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第18話 技術流出

お久しぶりでございます。約2ヶ月ぶりの投稿となります。

楽しんでもらえれば幸いです。

 

 相模国、小田原。


 この日、北条氏康は近習と職人衆の頭である須藤盛永(すどうもりなが)を引き連れて、小田原城にある練兵所に向かっていた。

 先日、里見に潜入していた風魔小太郎とその配下達が帰還し、その報告を行うためであった。


「御屋形様。ひとつ、よろしいですか?」

 道中、須藤が「今回、我々をお呼びした理由とは?」と訊ねた。

 歩く速さはそのままに氏康が答えた。


「ふむ。此度のことは風魔からの指名じゃ」

「風魔、でございますか」


 そう聞き返す須藤の表情は隠し切れない嫌悪感が滲み出ていた。元々、須藤も他の武将らと同じく風魔を嫌っていたが、近年では里見から調べ、盗み出したものには不備が多く、職人衆と風魔とで衝突がたびたび起きていた。そのことを氏康も知っているため、そのまま話を進めていく。


「そうじゃ。里見より強奪した兵器、先の戦でも使用されたものじゃ。それらをお主に確かめてもらいたい」

「どの程度使えて、我らでも製造できるか、ですな」

「その通り。失敗も多いが、里見の技術は驚異的じゃ。そして先の戦での損害が何よりの証拠じゃ。必ず北条の役に立つだろう」


 練兵所には、既に風魔小太郎と、その配下の忍が2人待機していた。

 風魔は氏康たちに気づくとすぐさま膝をつき、(こうべ)を垂れる。


「御屋形様、ご足労頂き有難うございまする」

「よい」


 風魔小太郎の挨拶を一言で終わらせ、氏康は用意されていた床几にどっかりと座り込む。


「さて風魔よ、見せたいものがあるようだな」氏康が訊ねる。

「はッ、此方です……」風魔小太郎は頭を垂れたまま目配せして、控えていた忍から包みを受け取る。

「里見より強奪した兵器でございます」


 氏康の前に差し出したのは、里見家から強奪した[十九年式小銃]と[実包]、[手榴弾]の3つであった。


「これは?」

「里見で使用されている鉄砲と早合、そして里見が手榴弾と呼ぶ、焙烙玉でございます。どれも先の戦で使用されております」

「ほう……」


 氏康はひとまず、差し出されたものから一番分かり易い鉄砲を手に取り、その重さや形を確かめていく。


「ふうむ、重いうえにやや見慣れない形だが、中々良さそうな鉄砲じゃな……。ふむ、これは?」


 銃口を覗きこんだ氏康は、怪訝な表情を浮かべた。普通の鉄砲では見ない、銃身内には螺旋状に施された溝、腔線(こうせん)(ライフリング)があったからだ。


「風魔よ、これは何だ?」

「御屋形様、まずは実際にこれら兵器の性能を見ていただこうかと思います」


 言うや、小太郎は控えていた配下に目配せをし、準備に取り掛からせた。地面に的に使う木製の置き楯を並べ、もう一人は手榴弾を手に持つ。


「まずは、この手榴弾から参ります」


 配下の忍が導火線を着火、そのまま勢いよく用意した的へ投げつける。ほぼ楯に直撃したと同時に爆発を起こした。置き楯は爆発の衝撃で吹き飛ぶか、中に仕込まれていた鉛玉、鉄片が突き刺さっていた。


「このように、手榴弾は中に火薬だけでなく、鉛玉や鉄片が入っております。爆発した際に兵を殺傷することになります」

「ううむ、なんとも威力が高いの」


 ズタズタになった楯を見やった氏康は平静を装っていたが、内心驚いていた。思っていたよりも威力が高い。かつての元寇で使用されるような、音と衝撃だけの虚仮落とし用ではなく、実用性がある兵器であったからだ。


