第11話 北上開始
第11話です。楽しんでもらえれば幸いです。
今回は短い&陸戦です。
※注意
今回は戦の話のため、グロテスクなシーンがあります。人によっては気分が悪くなります。苦手な方はご遠慮ください。
天文20(1551)年8月21日、椎津城城主、真里谷信隆が病死す。
その報告を受けた義堯は直ぐさま待機していた8,000の軍勢を引きつれて、北上を開始。上総笹子城を強襲した。
里見氏が前々から動員を行っていたため、真里谷氏や北条方も対抗して軍備を整えていたものの、戦が始まって僅か半日で城主の真里谷信清らは討ち取られ、周辺地域を次々と制圧していった。
この結果に真里谷氏は慌てて小田原の北条氏に加勢を請い、また佐是城城主の佐是国信、真里谷家臣団である真里谷四郎次郎らが手勢を連れて椎津城に入城。兵力を集結させていた。
また、支城である久保田城では笹子城の残存兵力及び城主の真里谷信常と上総国にいる北条方の守将、間宮景頼、浦田助五郎らは合わせて5,000の軍勢で小櫃川にて里見軍を迎え撃つべく布陣。
里見軍も小櫃川を挟んで布陣。
既に半日もの間、睨み合いが続いていた。
*
「おのれ、あの馬鹿共が!」
真里谷・北条軍、本陣。
久保田城主の真里谷信常は怒鳴り散らしていた。その罵倒する相手は2人いた。
上総武田氏の中心人物であった真里谷信隆が病死して直ぐに攻めてきた卑怯な里見義堯と、北条から守将としてやってきた間宮景頼である。
里見義堯はまだ良い。敵だからだ。奇襲も戦術の一つだ。
だが、間宮景頼は許せなかった。
かつて景頼は佐貫城の城主であったが、里見義舜に攻め立てられ、味方を捨てて逃げ出した。この時、追撃を受けていた景頼を助けたのが信常であった。
また、2,000の軍勢を引き連れて笹子城の救援に向かったが、里見の軍勢を見るや直ぐに椎津城へ逃げようとしたのだ。途中で偵察隊が発見し、捕まえて軍勢に組み込んだものの恩を仇で返し、命を懸けようともしない男を信常は信用できなかった。できる筈も無かった。
もしかしたら、城主の真里谷信清は助かったかもしれない。
そう考えると、腸が煮えくり返りそうだった。
「……今、何時じゃ?」
「う、午の下刻でございます」
隅で縮こまっていた近習に時間を尋ねる。現代ならば、12時から13時までの間となる。
怒鳴り散らして少しは落ち着いたのか、信常はフン、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、床几に深く腰を下ろした。
「奴らめ、何を考えている?」
深く深く、息を吐きだしてどうにか落ち着いた頭で信常は考える。
だが、どうしても里見軍の動きが理解できなかった。
北上して笹子城を奇襲し、占領したかと思えば、今は半日もの間、睨み合いだけで済ませている。勢いのままやって来るだろうと考えていただけに、やや拍子抜けである。
それに時間を稼げば北条から更に増援が出され、此方が有利となる。何年もの間、北条と戦い続けた義堯がそんな事も分らない筈がない。
だからこそ、義堯が、里見軍が何を狙っているかが分らない。
「野戦で此方を打ち破るだけの自信があるのか?」
里見軍は8,000。真里谷・北条軍は5,000。
こちらの数が少ないが、だからと言って必ず里見が勝てるほどの兵力差でもない。
「夜間渡河を狙っているのでは?それならば理由となります」
「ふうむ、成程な。確かに有り得るが……」
恐る恐る、といった感じで言う近習の言葉に一応の納得は見せる。
夜戦は有り得る。だが、違う。
信常が戦で培った長年の勘がそう告げていた。
「……隊形を密集させよ。防御を固めるのじゃ。特に北条の奴らには直ぐ逃げないよう後ろに隊を置くのじゃ」
信常は勘に従い、防御を固めることにした。北条の奴らを後ろから槍でも突いてやれば盾にでもなる。それならば正面からぶつかっても負けない、そう考えていた。
近習が返事をしようとした瞬間、対岸から轟音が響いた。
「何事じゃ!?」
「わ、分りませぬ」
ヒューンと大気を切り裂く様な、鏑矢のような音と共に何かが陣に大穴を開け、土ぼこりが舞い上がった。
暫くして、「鉄の塊です。鉄が飛んできました!」という報告が信常の元へ寄せられた。
「どういうことじゃ!?」
返答の代わりに、再び轟音が響き、今度は空中から耳をつんざくような轟音と周囲から悲鳴が上がった。
「な、なんじゃッ!何が起きたのだ!?」
「わ、分りませぬ」
「ええい、どけ!」
苛立った信常は立ち上がり、近習の制止を振り切って陣幕を出た。
