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第15話 小休止

遅くなりました。ようやく投稿です。楽しんでもらえれば幸いです。

 ―――時は、少し遡る。


 武蔵国、江戸。


 風魔忍群の頭領、風魔小太郎はこの地を訪れていた。

 里見との戦で出陣し、帰還した兵の様子と事実を確かめるためであった。


「此方です」


 そう呼びかけたのは、何処にでもいるような、僧体の男であった。この地域の忍を纏める組頭である。

 風魔小太郎自身も、行商人といった風体であった。


「案内しろ」


 その言葉を受け、組頭は小太郎を案内する。そして、すぐ近くの治療所に入る。治療所といっても、戦から帰還した兵を収容するために急きょ建てられたもので、柱と屋根、壁として麻布を張っただけの簡素な造りであった。


 その治療所の中は、むせ返るような悪臭と苦悶する兵らで埋め尽くされていた。兵らの体臭と流れる血と脂、そして膿が混じり合った臭いだ。並の人間なら匂いだけで失神するだろう。


 そして、治療所の中を蠢く兵らの姿が映る。配下の忍たちは懸命に治療を行っていた。

 此処にいる兵は重症者のみ。といっても、傷自体は大した物では無い。戦で重傷を負った者は既に農民たちによる落ち武者狩りか、力尽きて死んでいる。


 この兵たちは槍や刀のかすり傷程度の者や、矢傷、逃げる際に何かで引っ掻いた程度の傷である。

 そして、風魔はこの時代では最新的な治療方法を行っていた。気付け薬と止血薬を飲ませ、死者が少なくなったという経験から、傷口を洗い流す。そして布や糸、縫合用の針を煮沸消毒し、傷口を縫合。布を巻きつけていた。


 だが、ここの兵たちは病気になった。全身を振るわせ、引き攣りを起こしていた。立ち上がることも出来ず、ただ地面を転がるか、身体を弓なりにしならせ、縫い合わせた傷口からは血を噴き出し、布をどす黒く染めていたていた。


「……ここにいる者は?」


配下の忍は静かに首を横に振る。もう助かりません、苦しませない方が良いでしょう、そう答えた。

 

「そう、か。準備しろ」


 命を受け、治療に当たっていた忍たちが動き出す。その手には抜き身の短刀が握られていた。

 風魔の役割として、敵地の情報収集のほかに、幅広い知識を生かした兵の治療、そして兵を楽にさせるという仕事があった。

 胸に短刀を突きさし、楽にさせる。

 兵はビクリ、と震え、硬直していた筋肉が緩む。兵の顔は軽く笑っていた。

顔の筋肉が緩んだせいか、長い苦しみから解放されていくせいなのか、分らない。知ってもしょうがない。


 兵の最終的な治療は直ぐに終わった。

 小太郎たちは治療所の外に出た。


「亡骸はいつも通りに」小太郎は指示を出した。いつも通り、病気が蔓延しないよう火葬するのだ。

「はっ」治療に当たっていた配下の忍たちは答え、動きだした。


 残ったのは小太郎と、組頭だけとなった。


「報告を」

「はっ。治療後、残ったのは200名を切ります」

「そう、か。やはり少ないな……」


 既に、付近に配置していた忍により、小田原では敗戦と壊滅の報告を受け取っていた。

 その報告に、初めは誰もが絶句した。従来の戦では考えられない程の損害であったのだ。


 北条は真里谷氏からの要請を受け、既に上総国にいた兵2,000と、新しく編成された江戸水軍を送り出した。

 結果、陸では北条方の間宮景頼らが率いる2,000の兵のうち、武蔵国まで帰還したのは僅か400ほど。治療後、半数は亡くなったことになる。

 水軍は文字通りの全滅。全滅である。帰還した者はいない。


「理由は?」

「陸海共に、大筒による長距離からの攻撃と大量の鉄砲、〝手榴弾〟と呼ばれる代物を用いておりました。この手榴弾は陶器製の壺の中に火薬を詰めた物でして、西の水軍が用いる焙烙玉と酷似しております」


