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第12話 江戸湾海戦 [前編]

ようやく投稿です。楽しんでもらえれば幸いです。

今回はやっと水軍の話。


※前話に続き、戦の話です。苦手な方はご遠慮ください。

 天文20(1551)年9月 浦賀水道 第一図南丸


 ―――里見義堯らが率いる軍勢は笹子城、久保田城を制圧。


 館山城から出撃し、金谷城にてその報告を受けた里見水軍は椎津城を攻略するべく、浦賀水道を通っていた。

 三浦半島の観音崎と上総国の富津岬を直線に結んだ、浦賀水道で最も海幅が狭い水道に入ると潮流も穏やかで波は殆ど無く、船は時折軽く揺れる程度になった。


 東京湾に入ったのだ。


 考えられた水軍による待ち伏せは無く、一先ず安心するも、水軍の総大将となった五郎改め、里見義頼(さとみよしより)は憂鬱だった。


「面倒クセェ……」

「そう言わないでください……」


 義頼も安泰も、頭痛がするといわんばかりの表情だった。


 2人は艦尾船室の屋根上に設けた指揮所、露天艦橋にいた。ここで艦の指揮が行われる。元々、図南丸型には無かったが、戦域を見渡すために小高い場所、操舵手に命令しやすい屋根上を改装したのだ。と言っても、ただ床板を張り、手すりを設置し、行き来するための階段を設けただけである。これにより指揮はしやすくなったが、その分、照りつける日差しも、纏わりつく様な湿気の鬱陶しさがいつもより増している気がした。


「それより、アレ(・・)が原因だと思いますが……ハァ」


 2人は同時に、その原因がいる後方を見やる。

 旗艦となった第一図南丸の甲板からは、義頼達がいる艦隊から後方にやや離れて、館山ではあまり見なくなった従来型の関船、小早からなる艦隊がいた。


「なんで奴らを連れていかなければならんのだ……」


 義頼が溜息をついた相手は、内房正木氏の艦隊である。

 今回の戦で、陸では重要だが武功も無く、目立たない小荷駄の一員として、また雑用としてこき使われている内房正木氏であるが、発言力を増したいのだろう。開戦前に椎津城攻略に水軍を使うと聞きつけ、金谷城主の正木時治(まさきときはる)は自身の持つ水軍を連れていくよう義堯に願い出たのだ。


 義堯は今回の戦で自身が動かせられる水軍の能力を確かめ、箔をつけたかったために内心は断りたかった。


 だが、正木時治は内房正木氏の中心人物だ。この内房正木氏は元を辿れば国衙(こくが)の役人であり、東京湾の関銭徴収や海上勢力の支配などに関する権限を持っていた。

 また対北条水軍の最前線として江戸湾を中心とした航路を守っており、義堯でも無下にできなかったのだ。


 恐らく、時治にはこれも計算の内だったのだろう。


 出陣間際に義堯は面倒くさそうな顔で「何もさせなくても良い。連れていくだけにしてやれ」と義頼たちに命じていた。

 押し付けられる方は堪ったものじゃないが、義頼もこれを受け入れた。


 そして現在。


 椎津城攻略に向かう里見水軍の編成は、


 第一艦隊(帆走船)  総大将 里見義頼

 ・第一図南丸(旗艦)  船長 岡本安泰

 ・第二図南丸      船長 安西清勝

 ・小早(スループ型)  10隻


 第二艦隊(従来型)


 ・関船  3隻

 ・小早  30隻


 第一艦隊、第二艦隊という名称は内房正木氏の水軍を連れていく際に、急きょ決めた名称だ。


 第一艦隊は里見義頼が指揮をする艦隊で、元々の椎津城攻略に編成された帆走船の艦隊である。

 また、第一艦隊の図南丸は戦闘用に、小早は帆船に改装したもので、要目は以下の通りである。


 [図南丸(戦時改装型)]