「こちらは数は少ないですが、現物が残っております。須藤様たち職人衆にも協力していただきたい」

「あ、ああ。分かっておる」


 我に返った須藤はぞんざいに返事をする。須藤にも衝撃的だったのだ。


「次に、鉄砲と参ります」


 そう言って、小太郎は別に用意した鉄砲を持ち、配下に50間(約90m)ほど離れた先に当世具足を置かせる。そして、


「ここから、あの鎧を撃ち抜きます」

「馬鹿な、鉄砲の有効射程は越えている。(あた)りはしても撃ち抜ける筈がない!」


 須藤が絶叫する。的に置かれた鎧は、須藤たち職人衆が武将用にと製造した鍛鉄製の鎧であったからだ。近距離ならともかく通常の火縄銃の有効射程の倍はある距離で、中てるのも難しい。この距離で鎧を撃ち抜けるはずがないのだ。

 だが、小太郎は平然としていた。


「いえ、可能です」


 小太郎は断言すると、すぐさま射撃準備にかかった。

 まず同じく里見で使用される、紙製の実包を手に取る。これは油脂を塗った紙で弾丸と火薬を包んでおり、先端からは椎実型の弾丸が先だけ露出している。火薬の詰まっている下の部分から紙を噛み千切り、銃口内に流し込んでいく。

 そして、銃身下に備え付けてあるさく杖で弾丸と火薬をよく突き固めていく。さく杖を元に戻し、鉄砲を水平に保つ。引き金の上方側面にある火皿に点火薬を盛りつけ、火バサミに火縄を取り付けて、ようやく射撃準備が整う。


 ゆっくりと銃床を頬に当て、的に狙いを定め、火蓋を開ける。

 かちり、と引き金を引く。直後、バン、と重い音と共に甲高い金属音が響いた。鎧に命中したのだ。


「なんと……、この目で見ても信じられぬ。鉄砲がこの間合いで的に当たるなど……」

「ふ、風魔よ、すぐにあの鎧を持ってくるのだッ!」


 言われたとおり、鎧を須藤の前へ持ってくる。装飾された鎧には前から後ろへ、貫通した穴があった。


「そんな、馬鹿な。貫通している……」


 唖然とした表情で、須藤が呟く。普通の火縄銃の有効射程を越えて、しかも鍛鉄製の、当世具足を貫通するなど悪夢であった。いや、元から穴を開けてあったに違いない。そうだ、風魔め。汚い手を使う!

 そんな雰囲気を察した小太郎が、新しく鉄砲を用意させる。


「須藤様、どうぞお試しください」


 須藤は風魔から乱暴に鉄砲を受け取ると、先程と同じ手順で実包を噛み千切り、やや梃子摺りながらも射撃準備を整えていく。

 やや震える手を押さえつけるように大きく深呼吸し、引き金を引く。

 先程と同じく甲高い命中音が響いた。

 銃を構えたまま、須藤は思わず呆然としてしまった。鎧を見る間でもない。間違いない、鎧を貫通した音だった。


「どうしたのじゃ、須藤。里見の鉄砲はどうなのだ?」

「―――御屋形様、これは素晴らしい、いえ、恐ろしい物です」


 急に様子のおかしくなった須藤に氏康が呼びかると、震える声で須藤が答えた。須藤の表情は血の気が引き、真っ青になっていた。


「まず、引き金を引けばすぐさま点火します。これだけでも狙った場所に即座に撃つことができましょう。それに加えてこの紙に包んだ弾薬のお陰で、弾込めも楽。この間合いの長さも良いです。我等の鉄砲と比べて幾分か重たいですが、これも命中率の向上に繋がっているでしょう。はっきり言って、コレが鉄砲ならば、我らの鉄砲は玩具でしかありません……」


 実際に使ってみて、この鉄砲には現在の火縄銃の問題であった欠点が改善されていた。螺旋状の溝も、そのひとつだろう。連射速度、射程距離、命中精度は格段に向上している。須藤は、鉄砲の扱いに秀でいない自分でも中てられる、この鉄砲の性能の高さに怯えていた。