 風魔は両方の軍勢に忍を潜り込ませていた。今までは職人街や武器の保管庫は警備が厳しく、近づけなかったが、戦となれば違う。流れの足軽として簡単に潜り込め、その結果、詳しい内容を知ることが出来た。


「恐らくですが」組頭は答えた。

「死傷者の多い理由は、これだと考えられます」


 差し出したのは、数発の、里見家で使用されている椎実型の銃弾であった。一発は原形を留めていたが、それ以外の弾は大きく歪み、破裂していた。銃弾には落しきれなかった血と脂が残っていた。


「兵の体内に残っていた鉛弾でございます」

「……円弾では無いな」

「はい。また、鉄砲の銃身には螺旋状に溝が刻まれているようです」

「それが射程と威力の原因、か」


 小太郎の頭には弓矢が思い浮かんでいた。矢には安定させるために羽が付いている。三枚羽だと矢が回転し、命中率と(やじり)が対象物を抉り取る様に殺傷力が強化されている。

 どうやら、里見家は同様の原理で、鉄砲の欠点である射程の短さを克服し、鉛玉による殺傷力を上げるために螺旋を描くような鉄砲を開発したようだ。


「はい。また、殺傷力が高いです。肉体にぶつかった際の食い込み(、、、、)が比較になりません。また、大筒にも同様の溝があり、手榴弾と似た構造の弾を撃ち出したようです。そして、今回の戦の結果となったのでしょう」

「……盗み出せるか?」


 北条氏康より命を受け、また風魔として、今までの汚名返上のために何としても里見の兵器が、特に鉄砲が欲しい。

 その生産、及び保管庫を行っているのは、久留里、佐貫、勝浦、そして館山である。


「……佐貫、館山ならば、時間が有れば可能です」


 暫く思案した後、組頭は答える。


 どの場所も幾度なく風魔が侵入し、撃退された場所であった。


 特に久留里と勝浦は異様なまでに防備が硬い。

 これは久留里が里見の本拠地で、定期的に〝会合〟を行うため純粋に警備の数が多いためであり、また勝浦は、忍と商人によって情報網が形成されていた。

 商人たちは横のつながりが強く、何でも取り扱う。忍は戦闘力こそないが、様々な情報を聞き出してくる。城主である時忠はそこから得られる情報を基に警備をしていた。


 佐貫と館山はそこに比べれば警備は緩いが、十分な数の兵士は巡回している。

 また侵入経路には罠を仕掛けていたり、わざと情報を流して他国から侵入した忍とかち合わせて争わせるなど、えげつない手も使っているのだ。

 それに風魔が各地の不満を持つ輩に接触し、煽り立てても事を起こす前に捕まってしまうのだ。これほど忍が動きにくい国は無いと風魔は考えていた。


「お前の組は全て上総国へ、佐貫へ向かえ。二手に分かれろ」

「実行と攪乱ですな」


 盗み出した者が逃げ切れるように、また更なる情報の収集である。


「そうだ」小太郎は答えた。

「内房の、確か正木だったか。今ならば不満を持つ奴等も多い。接触しろ、内乱を煽るのだ。その隙に盗み出せ」

「はっ」

「しくじるな。今回は確実に成功させるため、己も動く」

「承知……」

 

 そう言い残し、組頭は小太郎の前から消え失せた。


 小太郎も動き出す。

 向かうは、安房国、館山である。


   *


 安房国、館山。


 全ての工事が完了した館山城の中で、義頼は謹慎のため、本が山積みとなった自室に篭っていた。


「暇だ」


 この日、義頼にはやる事が無かった。

 

 一応、謹慎中なので部屋からはほとんど出ることは出来ず、娯楽は本を読むか、艦船設計の妄想に耽ることぐらいであった。本は粗方読み終えてしまい、それに現代人の感覚とはイマイチ合わない。また珍しく艦船設計をする気も起きなかった。というか、やりすぎて設計のネタが無くなった。