 ・主要目

 全長17間(約31m)船幅26尺5寸(約8m) 喫水10尺5寸(約3.2m)

 速力7kt 乗員62人 兵装 旋回式捕鯨弩(バリスタ)1基(艦首)、三寸野砲4門(片舷2門ずつ)、十九年式小銃(16挺)、ほか手榴弾、長柄など多数


 ・備考

 野砲は甲板上に設置。銅板を張った楯板をもつ。後部船室の屋根上を改装し、露天艦橋とする。


 [小早(スループ型)]


 ・主要目

 全長46尺2寸(約14m) 船幅8尺6寸(約2.6m) 喫水4尺1寸(約1.2m)

 速力6kt 乗員20人 兵装 十九年式小銃(10挺)、ほか手榴弾、投げ銛、長柄など多数


 ・備考

 小早を改装。ジブ、ガフセイルを装備。銅板を張った楯板を持つ。


 図南丸型2隻は近付かれる前に砲撃、そして鉄砲で敵を減らしていき、小早は小回りの良さを生かして肉薄し、手榴弾を投げ込む戦術を想定していた。

 この手榴弾は陶器製の丸く小さな壺に黒色火薬と鉛玉を詰め、導火線に火をつけて投げる代物だ。接舷し、白兵戦になった際には効果を発揮するだろう。


 そして、第二艦隊は正木時治らが編成した艦隊で、艪で航行する旧来型の軍船で占められていた。

 船の要目は以下の通りである。


 [関船]


 ・主要目

 全長55尺1寸(約16.7m) 船幅10尺9寸(約3.3m) 喫水4尺6寸(約1.4m) 

 艪数44挺 速力3kt(帆走)~6kt(艪) 乗員61人(水夫45人、兵16人)

 兵装 弓、長柄など多数


 ・備考

 水推型の艦首、折りたたみ式の帆柱、細長い船体で矢倉を持つ。矢倉の一部装甲に竹を使用。里見家では旗艦として利用され、艦隊の主力船である。


 [小早]


 ・主要目

 全長42尺9寸(約13m) 船幅8尺6寸(約2.6m) 喫水2尺9寸(約0.9m)

 艪数16挺 速力3kt(帆走)~6kt(艪) 乗員25人(水夫17人、兵8人)

 兵装 弓、長柄など多数


 ・備考

 水推型の艦首、折りたたみ式の帆柱、細長い船体。足元を隠す程度の楯板を持つ。

 数と快速さを生かして敵船を囲み、弓による射撃、接舷して斬り込むのに使用。


 この時代の軍船は安宅、関船、小早の3つに大別でき、里見水軍では快速さを優先しているため関船、小早が中心となっている。

 凪いだ海では従来型船の艪の方が帆船よりも小回りが利き、速力も出せる。また内房正木氏は江戸湾にて長年戦っているため、地形を知りつくし精強ではあるが、そもそも性能が全く違うため艦隊運動が取れず、戦術も、指揮系統と何もかもが違うのだ。


 これは安泰が教える帆船、航海術、信号旗の使い方などは岡本氏、安西氏、勝浦正木氏の水軍を中心に行われており、内房正木氏にはあまり教えられなかったのだ。

 裏切るかもしれない、という史実での出来事により色眼鏡で見ていたのもあるが、内房正木氏は高い頻度で北条水軍と争っているため損耗が激しく、また水夫たちを長く訓練する時間が取れず、結果後回しになってしまったのだ。


 また総大将とはいえ、義頼は元服したばかりで初陣となる齢11の若造。実際は岡本安泰が指揮を取るが、無理やり艦隊をねじ込んだ連中だ。恐らく命令しても従わないだろう。


 そのため義頼たちは下手に組み込んで混乱させられるより、別の艦隊として扱うようにしたのだ。


 義頼には父上の、あの時の顔の意味がとても良く分かった気がした。


「……まあ、内海ならば小回りの良さはあちらが上だ。江戸湾は波が穏やかだ。ここならば問題は無いだろう。そうだ、そう考えよう」

「そうですなぁ」

 