「本当に、恐ろしい。人を簡単に、一方的に殺すことが出来ます。こんなものを、里見は作ったのか……」


 須藤がか細く、呟いた。そのときだけ音がなくなったのか、練兵場によく響いた。

 一角の武将であるはずの須藤の尋常ではない雰囲気に、氏康は思わず風魔に聞き返す。


「風魔、これは先の戦でも使われていたのだな?」

「はッ、先の戦ではこの鉄砲と大筒による集中運用により、一方的に叩かれておりました」

「そうか……、須藤!」

「は、ははッ!」


 氏康がみせる気迫に、我に返ってすぐさま膝を突く。


「この鉄砲は直ぐに量産せよ。金は幾らかかっても構わん」

「は、必ずやッ!」


 里見では、須藤が恐ろしいと言うこの鉄砲を運用している。ならば、此方も対抗すればいい、幸い、現物はあるのだ。解析し、量産するのはそう難しいことではないだろう。


「風魔」

「はッ」


 膝を突き、頭を垂れた状態で小太郎が答える。僅かに声色が上ずっていた。褒賞が貰える、そう考えていたからだ。


「此度のこと、大義であった。須藤と協力し、この兵器を量産するのだ」


―――たった、それだけ?


「……御屋形様、ひとつ、願いがございます」

「申してみよ」

「此度の潜入で、我らは怨敵である里見より兵器を強奪しました。差し出がましいことですが、少なくない功績を――」

「分かっておる。これをやろう」


 氏康は小太郎のの口上を遮り、近習に目配せして用意していた褒賞を風魔に渡した。小袋であった。


「有難く、存じ上げます」


 受け取った小袋はちゃりちゃりと音がした。軽い。音からして銅銭、永楽銭あたりか。


「うむ。この兵器が量産され、運用されたらまた褒賞を与えよう」


 そう言いきり、氏康は近習に兵器を持たせ、須藤と共に居館へ戻っていった。練兵所には風魔と残骸だけが残された。


「馬鹿な……、たった、これだけだと?」


 配下である忍が怒りを顕わにする。十分な功績を上げたのに渡されたのは小袋がたったひとつ。命を張って里見の兵器を盗み出したというには少ない褒賞であった。また量産すれば恩賞を与えるというが、それはいつになるのだ?どう考えても、褒賞を与える気がないとしか思えなかった。

 もう一人の忍は声に出さなかったが、内心同じ思いであった。我らには、そんな価値しかないのかと――。


「控えよ」すぐさま小太郎が制する。

「しかし!」

「控えよ、そう言ったのだ」


 殺気を滲ませ、小太郎は無理やり黙らせる。


「お主たちはこの残骸を片付けよ。――今日は休め」

「……はッ」


 まだ納得はしていない二人にそう言いつけ、小太郎は別の場所に向かった。風魔が使用する小さな治療所だった。今回、館山城は小太郎ただ一人で潜入し、兵器を強奪してきた。見事に成功させた。だが、佐貫城に潜入した1組は途中で追撃を受け、複数の忍が怪我をしたのだ。命に別状はないのが幸いだった。

 小太郎が来たのを察知した組頭が、治療所の外へ出て、「頭領、どうでしたか?」と訊ねた。

 

「――今回の事に対して、御屋形様よりお褒めの言葉と恩賞を頂いた」


 小太郎が小袋を掲げて言った内容に、やはり、と組頭はため息をついてゆっくり横に頭を振った。諦観した表情であった。


「……そうですか、頭領。もう、持ちませんぞ」

「分かっている。だが、どうしようもない」


 どの国でもそうだが、忍というのは嫌われ者である。それゆえに、正当な評価と報酬を貰うことは殆ど無い。だが、風魔はここ数年、まともな報酬というものがなかった。あるのは今回のような現物ではなく、「言葉」のみ。このことに既に若い忍だけでなく、上忍たちからも不満が溜まっていた。


 何故、我らの功績に対して報いてくれない?

 何故、今の北条は我らを、風魔を認めてくれないのだ、と。


 風魔はかつて北条氏がまだ伊勢氏を名乗っていたころ、北条家初代当主である北条早雲と契約し、そのときより仕えている。その頃の風魔というのは、乱世の梟雄(きょうゆう)と呼ばれた早雲の采配もあって忍らしく、敵地での諜報活動、また暗殺も視野に入れた潜入工作の達人(プロフェッショナル)として活躍していた。風魔は己の技量を存分に使え、そして風魔を使いこなせる早雲の配下であることを、忍であることを誇りにしていた。


 だが、今じゃどうだ?