 館山の政務に関しては義頼の家臣として残った安西氏の者と新たに岡本氏が、そして御子上(みこがみ)氏がやる事になった。


 義頼は義堯から水軍を壊滅させたために叱責を受け、その様子を大半の家臣らは義頼を嘲笑った。そのため、相も変わらず家臣は少ない。


 しかし、水軍衆、特に江戸湾海戦に参加した者は違う。今まで義頼は高性能な船を設計しており、交易や捕鯨など、その恩恵を受けていた。また安西氏と岡本氏はその水軍衆が江戸湾海戦に参加しており、また船長を務めた岡本安泰、安西清勝から報告を受けており、劣勢状況でも水軍を纏め上げ、勝利しており、戦においても義頼の能力は高いと判断したためであった。

 それに現状では嫡男の義舜には子はおろか室もいないため、義舜の次の後継ぎに義頼は有り得るのだ。現在も受けているその恩に報いるため、今の内に家臣を送り込んでおけば更に一族が発展するに違いない、そう考えた為であった。


 そして、御子上氏は館山に近い、朝夷郡(あさいぐん)丸山郷神子上の郷士(ごうし)(農村に住む武士)で里見家の家来である。

 後に徳川将軍家剣術指南役となる小野派一刀流の開祖、小野忠明(おのただあき)を輩出する一族である。「小野」は母方の姓であり、前名は御子上典膳(みこがみてんぜん)と名乗っていた。

 史実では義頼の子、里見義康に仕えていたが後に出奔し、伊藤一刀斎に弟子入りして一刀流の継承者となった。


 生まれるのが早くとも1565年と当分は先ではあるが、転生者たちは今の内に一族ごと取り込んでしまおうと考えたためであった。究極の青田買いである。それに、現当主で父の神子上重は里見家でも武芸に秀でており、先の戦でも活躍したことから200石(里見家では貫高制や、東国で使用される永高制ではなく、貨幣の問題から部分的に石高制を採用していた)に加増、そして義頼の家臣として取り立てられることになった。

 

 当然、御子上氏は将来生まれてくる嫡男を取り入れるためとは知らないため、いきなりの大出世と加増に大いに驚き、そして喜びを露わにした。200石といえば中級武士にあたり、さらにその上の家老職も狙える位置にある。仕える義頼は当主に嫌われている、そう噂されているが、会ってみれば気さくで温厚、また「館山に住居が無ければ不便だろう」とのことで義頼は館山に新しく屋敷を建て、御子上氏に寄贈したのだ。


 噂がどうであれ、屋敷を寄贈され、また今までよりも余裕のある生活が送れるようになった御子上氏には、義頼を嫌う理由は無く、精力的に働くようになっていた。


 そんな訳で、館山湾の開発しに来た頃と変わらず、義頼の家臣となった全員が良く働き、また義頼も仕事をやり易いようにと家臣らにある程度の権限を与え、どうしようもない時は利害の調整を行うなど、義頼は館山内での問題や相談を聞く便利屋となっていた。


 ここ最近は戦後処理や、今年の収穫量と捕鯨の結果、また消耗した武具の補充などの報告で忙しかったのだが、それもだいぶ落ち着いてきていた。また、家臣らだけで解決してしまうと何もない日が有るのだ。

 それが今日だった。

 

 義頼は気分を変えるため、茶を飲もうとするが、すっかり冷め切っていた。新しい茶を頼もうにも、部屋の外にいるのは見張り役で職務から離れられない。じい(・・)も別の仕事を頼んでいるため、この場にはいない。