陣幕から出た信常が見たのは、空中で雷にも似た轟音と共に兵や馬たちが穴だらけになって倒れ伏す姿であった。
*
里見軍、後方。
「……弾着、敵陣前衛に命中」
「よろしい。此方でも確認した」
観測手からの報告どおり、敵陣に命中したことに実元は満足する。
実元は後方にて、三寸山砲8門からなる砲兵部隊を指揮していた。
三寸山砲はその名の通り山岳での使用を考えられた大砲なので、砲金色の砲身は短く、重量も軽い(それでも総重量は70貫近かった)。
分解すれば馬2頭に駄載でき、他の砲より機動力が有るため既に完成していた8門だけを持ってくることになった。
新兵器であるが故に運用方法が確立していないこと、何より砲兵たちは訓練不足ではあったが、直接照準で、動かない敵軍を大体のあたりをつけて命中させるのはそう難しいことでは無かった。
「弾着までの時間は?」
「およそ7秒です」
実元の問いに、木箱の上に置いた砂時計を見つめていた一人が声を上げる。
戦国時代に秒は無かったが、火縄式時限信管を使うには必要であったため平時の心拍数を基に砂時計を開発していた。
「さあて、皆の者。ようやく此処まで来た。訓練通りにやろうか」
指揮官ならばもっと気の利いた言葉を言うべきなのだが、実元には良い言葉が思いつかなかった。それでも研究、開発と実元の家臣として長い付き合いになる砲兵たちは意を酌んで実元に振り向き、にっかりと笑って答えた。
それを見た実元も笑って返し、
「全砲、仰角・方位を一番砲に合わせろッ!弾種は榴散弾、火縄は三番を使え!」
と砲撃準備を命じた。
命令通り、砲兵たちは準備に取り掛かった。
砲内をブラシの付いた掃除棒でススや燃えカスを掻き出し、油脂を塗った紙袋に入った褐色火薬―――黒色火薬よりも燃焼速度が緩やかな、炭化していない褐色木炭を使った火薬。砲身に掛かる圧力を減らすために開発された―――を砲口から袋ごと入れ、砲弾のリベットを砲の旋条に噛ませて奥までしっかりと押し込む。
砲弾は鋳鉄製で、どうにか製造したものだ。弾頭には火縄の三番、6秒ほどで炸薬に引火するように調整した火縄を入れており、中には炸薬と鉛玉が詰め込まれていた。引火すれば砲弾が爆裂し、鉛玉が飛び散る様になっていた。発射の際に火縄が発火するので火はつけない。
砲尾には火門と呼ばれる細い孔が砲口内の火薬位置に繋がっており、長い針で火薬袋に孔を明け、火の通りを良くした後に、粉末状の点火薬を火門に入れる。
各砲の前に出た砲員が真っ直ぐに紅白に色分けされた測量棒を立て、一番砲の仰角に合わせていく。
後は、火縄で点火させるだけだ。
「砲撃準備、完了です」
「ようし」
実元は満面の笑みで答え、大きく息を吸って、号令を吐き出した。
「砲撃開始ッ!」
点火。
実元の号令よりも大きな轟音と共に8門の山砲が火を噴き、砲弾が真里谷・北条軍に向かって行った。
*
「流石は実元。良い仕事をする」
里見軍、その中央を任されていた義舜はそう呟いた。
目の前では空中で炸裂し、轟音と共に数十発の鉛玉が吐き出されて真里谷・北条軍に降り注いでいた。砲弾が降り注ぐたびに敵陣から怒号と悲鳴が上がり、馬は轟音に慌てふためき、馬主を振るい落として逃げ回っていた。
「いや、馬だけではないか」
轟音と恐怖で足軽だけでなく、武将達までが状況を把握できず混乱している。 既に逃げ出している兵までいた。彼らからすれば戦での食料と小遣い稼ぎを目当てに来ているのだから、こんな所で訳も分らず死にたくはないのだ。
ただ持ってきた砲弾は少ない。運ぶのも製造もできなかったのだ。砲撃もそろそろ終わりだろう。
「さあて、此方も行くとしよう。このままでは実元に手柄を全部持っていかれる」
義舜は「前進開始」と号令を下す。左右の部隊を指揮する正木時茂、土岐為頼も小櫃川の渡河地点まで素早く進めていた。ここに橋は無いが、川は浅く人が立つことができた。
また、里見家の鎧は山岳や海上での使用を考えているために軽く、徒歩での動きやすさを優先しており、駆け足で突っ切ることが可能だ。
「突撃開始ッ!」
砲撃が止むと同時に、号令と共に手槍を持った足軽たちが雄叫びと共に渡河を開始する。
気が付いた敵兵たちが慌てて長槍を構えるが、もう遅い。
「鉄砲隊、撃ち方始めッ!」
渡河中の足軽たちを支援するため、川岸に横列二隊に並んだ鉄砲隊が敵陣に向けて発砲する。川幅はおよそ60間(約109m)で、十九年式小銃の射程圏内であった。
銃声が轟き、真里谷・北条兵はバタバタと斃れていく。
敵兵は再びの轟音と恐怖で身を縮こませている。