 ここで、甲板の当直の航海士が号令をかけた。


 下手廻し(ウェアリング)、用意、始め。


 義頼は艦橋から落ちないよう、手すりにしっかりつかまり、脚に力を入れる。


 船が左舷側へ傾き、マストに沿って張られた縦帆が風をいっぱいに受け、速力が増した。現在の風向きは北東。椎津城の方向から吹いているため、一時的に順風下になったためだ。船はそのまま海面を大きく一周し、再び風上に向かって走り出す。後続の船もそれに続いていく。


 帆船は帆が風を受けて走る船のため、真正面から風を受けては走れない。今回のように風上にある椎津城へ向かうには何度も方向転換してジクザクに進んでいかなければならないのだ。


「しかし、あれですな」

「何が?」


 下手廻しが終わり、揺れが収まって再び風上へ走り始めると安泰が話しかけてきた。

 未来には「なんも船長」なんてダジャレ(・・・)があるが、平時で船長でもある安泰にはこれと言ってやる事が無い。当直交代の際に報告を聞くぐらいだ。

 こうやって喋っていられるのは平和な証拠だが、非常時、悪天候や戦の時などは忙しくなる。ついでに、指揮官が戦前でも和やかに喋っている姿でも見せてやれば兵も多少は落ち着くのではないか、そんな理由もあった。


「初陣だというのに、落ち着いていますな」

「ああ、それか」


 安泰にはそれが不思議だった。

未来では年のいった大人であった聞いているが、いや軍人でもない平和な世の中に慣れた人だというのに、傍から見れば随分と落ち着いていた。


「緊張はしているさ。この通り、手も震えてもいる」


 周りに聴こえないよう小声で、安泰にだけ見えるよう掲げた手は小刻みに震えていた。

 武者震いではなく、死ぬかもしれない恐怖からであった。


「ただ、此処まで来たんだ。既に戦に必要な事もやった、最適な人材もいる。後は、何が必要だ、安泰?」

「勝つだけですな」

「そうだな。ならば戦まで総大将は落ち着いて構える事にしよう」


 義頼は微笑を浮かべ、手を降ろした。

 指揮官、特に総大将の挙動は士気にかかわる。どっしりと構えていれば兵は落ち着き、怯えていれば、士気は落ちる。普段通りの姿を兵たちに見せつけなければならなかった。戦に出る以上、歳は関係ない。それに、この身体はまだ齢11であったが、中身は未来では働いていた大人だ。意地やはったりをかます方法の1つや2つぐらい、持っていた。


「それに、此処で死ぬ気はないな。戦艦をまだ設計すらしていない」

「まだあきらめていなかったのですか……」


 元通りに軽口を言う義頼に対し、安泰の言葉には呆れが混じっていた。先程までの雰囲気がぶち壊された気分だった。義頼は何を当たり前なことを、という顔だった。


 ある〝会合〟の際、義頼――その時は五郎だった――は実元に艦船用の蒸気機関を作って欲しいと頼んだことがあった。


 実元からの返答は「無理」の一言であった。


 当然である。

 蒸気機関は構造を知ってはいるとはいえ、開発には莫大な資金と時間が掛かる。帆も無く、機関だけで推進する近代艦船を再現するには更に小型化が必要であった。それに、例えあったとしても燃料を補給できる場所も無いので(補給基地を作っても、その頃には戦国時代が終わっているだろう)、結論として無理なのだ。