 「……平和だが、娯楽が欲しい」


 仕方なく渋い茶を啜りながら、そう呟く。

 前世では情報で溢れかえっており、本でもネットでも何でもあった。戦乱の時代だから仕方ないのだろうが、せめて海洋冒険やSFといった、前世の様な小説が読みたい。

 今度、〝会合〟で娯楽の普及として言ってみるか、と義頼が考えていると、外から「若様、よろしいですか」と呼びかけられた。


「どうぞ」義頼は答えた。

「良いタイミングで来たなぁ、安泰。暇過ぎて死にそうだったんだ」


 入室してきたのは小包を持った安泰であった。


「報告に来たのですが、何です、この山は?」

「暇だから適当な本を持ってきてくれと頼んだらそうなった。面白いのも幾つかあったな」


 大半は読みにくかったが、と軽く笑いながら言う。

 安泰は散乱している中から一冊の本を手に取る。題名は「我が身にたどる姫君」。


「今、安泰が持っているのは鎌倉期のエロ小説だ」

「ぶっ!!」


 ちなみに当時では珍しい、色々と詳しく書かれた恋愛小説である。

 

「なんてモノ読んでいるんですか……」

「紛れ込んでいたんだから仕方ないだろ」


まあ、それはさておき。


「ところで、その小包は?」

「はっ……、職人街から注文の品が出来たそうで」


 安泰は本を戻し、居住まいを正して答える。

 そして持っていた小包を差し出した。


「お、やっとか!」


 喜色満面で義頼は小包を受け取る。全部で4つ。


「1つは安泰が提案したものだよ」


 小包を解き、木箱から取り出したのは、軍帽であった。

 厚手の木綿布で縫製され、色は紺の地に白線が2つ、中央には金糸で錨と桜の帽章。見た目は海軍士官一種略帽に良く似ていた。


 基本的に、水軍では鎧を着ることは少ない。上陸して戦う場合は鎧を着るが、船内は狭く、また船上では身軽な方が戦いやすいのだ。そのため、乱戦状態になると敵か味方か判別しづらい。

 また、指揮官は防護と目立つために鎧を着ていたが、これから先、近い将来には鎧は使われなくなる。これから大々的に使われるだろう鉄砲に対抗できないからだ。特に水軍は、不安定な足場で銃弾を防ぐだけの防御力を持たせた鎧は重く使えない。


 しかし、軍帽ならば軽く、所属などの識別がしやすい。また仲間同士の連帯感を高め、常時着用を命じておけば規律を保つことも期待される。

 安泰が持ってきたのは船長らが着用する指揮官用で、目立つようになっていた。水夫たちの物は白地で紺色の帽章。下っ端には線が無く、階級が上がるにつれて紺色の線が1本線、2本線と増えていくようになっていた。


「もう一つは、鍛冶師に注文しておいたやつだな」


 そう言って取り出したのは、一振りの小太刀であった。刃渡り2尺、鞘は黒漆仕立て。

 義頼は刀を取り、静かに抜き放った。そりは浅く、身幅は厚い。刀身は薄く青みがかっており、鋒両刃(きっさきもろは)造りと呼ばれる、刀身の半ばから切先までが両刃となっていた。

 片手でも扱え、錆びにくい。研いでいないため、切れ味は無いが、両刃になっているため、刺突に適していた。また重く頑丈なため折れにくく、曲がりにくい。兵器としての実用性だけを考えられた刀であった。


「……うん、どれも良い物だ」


 じっくりと眺めていた義頼が満足げに呟く。刀を納め、そのまま元のように包み直す。

 同様に他の小包を確かめ、そして軍帽と小太刀の入った小包を安泰の前に出した。


「これは?」安泰は訊ねる。

「以前、名物でも贈ると言っただろう?随分と遅くなったが、受け取って欲しい」

「はっ、有り難く、頂戴します」


 安泰は平伏し、小包を受け取った。ただ、心の中では感動の他に、別の事を考えていた。

 

 義頼は情が深い。誰にでも分け隔てなく接するため、一部の人間からは渋い顔をされているが、下の人間からは好ましく思われている。また第一艦隊の、先の海戦で亡くなった兵は手厚く葬った。そのため、兵たちは安心して戦っていられる。

 また、例えどんな小さな事でも、自分から言い出した約束は守る。贈り物の話も、もう2年も前のことだ。これらは美点だろう。

 だが、戦では違う。時には約束を破り、部下に死ねと命じなければならない時もある。安泰は既に戦やその後に行われる乱取りによる惨状を何度も見てきた。戦で主力を逃がすため、部下を捨て駒にしたこともあった。北条へ物資を運ぶ商船を襲うことだってした。

 安泰は戦だから仕方ない、勝利するためだと自らを納得させた。そして慣れた。


 だが、この若い城主はそれをできるのだろうか?