「装填、急げ!」
ガチャガチャと音を立てて銃弾を装填する。
―――装填良し。
「撃てェ!」
間髪入れず二度目の斉射。今度は敵の数が少ないせいか、倒れる者が少ない。
必死に指揮官らしき人物が声を上げ、纏め上げようとするが動きが鈍い。兵たちは逃げ出そうとしていた。
「もう一度だ、撃て!」
駄目押しとばかりに三度目の斉射。川岸にいる敵兵は数えるのみとなった。
そこへ、渡河中だった足軽たちが対岸を駆け上がり、更に蛮声を張り上げて恐怖で立ち竦んでいた敵兵たちに襲いかかった。
「鉄砲隊は本陣へ後退しろ。突撃するぞ」
「しかし、既に敵勢は既に壊乱しております。雑兵だけで良いのでは?」
「それでは時間が掛かり、敵に立て直されかねん。ここは一気に押しつぶすべきだ」
義舜は有無を言わせなかった。
「俺も前線に出る」と、近習に馬を用意させる。そして颯爽と馬上の人になるや、腰から太刀を引き抜く。その動きには無駄はなかった。
「行くぞっ!」
両足で腹を蹴るや、愛馬は大きく嘶き、駆け出した。
義舜は家臣らを引き連れて渡河し、敵陣に着くや愛馬から飛び降りて大音声を張り上げる。
「聞けぇ!俺は里見義舜。腕に覚えのある者はかかってこい!!」
義舜は言うなり、駆け出して呆然と立ち竦んでいた敵兵に一撃を加えた。
鈍い手応えと共に、振るった太刀が敵兵の首を斬り裂く。敵兵は手で首元を抑えるが、隙間から血が吹き出していた。
振り向かず、駆け出したまま近くの敵兵を袈裟切りにする。脳天から下へ叩き割られた敵兵が白目をむいて力なく膝から崩れ落ちる。辺りには鼻をつく強い臭いがした。
「お、おりゃぁァァ!?」
鎧兜を纏った敵兵の一人が、叫びながら槍を突きだす。義舜は僅かに重心を左に移す。鎧を擦る様に穂先が掠めていくのを見やり、左手で槍を掴む。
次の瞬間、義舜は横薙ぎに太刀を振り抜き、その首を斬り落とした。
「ひ、ひいいィィッ!?」
首が落ちて、理解した周りの敵兵たちが悲鳴と共に我先にと逃げ出していく。
どうやら、ここいらの指揮官だったらしい。
「皆の者、俺に続けぇ!敵を一気に押しつぶすのだ!!」
義舜の声に兵たちは口々に喊声を上げて答える。再び駆け出し、敵本陣に向けて突撃を始めた。
周りには義舜を遮るものはいなかった。
―――半刻後。
義舜らが中央から斬り込み、敵の旗本と交戦している中、「敵将、真里谷信常は討ち取った!」という言葉が戦場に流れた。
敵兵を斬り捨てて、見れば敵の本陣からは勝鬨が上がり、三つ引両の旗が翻っていた。正木時茂の部隊が本陣へ突入して討ち取ったのだろう。
「……流石は〝槍大膳〟。これで終わりだな」
同時に、呆気ないな、と義舜は内心思った。笹子城でもそうだったが、もう少し粘るかと思っていた。だが野戦で、この時代での大砲の効果は凄まじいものだったようだ。
敵軍もその報を聞いて忠義として最後の攻勢に出るか、逃げ出していた。
前者は直ぐに討ち取られ、勝鬨が上がった。
「追撃しますか?」
やや息を切らした家臣の問いに、義舜は「いや」とだけ答える。家臣の顔は戦場での興奮と返り血で真っ赤になっていた。自分も返り血で酷い状態だろう。
「これだけ叩いたのだ。十分だろう」
義舜は初めて振り返り、その惨状を見やった。
地面はどす黒い血で染まっており、脚を動かすたびにぐちゃりと粘ついた音がした。地面だけでなく、折れた旗指物も血を吸っており、折れた太刀や槍も散乱して輝きも無い黒一色だった。
いや、僅かに黒一色の中に白い物もあった。指や手足だ。他にも穴だらけになった身体が転がっていた。
共通して、どれも首は無かった。恩賞を貰うためだ。
呻き声を上げる者もいない。雑兵たちが止めを刺しているからだ。
既に鼻も頭も麻痺しているが、この場にはむせ返るような血と排泄物の臭いが漂っていることだろう。この光景を見ても、何も思い浮かばなかった。
遠く、本陣から退き鐘の音が戦場に響いた。この合図で時茂、為頼の部隊も撤収を始める。
「終いだ。戻るぞ」
感情の無い声で命令を下す。
義舜は勝鬨と鐘の音を聞きながら再び馬に跨り、家臣と共に本陣まで後退した。
―――野戦の結果、真里谷・北条軍は壊滅。
真里谷信常らは最後の一兵まで奮戦するも、討ち死。間宮景頼、浦田助五郎らは僅かな手勢を連れて椎津城へ撤退した。
里見軍の損害は軽微であった。
誤字・脱字が有りましたら、ご報告をお願いいたします。
戦闘シーンが難しい&短い……、どうにかしなければ。
※2014/10/8 指摘された文章の修正を行いました。