 何より、中間管理職的な位置にいる実元は既に仕事を抱え込み過ぎで過労死しそうであった。過労で死んだ武将なんて後世で笑い話にしかならない。

 それでも義頼は独自に館山の職人街で開発を進めており、艦載用の蒸気機関を諦めていなかった。


「折角の権力者だ。夢は諦めるわけにはいかないだろう?」

「そりゃ、そうですが。何かこう、権力の使い方が間違っている気がしますよ」

「連合艦隊だって見たいじゃないか。夢の八八艦隊とか」

「これもある意味では連合艦隊となりますよ」

「勘弁してくれ。こんな寄せ集めみたいな状態で、連合艦隊とか豪語してもな」


 互いに軽口を叩きあう中、マストに上っていた見張り員から声が投げかけられた。


 「右舷前方、此方に向かう艦隊を発見!」


 その言葉を聞き、横目で見やる。既に武将の顔となっていた。

 平和な時間は終わりだな、と呟き、義頼は腰に下げた望遠鏡で確認する。

 かなり遠く、そこに船の塊があった。此方に向かっているような動きだ。日常から目を鍛えている見張り員とは違い、目が良いとは言えない義頼にはよく分からなかった。


「……さっぱりわからん。全く見えない」

「まあ、彼らは目に良さそうな物ばかり食べていますから。直ぐにはっきりと見えますよ」


 それから安泰の言う通り、四半刻もしないうちに敵の艦隊がはっきりと見えるまで接近した。


「……真里谷水軍の関船と小早だな。だが大きさに統一感がないな」


 船にある旗は「割菱」。数は関船が1隻、小早がおよそ40隻。中心に関船を置き、周りに小早を置いた〝鶴翼の備え〟を取っていた。その名の通り、鶴の翼を広げたような攻撃的な陣形だが、普通の水軍では無かった。速力は遅く、小さな漁船や明らかに老朽化した船まで、寄せ集めと言っていい艦隊であった。


「いえ、普通だと思います。小早も船に積む短艇の様な大きさから関船並みまで幅が広いですし、足りない分は民衆から徴発したのでしょう」

「そう言うもの、か?」

「そう言うものです」


 そう言い切り、安泰は「縮帆、速度を降ろせ」と号令をかける。帆から風を抜き、速度を緩める。第二艦隊は戦のために帆柱を倒し、艪走に切り替えるためだ。

 ほどなくして、戦闘準備が終わる。進行方向に対して第一艦隊が左、第二艦隊が右となり、併走の形で動き始める。敵艦隊は変わらず、直進していた。


「右舷、砲撃準備にかかれ」


 砲兵が準備を始める。

2門の艦砲に装薬が入れられ、砲弾が装填された。弾種は通常弾。

 そして信号が送られ、第一艦隊は第二艦隊から離れる。図南丸型2隻は戦隊を組み、第二図南丸は併走から追従する形となった。小早は離れ、図南丸型の左舷後方に移動していた。


「目測距離、600間(約1090m)」

「有効射程内ですが、撃ちますか?」

「いや、もう少し近づこう。逃げられたら厄介だし、砲弾の無駄遣いは出来ない」 


 義頼の言う通り、図南丸が載せている砲弾はそこまで多くなかった。

 それも有るのは殆どが通常弾で、陸で多用するため榴弾は少なかった。生産量が少ないのもあったが、扱いが難しいという理由だった。

 木造船に対して有効ではあるが、導火線式の榴弾は爆発が不安定で、水が掛かったら消えてしまう欠点があった。陸とは違い、海では海水がかぶりやすいため、より爆発しない可能性があった。

 また、図南丸型には兵を乗せるために普段より人が多く、火薬に引火して吹き飛ばない様に注意を払うためそれほど載せられなかったのだ。江戸湾にいる船は大型船は少ないと聞き、和船ならば通常弾でも有効なので、特に問題では無いとされた。