 この情の深さが命取りにならなければ良いが、と安泰は危惧していた。


「―――安泰、どうした?」


 急に黙り込んだ安泰に、義頼は声を掛けた。


「いえ、なんでもありません」

「うん?そうか」


 義頼は怪訝な顔をしたが、疲れているのか、と一先ずは考えた。


「では、報告をします」

 

 安泰が話し出したため、義頼は居住まいを改めた。

 内容は、新型艦の就役、軍船の建造情報、そして内房正木氏の動きであった。


「ああ、桜型は、もうすぐか」

「はい。若の謹慎明けに就役する予定となっています」


 新型艦である桜型は、当初は捕鯨船に回される予定だった。義頼もそのように設計していた。だが、繋ぎ(・・)であった図南丸型と日新丸型が思っていたよりも使い易く、十分な活躍を果たしていることから、その堅牢さを生かして最初から軍艦として就役することとなったのだ。


 要目は以下の通りである。


 [桜型巡洋艦]


 ・主要目

 全長16間(約29m) 船幅23尺(約7m) 喫水18尺8寸(約5.7m)

 速力7kt 乗員68人 兵装 二十年式三寸艦砲10門(片舷5門)、ほか小銃、長柄、手榴弾など多数。


 ・備考

 二本マストのトップスル・スクーナー。木骨木皮、全通平甲板、西洋式小型舵。銅製の金具を使用。艦尾に露天艦橋を持つ。


 三寸野砲は館山で生産されるようになり、その大半が水軍の艦砲として使用されることとなったため、水軍での名称は[二十年式三寸艦砲]となった。

 

「次の海戦で動員できるのは桜型2隻と、図南丸型を4隻、日新丸型が2隻って所か。これならばそう負けはしないだろう」

 

 図南丸型も艦砲を増やし、片舷3門計6門となり、攻撃力が向上。また日新丸型は補給物資や兵員輸送船のような使い方をされることとなる。

 

 桜型と合わせれば全部で6隻、艦砲44門となる。この時期の日本でなら圧倒的な火力を持つことになるのだ。

 

「それでも西洋の小艦隊規模、って所か」

「ですが、射程は長く、榴弾を使えばこの時期の西洋の艦隊とも十分に殴り合いはできます。まあ、そんな状況にはなりたくありませんが」


「俺だって嫌だよ」義頼は言葉通りの表情で答えた。

「まあともかく、江戸湾は従来型の軍船に任せる。あの戦いはどうにかなったが、帆船では不利だ」

「確かにそうですな。出来れば火攻め対策に装甲が欲しいですが」

「鉄甲船か?やろうと思えば出来るが、船が重くなりすぎる」

 

 義頼は渋い顔で答えた。

 鉄甲船は船体に鉄板を張った船である。当然、装甲分の重量が増す。例えば、厚さ3mmの鉄板を張り付けるとしたら、1m四方で重量は23.4kgになる。主力船である全長16m、水面からの高さ2.5m、船幅3mのほどの関船に全面に施した場合、装甲の重量は2,000kgを超えることになる。これでは重心が極端に高くなり、復元性の悪化と重量で殆ど動けないだろう。

 鉄甲船に限らず、世界中の国で防御力を上げようと船に金属製の装甲を持たせようとした。だが、上記のように重量により帆走では碌に動けない、現状では船を沈める火力が不足しているため、余り必要が無い、なによりコストの問題により、殆ど使用されなかった。高性能な蒸気機関が登場しない限り、装甲を張った船は扱えないのだ。