 現在の風魔は本来の役目である諜報の仕事は殆ど無く、敵を混乱させるために強盗、人攫い、火付けといった山賊まがいの汚れ仕事や誰もやりたがらない味方兵の重症者の治療をやらされていた。


 確かにこれらも忍の仕事でもある。職業柄、様々な知識を持つため医術に関わることもある。だが忍でなくとも出来る仕事である。それでもこのような些事に風魔を使うのは、敵味方共に恨みを集中させるには良い存在であったからだ。明確な「敵」を作り、組織を円滑に動かすためであった。

 そして、このような仕事をこなしても「誰にでも出来る」とされて評価してくれない。「忍」であるが故に下に見られ、遠ざけられるのだ。風魔は誰彼関係なく壊し殺して回る職業殺人者ではない、そう言っても誰一人耳を傾けようとしない。


 今の北条には、風魔は使いこなせていなかった。だが、他に行く場所がなかった。

 近隣の国はみな自前の忍を持っている。もしくは落ち目の大名しかいないのだ。だから、一番マシな北条に残っている。


 (あるとすれば、里見……、いや、無理だな。少ないが忍はいる。今回の任務で敵意は膨れ上がっている。怨敵の、しかも我らのような存在は受け入れまい……)


 いきなり風魔から「北条が嫌になった。雇ってください」と言った所で、誰が信用するというのか?

 すぐさま捕らえられて処刑だろう。


 なんとも馬鹿な考えだ。疲れているのかもしれない。だが、任務がある。休んで入られない。

 小太郎はすぐに考えを切り替えた。


「組頭、己は次の任務へ向かう」

「はッ、我らも回復した者から順次任務へと向かいます」


 風魔小太郎は次の任務へと向かった。次の仕事こそは正当な評価をしてくれると願って。


   *


 ――館山が燃えている。

 義頼は最初、兵が何を言っているかが分らなかった。理解できなかった。


「館山が燃えている?どういうことだ、説明しろ」


 そう言う声は震えていた。拙いな、しっかりしろ、兵がいるのだ。そう自分に言い聞かせておく。

 伝令兵は荒い息のまま報告を続けた。


「ま、まず、た、館山から、はァ、ふゥ……、館山から東の真倉で、火災が発生。火を消すべく、一部の兵を派遣しました。その後、城下町の各所でも、火の手が上がり、造船所でも火災が発生しました」


 伝令兵の言葉を理解する。義頼の顔には怒気が浮かび上がっていた。

 真倉で火災、陽動、火付け、北条水軍は動いていない、陸から見て館山は安房国の奥にある。つまり――、

 

(――風魔めッ……!)


 思わず拳を握り締めた。発作的に殺意が沸き起こったのだ。

 一軍の将が怒鳴り散らすのはみっともない。義頼はそう考えていた。常に冷静に、泰然とすること。 

 意識して表情を戻し、ゆっくりと握り締めた拳を解していく。グー、パーと、指をまっすぐ伸ばし、握り、伸ばす。


「時忠さん、申し訳ないですが」

「分かっています。ここは我々が」能面のような表情で、時忠が言った。

「助かります。――第一艦隊はすぐさま出港準備!館山に戻るぞッ!」


 そして、造海城(つくろうみじょう)の後始末を時忠に任せ、夕暮れの中、義頼たち第一艦隊は館山へ急行した。

 本来ならば、夜半の航行は危険である。だが航路は既に測量済みで、艦を操るのは里見水軍の精鋭である。普段と変わらぬ速さで、第一艦隊は館山湾に入った。


 その間、義頼は指揮所からずっと動かず、立ちっぱなしでいた。指揮所からは暗く、はっきりと見えないが館山の各所で薄く、灰色の煙が立ち上っていた。既に火は消し止められたようだった。


「総員、縮帆!」


 安泰の号令を受け、水兵たちがするするとマストに昇り、トップスルとジブを慣れた手つきで畳んでいく。義頼は鋭い眼差しで水夫たちの動きを見ていた。そこに焦りもなく、淡々としたものだった。

 

 縮帆しても艦の行き足は残っており、[桜]は風に向かって(館山の場合、西から風が吹くことが多いため艦首を湾の出入り口に向ける必要がある)、ゆっくりと180°転回する。暗闇では危ないため、桟橋には横付けできない。そのため、海岸近くに錨を下ろすことになる。