 例え外れても威嚇にはなるが、それで逃げられたら厄介だ。ここで殲滅させるには、近距離で当てる方が良いと判断した。


「となると、300間(約545m)で撃ちますか」

「その方が良いだろう」

「では信号旗を上げましょう」


 後方の第二図南丸にも伝えられる。

 そのまま第一艦隊は近づき、その後、左へ転舵する。T字砲撃をするため、敵艦隊に向けて船の横っ腹を見せた。


「距離300」

「艦砲、撃ち方始め」


 号令と共に砲撃が始まる。

 2門の砲金色の砲身から砲炎が溢れ、同時に轟音と衝撃で露天艦橋を揺さぶる。

 義頼は落ちないよう手すりに捕まり、脚を踏ん張らせた。

 直後、後方からも轟音が響いた。第二図南丸も砲撃を始めたのだ。


 2隻が放った砲弾は前衛の小早2隻に命中した。


「初弾、命中です」

「見事だ。安泰、次弾装填だ」

「はっ、次発装填!」


 義頼は落ち着いた口調で命じた。内心では歓声を上げていたが、まだ敵の数は多く喜んでいられなかった。

 数十秒後、再び砲撃準備が整う。


「撃てェ!」


 再び轟音と衝撃が襲う。同じく2隻の小早に命中。うち1発は海面で跳弾してからであった。


「止まりませんな」


 安泰の言葉には感嘆と驚きが含まれていた。

 真里谷水軍には未知の攻撃であるはずなのに、混乱もせず、陣形を保ったまま怯むことなく突進してきた。それだけも驚きだが、まだまだ戦意は高いとばかりに速力を上げ、弓を射かけてきたのだ。弓では遠距離で中々届かないが、時折楯板に当たり、軽い金属音を響かせていた。


「榴弾を使おう。埒があかん」

「それしかありませんな。――弾種変換、榴弾、装填準備!」


 艦砲射撃はあまり当たらないものだが、榴弾が上手く炸裂すれば、纏めて何隻か沈められる。

 時間はかかったが榴弾の装填が終わり、号令をかけようとした直後、見張り員が絶叫した。


「大変です!第二艦隊、第二図南丸の射線に割り込んでいますッ!」

「なんだとッ!何を考えているんだッ!」


 慌てて後方を見れば、此方の射線を防ぐ位置にあり、〝魚鱗の備え〟で突進する第二艦隊の姿があった。


「手旗信号ッ![どういうつもりだ?]」

「―――――返答、有りません!」

「わざとか……」


 この時、第二艦隊の船軍者(せんぐんしゃ)(艦隊の指揮官のこと)は焦っていた。

 発言力を増すためにも活躍するよう、目に見える功績を残せと正木時治から直々に命を下された。成功すれば恩賞は思いのままだとも言われた。

 最初から命令を無視して突撃する気であったが、第一艦隊が砲撃――最初は何のことか分らなかった――を始め、突然の轟音で呆然としていたのだ。

 僅かな時間で数隻の小早は沈み、このままでは活躍もせず戦が終わると感じていた。

 そして図南丸からの砲撃が一時的に止んだため、これ以上取り分を減らされない様に射線をふさぎ、突撃を始めたのだ。流石に、味方ごと攻撃はしないだろうとの考えから。


 その目論見は成功し、図南丸2隻は砲撃ができなくなっていた。本来なら直ぐに砲撃すればまだ間に合ったが、第二艦隊の動きと、装填されていた榴弾の殺傷範囲が広いことから発射を躊躇させた。


 そして、2つの艦隊は弓を射掛け合い、第二艦隊は突進し、真里谷水軍は受け止めるように〝鶴翼の備え〟でぶつかりあった。


「……中止ですか?」

「……分かっているだろう、これでは第二艦隊に当たる。砲撃は中止だ」


 義頼は、自分の顔が怒りで歪んでいるのが分かった。


 ――ああ、クソッ!連れてこなきゃ良かったッ!!