 それに鉄甲船はその防御力と鈍重さと狭い海域での防衛戦闘には使えるが、例えば遭遇戦など、広い海域でぶつかり合えばまず勝てない。まともに相手にしなければ良いからだ。鉄甲船に出会った敵は逃げれば良いし、その間に敵地を攻めるということも出来る。こちらの艦砲ならば十分な打撃を与えられるし、また艪に魚網を投げつければ動けないため、海面にでも油を大量に流してそのまま蒸し焼きにしてしまえばいい。


 そこまで話すと、安泰は「中々エグい戦術ですな」と零した。


「そうか?これぐらいは普通だろ」義頼は答えた。

「結論として言えば、部分的に装甲をつけることは可能だが、現状では船の快速さという利点を潰しかねない。それに従来の、和船の構造では船体が自重で破断しかねない。これが一番の問題だ。鉄甲船専用に設計した和洋折衷船か、西洋式じゃないと船体強度が保てない」


 実際、「フロイス日本史」において、豊臣秀吉は朝鮮出兵の際に「全面に鉄の装甲を持った船」を建造させたが、重量により船体に亀裂があったという。

 義頼はいつ沈むか分らない船を建造するのも、使いたくも無かった。


「一応、考えてはいるんだけどね。日本版ガレーとでも言うのかな」


 すなわち、見た目は関船と同じ外観と規模、矢倉と艪を持ち、西洋式の船体とした軍船である。被害が大きくなりやすい艦首正面にだけ鉄板による装甲を取り付け、また衝角を持たせることで攻撃力と防御力を上げる。鉄板も一部だけに使用することで、速力の低下も抑えられる。


「成程、確かにそれならば使えそうですな」

「まあ、当面は軍船の数を揃えるためにどこも従来型の軍船を量産中だからな。先になるだろう」


 義頼は一息つき、話を進めた。


「軍船については分かった。他は?」

「やはりというか、内房正木氏らが動いています。三浦半島を行き来しているうえ、武具や米を買い集めているようです」

「となると、北条から印判状でも貰ったのかな」

「恐らくは」


 史実では、天文22(1553)年に保田妙本寺と金谷城を焼き、峰上城を占領した吉原玄藩助ら二十二人衆は北条氏より虎印判状を受け取っている。

 活発化しているとなると、既に受け取ったと見ていいだろう。


「……北条が来るのは来年の暮れだったな。内房は夏には動くか」

「来年の正月には上杉憲政は越後へ身を寄せますので、有り得るかと」

 

 現在、北条は先の戦の痛手からまだ回復していないうえ、今は上野国(こうずけのくに)の占領に忙しい。冬には動かないだろう。

 また、7月には上野国を追い出された上杉憲政が長尾景虎と共に上野国に侵攻したため、北条はそちらの対処に追われる。


 当然ながら北条はそんなことを知らないため、夏に内房への侵攻、内房正木氏は内乱の準備はするだろうが、来るのは水軍と少数の軍勢だと考えられた。

 

「在郷勢力は?」

「現状では半々、といったところですね。安西氏も税を下げ、産業の推進を行っていますが」

「北条は更に税が安い、か。こればっかりはなぁ」


 在郷勢力を味方につけておけば統治もしやすく、内乱の抑制にもなるが、北条は検地の徹底と中間搾取を無くしており、戦国大名の中でも税率が低いのだ。内房は地理上、北条の影響を受けやすいため、北条に付けば暮らしやすいと考える領民も多い。


 転生者たちも北条のように、検地や税制改革を行い、統制を強化し、より円滑に領地経営を行いたい。〝会合〟に集まる面々は賛成している。だが難しいのだ。

 

 安房里見家というのは、良く言えば団結した武家集団である。

里見氏を頂点に、主な重臣は正木氏、土岐氏、安西氏、岡本氏からなる。


 正木氏は、その関係は〝家臣〟と言うより、〝同盟〟と言えるような、准大名の様な存在であり、特に正木時茂、時忠の外房正木氏は安房国東部から東上総を領国化し、〝正木分国〟とも呼ばれる独自の勢力圏を築き上げていた。