 義頼はこのゆっくりした動きが艦に乗っていて一番好きであったが、今回ばかりは酷くもどかしかった。

 行き足が止まる。


「投錨」


 ギャリギャリと錨が鎖を引きずって落ちていく。海面を叩く音が聞こえ、暫くして錨が効いて完全に停止した。艦は所定の位置に停泊した。


「短艇を降ろせ。ああ、明かりを持ってだ。気を付けてやれ」


 そう言って、義頼は一旦艦内の自室へ戻った。鏡で表情を、顔色を確認し、身だしなみを整える。

 それらを終えて甲板に出たときには、ちょうど艦から轆轤(ろくろ)を使い、短艇が海面に降りたところだった。梯子が下ろされ、まず(かい)を漕ぐ水夫たちが短艇に乗り、安泰、そして義頼が最後に乗る。


「出発」


 水夫たちが力強く、(かい)を漕ぐ。一直線に海浜へ向かうと、既に義頼の家臣らが待機していた。上陸した義頼と簡単に挨拶を交わし、すぐさま館山城へ向かった。

 館山城への道中は、景色が変わっているのが分かった。夜中であったがここにあったはずの家がない。人がいない。あるのは普段とは違う騒がしさと、燃えた残骸からは漂う熱気であった。


 館山城に入った義頼たちを出迎えたのは、今回の遠征中に城代を任されていた、地べたに平伏しているじいだった。


「じい、無事か!?」


 すぐさま義頼が駆け寄り、起き上がらせようとする。


「若様、いえ義頼様、申し訳ありませぬ。館山を守れませんでした」

「じい」

「義頼様、かような失態に対する処罰は――」

「じい。聞け。顔を上げるんだ」


 義頼が命令する。顔を上げたじいは悲痛な表情を浮かべていた。


「よいか。今ここで処罰云々の話をしてもしょうがないのだ。まずは立て直しが先だ。混乱が長引けば北条が来るかもしれん」


 そう言うと、八ッ、とした表情を浮かべてすぐさま暗い表情へと戻った。その事に気づかなかった自分を責めているようだった。


「まずは何があったのか、それを聞かせてくれ」


 じいは淡々と、ゆっくりと事の顛末を語り始めた。



 義頼たち水軍が出払った後、暫くして館山城から遠く東に黒々とした煙が立ち上った。すっ飛んできた兵によれば、館山の一大穀倉地帯である真倉で火災が発生したという。此方は田植えが始まったばかりであった。


 当時、義頼たち主力部隊が出払っているため、館山の兵の大部分が主戦場になりうる館山海岸付近に待機させていたのだ。そのため、火災が起きた真倉など内陸部には兵が少なく、火災の発見が遅れる形になってしまった。

 風向きも真倉から館山に向かって吹いていたため、すぐさま一部の兵を派遣し消火するように命じた。この時はまだ、発酵途中の堆肥の自然発火だと考えられた。堆肥は製造するのに木箱に土、腐葉土、糞、稲藁などを重ねていき、発酵させて作る。発酵中は50~70℃近くまで温度が上昇するため、偶に発火し、火災が発生するのだ。


 だが、それが間違いなのだとすぐさま思い知らされた。


 直後、城下町の各所で火災が発生。朝方ということもあって多くの家で竈を使用しており、燃え広がったのだ。日頃から危機管理を強く持っていた職人街ですら火災が発生したため、攻撃だと混乱が起きた。

 その間に、武器保管庫、また造船所でも火災が発生する。鎮火はできたが、保管していた兵器の大半は使い物にならなくなり、建造中であった桜型巡洋艦の三番艦ごと第一造船所は焼失してしまった。


 甚大な損害、そう言っていい内容であった。


「死傷者は?」


 義頼は心の中で膨れ上がっている興奮を外にださないよう、無理やり冷静で堅苦しい態度をとった。


「警備に当たっていた兵が20名ほど。即死でした。民間では火災や家屋の倒壊に巻き込まれた者が居ますが、今のところ死者は出ていません」

「そうか、民衆に被害が少なかったのは幸いだな」

 

 義頼は僅かにほっとした。物は壊れても、失われてもまた再建すればいい。だが人はそうはいかない。一度失えば復興に時間がかかってしまう。奇跡といっても良いことだった。


「まず、各所に伝達しろ」堅苦しい口調のまま、義頼が言う。

「大房岬と州崎の砲台に伝令を出せ。警戒を怠らせるなよ。航路上の船は信号と臨検に応じなければ沈めても構わん。また家から焼き出された民衆には炊き出しを行え。食料は城の倉から供出しろ。あとは身体を冷やさせぬよう白湯の一杯、薬草茶があればそれを出してやれ。夜露が凌げるよう、天幕も出すんだ」