 思いっきり叫びたかった。今すぐに罵ってやりたいぐらいだ。

 だが此処は戦場だ。心の奥底から湧き上がってくる何かを無理やり抑え込む。

 義頼は出来るだけ危険な白兵戦は行わず、砲撃と銃撃だけで殲滅する気であった。

 だが、こうも乱戦状態では敵味方が判別できず、砲撃も銃撃も危なくて出来ない。


「安泰、第二艦隊の支援をする。接近させてくれ」

「はっ」


 不本意ながら白兵戦を決め、準備に取りかからせる。砲弾や炸薬は全て木箱に仕舞い込み、船内に持って行く。代わりに、長槍、薙刀(なぎなた)薙鎌(ないがま)、熊手などの長柄と鉤付きの綱を持ってこさせる。銃兵も銃剣を装備し、白兵戦に備えた。


「あ、え?敵艦隊が退いています!」

「なに、ここで退くのか?」


 おかしい。

 あれだけ戦意が高かった割に、撤退が早すぎると思った。

 確かに、真里谷水軍は船軍者が乗っているらしい関船が10隻ほどの小早と離脱しようとしていた。


 それ以外の小早がもうやられたのか、全く動きはしない。兵が少なかったのか?追撃の妨害の為か、弓を射かける他に第二艦隊に向かって何かを投げている。石か?

 第二艦隊は追撃するため、小早をどかそうとしている。何故、動かない?見れば、海面から漁網が―――。


「――安泰、罠だ!」

「全艦、取り舵一杯!」


 義頼の叫びを受けて、直ぐさま安泰は号令をかけた。

 第一艦隊は大きく旋回し、第二艦隊から離れていく。


「第二艦隊、逃げろ!火船戦術だ!」


 義頼は第二艦隊に伝えるため信号を送ったが、もう遅かった。


 後退した関船と小早から火矢が放たれる。

 破棄した小早は綱と漁網で繋いでおり、中に残されていた大量の藁と油に引火し、辺り一面炎の海となった。

 辺りから悲鳴と怒号が上がる。

 後退だ、急げ、漕ぐんだ、と必死にがなり立てているが、戦闘に参加していた艪の漕ぎ手は動揺から足並みが揃っていなかった。

急いで逃げようと艪を漕ぐ動きはバラバラで、幾つかの艪は敵が仕掛けた網に引っ掛かっており、使えなくなっていた。

 真里谷水軍は更に火矢と、油の入った壺を投げつける。火の勢いが増していく。


 船が燃えていく。

 人が死ぬ。

 火が迫る。


 耐えきれず、一人が海へ飛び込むと全員がそれに倣った。武具や鎧、服も何もかも投げ捨て、海に飛び込んでいく。

 逃げるな、おい、逃げるな。船を後退させるんだ!

最後まで叫んでいた船軍者は、乗艦の関船ごと焼かれていった。


 異様な光景を目の当たりにした第一艦隊は、絶句していた。

 第二艦隊の水夫たちは生きたまま焼かれ、この世とは思えない絶叫を残して死んだ。

 海面には死体と残骸が浮いており、風に乗って油と木や鉄、そして人が燃える嫌な臭いが漂ってきた。


 更に、第一艦隊に対して災厄が訪れる。


「右舷に新たな艦隊!大きいです!!」

「……やってくれるな」


 その艦隊を見やった義頼は歯から音が出るほどにかみしめた。

先の艦隊より大型船で陣形を組み、此方に進む艦隊。数は関船4隻、小早20隻。風を受けて翻る旗は「割菱」と「三つ盛鱗」。


 真里谷・北条水軍、その本隊が襲来した。


誤字・脱字が有りましたら、ご報告お願いします。


用語解説


・薙鎌

古くから使用される長柄の鎌。帆船の帆や綱を切るのに使用。


・熊手

古くから使用される扇状に広がる歯を持った長柄。

敵船を引っ掛けるのに使用され、先端にある熊手には鎖が取り付けてあり、柄を折られても、熊手が相手に引っ掛かっていれば鎖でたぐり寄せることが可能。


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