
「……そう言えば、家族と会ったことが無いな」
ふと、そんな事を思い出す。
五郎が目を覚ましてから一ヶ月。その間、一部の家人のみで、父である義堯にも、兄にも会ったことが無い。「五郎」の記憶を辿ってみると、母は既に亡くなっており、父も兄もあまり顔を合わせたことが無いようだ。
嫌われているのか、と思ったが、単純に戦と政務で忙しいだけのようだ。
元々、五郎も久留里城にいたが、たまたま岡本城に来た際に地震に遭い、頭打って昏倒したため、そのままいるだけのようだ。
「……まあ何時か会うだろう。その時に色々と聞けばいいか」
このままいけば近いうちに久留里城に戻るだろうし、と結論を出して机に筆を置くと部屋の外からバタバタと音がする。
「若、今よろしいですかな」
そう言ってやってきたのは教育係りのじいだった。
じいといっても、45歳のまだまだ現役バリバリのマッチョなオッサンである。
ごつい見た目とは裏腹に戦下手で、文官として優秀だと言うのだから不思議である。
「どうした、じい。今日は自習じゃなかったのか」
「は、実は城主の岡本通輔様がお目見えでして……」
「ん、そうか。直ぐ通してくれ。じいは何か飲み物を」
「ははっ」
暫くして。
「若様、お久しぶりにございます。岡本通輔であります」
見事な挨拶をしてきたのは、小柄ながらがっしりとした体格を持ち、水軍の長だけあって赤黒く潮焼けした、塩っ気のある武人だった。
座敷には通輔と五郎しかおらず、じいも白湯を置いて退出していた。
「私は里見義堯の五男、五郎と申します。通輔殿には手厚い治療をして頂き、感謝の念に堪えませぬ」
そういって深く頭を下げ、挨拶を返す五郎に通輔は内心驚いていた。
家人から「若様は変わられた」と聞いていたが、あのボゥとした少年が大人と変わりない、しかりと挨拶するようになるとは……。
「お気にならさず。私どもは当然のことをしたまでで、寧ろ若様に怪我をさせた我々が責められる立場でございます」
「通輔殿、頭を打ったのは地震の所為であり、また私めの不注意にございます。頭の怪我も大事にはならず、既に快癒しております。気にする必要はありません」
(なんと、自らの責任だと言うのか。これは本当に……)
一度は昏睡状態となり、死ぬかも知れなかったというのに己の責任だと言って誰も責めはしないという。これは中々言えることではない。
五郎はただ単に、記憶だと頭打ったのは勝手に外へ出歩いたためであり、ただ心配をかけたのが申し訳ないと感じていたためだった。
また中身は変わっているのだが、そんな事は言える筈もない。
そんな事は知らず、通輔は軽く息を吐き、呟いた。
「……本当に変わられましたな」
「そうですか?私には解りませんが……。変わったというならば、夢のせいでしょう」
「夢、ですか」
「ええ。私が違う場所で大人になり、煙を吐く鉄製の船を設計、建造するというものでしたが」
「ほほう、確かに変わった夢ですな……」
「何とも不思議な夢でしたよ」
未来での事実を交えた話は通輔には新鮮に感じられたのか、よく食い付いてきた。
その後もたわいのない話をしているうちに、五郎は何気なく呟く。
「船と言えば以前、変わった帆を張った船を見ましたが、あれは?」
「実は、私の息子である安泰が考えたものでして。縦帆と言いまして、風上にも走れますので重宝しております」
「へえ、風上に走れるとは素晴らしいですな」
「ええ。現在は一部の小早と関船に取り付けただけですが、将来的には南蛮式の船を作ると張り切っております」
(成程ね。安泰殿が怪しい、か……)
誰が縦帆船を考え付いたのか、これこそが五郎の知りたい事だった。
しかも南蛮式の船を作るとなると、唯の思い付きではなさそうだ。
偶然、と言うこともあるが、これは直接聞いてみた方が早いだろう。
その後も話を続けようとしたが、近習がやってきて通輔に取り次いだ。どうやら仕舞の時間らしい。