「はッ」

「そして、じい。処罰だが、不問に付す」


 義頼は処罰はしない、そう言ったのだ。


「何故でございますかッ!それでは――」

「今ここで処罰し、じい達を、貴重な人材を失ったらそれこそ北条の思う壺だ。それに、このような攻撃を想定しなかった私自身にも問題がある」


 確かに、本来ならば城代であったじいを処罰するだろう。だが、連鎖的に館山城にいた安西氏、岡本氏の一族まで処罰しなければならないのだ。

 以前にも言ったように、「里見」は幾つかの有力武家が纏まった武家集団だ。里見家のみで戦国の世を乗り切ることはできない。唯でさえ内房正木氏の内乱でごたごたしている状況で、これ以上の国力低下は避けたい、義頼はそう考えていた。

 何より、そんなことも考えなかった自分自身を殺したくなるほどの強烈な感情があった。こちらに来てから付き合いの長いじいに、自分は関係ない、俺は悪くない、そう言いたくなかったのだ。


「では、だ。じい、館山の復興のために尽力せよ。それが今回の処罰とする。―――それでは駄目か、じい?」


 最後の一言だけは、堅苦しい取り繕った態度ではなく、いつもの、素の義頼の言葉だった。

 この言葉に、この場にいた全ての人間が感動を覚えていた。


「は、ははッ!有難う、ございまする……!」


 じいは感涙の涙を流し、平伏して感謝した。


  *


 その後、義頼は泣き出したじいを宥め、家臣らに幾つかの指示を与えた後、仮眠を取るために自室へ戻っていた。


「――やられた」自室の本の山にもたれかかり、独白する。

「くそ、本当にやられたな。内房の連中を煽ったのはこの時のためか」


 義頼は酷く疲れた表情で、ため息をついた。

 北条にとって、以前ならともかく勢力の弱まった内房正木氏は何ら魅力も無かったのだ。ただ、里見家にほんの少しの隙を作って貰えればいい、その程度の扱いだったのだ。


(風魔忍群を事前に忍び込ませて、手薄になった頃を見て強奪、か。分かっていたが、随分と手際が良い)


 特に海岸にある、第一造船所がやられたのが痛い。進水間近であった桜型三番艦には相当な金額をつぎ込んでいた。里見には安宅クラスの艦を造る余裕はないのに、だ。

 

(しかも、兵器は幾つかは間違いなく持って行かれたな。特に鉄砲は駄目だな。だが、どうやってこの警備体制を突破したのだ?)


 そう、里見は正式な忍を持っておらず、また良く知らないとはいえ、この厳重な館山の警備体制を突破できるとは思ってもいなかった。出来たとしても、相当梃子摺るだろうと考えていた。

 だが、現実には館山は複数個所で火災が起き、職人街に侵入されたと言うのに、誰一人敵の姿を見ていない。見たと思われる警備兵は既に事切れていた。そして、職人や兵の中から怪しい人物も、いなくなった人間はいないという。

 余りにも手際が良い。単純に考えてみる。ともすれば、


「……その上、か。なんともまあ、やるもんだな」


 今まで撃退していたのは下っ端。その上となると、組頭、もしくは風魔小太郎本人が来たのだと考え付いた。

 姿を見せず、手際良く、すばやく、目的のことをする。まさしく潜入工作のプロフェッショナルだ。

 ただ感心していられれば楽なのだが、これをどうにかしなければいけない。 


(警備体制を見直さんとな。当分は警戒をしているから来ないだろう。だが抜本的な解決にはならんな……)


 今回、どうにかじいを宥めたが、次があったら今度こそ首を飛ばさなければならない。これだけは避けたい。


(やられたらやり返せ。目には目を、歯には歯を、忍には忍を、だったか。だが、此方にはぶつけるための忍はいない。戦闘には向いていない)

 

 ならば、ぶつけなければいい。引き抜いてしまおう。


 つまり。

 

 風魔を調略すればいい。


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