 

 土岐氏は鎌倉時代より栄える武家の名門で、宗家は室町時代より侍所として五職家の一角を占めた美濃国の守護大名であった。上総国にいる土岐氏はその分流にあたり、後に斉藤道三によって追放された美濃国守護の土岐頼芸(ときよりのり)を受け入れている。

 

 安西氏は中世より安房国に一大勢力を持つ武家貴族(軍事を専門とする貴族や公家のこと)であり、その先祖は安房国に渡ってきた源頼朝の許へ、一族を連れて参上したことが「吾妻鏡」にも記されている。

 

 岡本氏は二系統あり、岡本城を拠点とする土豪で水軍の一員として活躍する一族と、小弓公方旧臣として移り住んだ外交を専門とする一族に分かれている。どちらも代々里見家に仕えており、後者は上方においても活動しており、時忠と共に情報収集や貿易を担っている。


 どの家もその気になれば戦国大名になれる存在なのだ。今は里見家が主導権を取っており、また義堯のカリスマ性によって一つに纏まっているが、史実でも亡くなった後、家臣や一族による抗争が活発化していき、徐々に衰退していったのだ。


 つまり、里見氏は北条の様に不満を押さえつけられるほどの権力の強さを持っていないのだ。


「内房正木氏に内乱を起こさせるのも、このための見せしめでしょう」

「我々に楯突けばお前らもこうなる、と?」


 ええ、と安泰は頷く。内房正木氏は領地を大きく削られ、勢力を落としている。現在の状況では内乱を起こしても大した被害も出ずに鎮圧できるだろう。

 史実では内乱で保田妙本寺と金谷城が攻撃を受け、義堯が崇敬している僧、日我(にちが)が危険に晒され、また諸道具、仏具のみならず蔵書のほとんどを焼失してしまった。

 恐らく義堯は、これを防ぐためと、これを気に改革を行おうと考えているのだろう、と安泰は話す。


 里見家内で話し合われた際、検地による家臣や領民の負担の明確化は賛成が多かったが、税制改革は大反発を受けていた。実行されれば中間搾取が無くなるため、特に反対派である国人らの勢力が低下してしまうからだ。この国人らは風見鶏のようなもので、北条が来れば北条に付き、里見が来れば里見に付くという存在である。

 また、重臣からも反対が出ていた。当主本人ではなく、その一族内からだ。古くから続く一族ほど派閥やしがらみ(・・・・)が多く、利権を持っていた。改革によってそれらが消えてしまうのだ。下手すれば一族が割れ、内乱となる可能性が高かった。その事を苦渋に満ちた顔で報告する者もいたぐらいだ。


 だが、内乱を素早く鎮圧し、北条を撃退したとなれば里見家はその存在を示し、改革で完全に国内の統制が取ることが出来るようになる。


「となると、次の戦いも勝たなければならんな」義頼はそう零す。

「他には?」

「ありません」安泰が答える。

「そうか。今日は下がってゆっくり休んでくれ」


 安泰が静かに平伏し、退出するのを見届けると義頼は大きく息を吐き出した。足を投げだし、本の山にもたれかかる。

 勝つ、勝利、戦、戦である。軍艦がその存在意義を発揮し、活躍する海戦だ。

 そして、今度の相手は同じ国の領民が操る内房正木氏の水軍と、北条水軍。


 ―――面倒クセェな。成るようにしか成らんな。

 

 それっきり考えるのをやめ、目を閉じる。

 どうせ暇だし、折角の短い平和だ。これを楽しもう。


 この日、義頼はそのまま惰眠をむさぼることにした。

誤字・脱字が有りましたら報告をお願いします。


用語説明


・我が身にたどる姫君

「上品な」文章が主流だった当時では珍しい、様々な性愛や暴力などを取り扱った、風紀の乱れた恋愛もの。源氏物語に似ている。全8巻。第6巻は日本最古の百合小説。


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