「申し訳ありませぬが、私はこれから仕事へと戻らなければなりませぬ」
「いえ、此方こそ長々と引き留めてしまい、申し訳ありません」
「ハハハ、私も久々に楽しい会話ができたのでお気になさらず」
そういって立ち上がり、退出しようとする通輔に「一つ、お願いがございます」と五郎は引き留める。
「ふむ、何でしょうかな?」
「御子息の安泰殿が縦帆を考案したと聞きましたので、水軍の事を含めて聞きたいと思います。本来ならば私から言うべきでしょうが、どうにも、私はまた怪我するではないのかと心配されているようで……」
「ハハハ、分りました。では安泰を今すぐ若様の所へ来るようにします」
「有難うございます」
そう言って、少し名残惜しそうに通輔は退出していった。
その後、入れ替わりに入ってきたのは二十代前半の、岡本通輔をそのまま若返らせたような男だった。
「岡本安泰と申します」
「五郎です」
さて、と五郎は居住まいを正し、安泰を見据える。
「安泰殿、単刀直入に聞きたい。貴方は転生者ですかな?」
安泰は驚いたように目を開き、やがて納得したのかゆっくりと話し出した。
「……そうです。やはり、若様も?」
「別人の記憶がある、と言えばそうです。以前の名前は思い出せませんがね」
「私もです。他の人も同じことを言っていました」
「他の……?つまり複数の転生者がいるのですか?」
「その通りです。と言っても、確認できているのが若様含めて5人程でして。若様はやはり目が覚めたら?」
「ええ。目を覚ましたらこの身体に移っていて、ちと混乱しましたが」
「私も10年ほど前に合戦の途中でこの身体に移りまして、良く分かりますよ」
「それは……何と言うか」
運が悪すぎる。
「はは、まあ何とかなりましたし……。ところで、若様は以前どんな仕事を?」
「前世と言いましょうか、私はある造船会社の艦船設計をしていました。タンカーやコンテナ船の基本設計から雑用まで何でもしていましたが」
安泰の質問にやや苦笑いしながら答える。あの一件以来、雑用扱いで設計も殆どやらせてくれなかったのだ。
「ほう!そうですか。私も船に関わっていたのですよ」
「と言うと?」
「元は海上自衛隊に所属していまして。まあ既に定年退職して余生を過ごしているところで此方に呼ばれたのですが」
「ははあ、ではあの縦帆船もその時の知識ですか?」
見様見真似ですよ、と恥ずかしそうに言う。
「此方の世界も悪くないですよ。素直な人が多いですし、あちらでは独身でしたが、この世界では若く美人な娘とも結婚できましたし。家族を守ると思えばやる気も出ます」
「確かに……」
戦国時代はその名の通り、自分たちが覇権を取るために戦った時代である。
弱肉強食であり、負ければ国は焼かれ、一族は皆殺しにされ、全てを失ってしまう。
「そうならないためにも、頑張らなければ行きませんが……」
「若様、そろそろ夕餉の時間です」とじいが声をかけてくる。
窓から外を見れば既に日は傾き、辺りを赤く照らしていた。
「分かった。じい、少し待ってくれ」
じいがいるため、安泰は小声で話しかける。
「最後に、実は1週間後に久留里城で〝会合〟があります。そこで転生者たちが集まりますので、若様も参加していただきたい」
「……大丈夫なのですか?参加しても」
「転生者がいたら〝会合〟に連れて行くのが決まっていますので問題はありません。他の人たちには実際に会ってみた方が早いでしょう」
では話の続きはまた今度、と言い、安泰は退出していった。
(まさか、転生者が他にいるとはな……)
五郎はこれならば思ったよりも早く戦艦が建造できるかもしれない、と内心喜んでいた。
しかしながら彼は後日、その転生者たちに驚かされることになるが、この時はまだ知らなかった。
作中にも出てきた鹿の肥育は実際に北海道などで試験的に行われております。
当時から農業被害は大きな問題だったため、これを解消するために登場をさせてみました。