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3種の神器



「あいつ…」






「ふざけんな、なんであいつだけ楽しそうなんだよ。俺は今打たれてへこんでんだよ。楽しそうにしてんじゃねえ、あとで100回殺す!」

今の気持ちを全て吐き出すと気持ちが楽になった気がした


「お前の友達か…まあいい、落ち込んでんじゃないなら大丈夫だな。ほれ、村澤討伐すんぞ」

原田は肩をぽんとたたいて元の位置に戻る






一息ついて原田のだすサインを確認する。サインはカーブ





先程とは違い指に引っかからないようにして抜くように投げ込む


スピードの落ちたボールは村澤のバットの手前で更に変化して膝元まで落ちる。何とかカットするもののボールはファールとなる
















(村澤の体勢を崩すか…でもこの程度じゃ、普通のカーブだな。やっぱりあと1,2球種ほしい)



原田の思考はチーム構成を思い浮かべている。健太と1年にいる左利きをとりあえず鍛え上げて、肩の強いやつをもう一人投手として控えさせたいという考えだ。そのためにも主軸となる健太の成長にかかっている。縦に大きく曲がるカーブ、これは確かに打ちづらいが速球あっての変化球であり、まだ、健太の球速では足りないという考えもある






もう一度、カーブの要求がくる。健太はボールを握り直し、一度息を吐くと振りかぶる。先程と同じモーションから腕が振り出されてボールを抜く




(さっきよりも早い!?まっすぐか、しかし、この程度なら!!)


村澤の振り出したバットとボールが当たる瞬間、直球の軌道を描いていたボールが急にブレーキがかかったように落ち始めてバットを避けて地面へと直撃し、反応しきれなかった原田の横を通り、後ろの壁に当たる




ボールも拾わずに原田は立ち上がると健太へとダッシュをする。キャッチャー防具の重さなど気にもならないくらいに早く、足取りが軽かった



「おい、久保!お前今のなんだよ、1球目と変化が違うじゃねえか!!」


怒ってはいないようだが大きな声で、しかし表情は明るい。楽しそうに、まるで見たことのない物に興味津々の子供のように



「カーブです!一応…。1球目はカーブ、2球目のは速いカーブです…あともう一つスローカーブがあります!」

なんと健太は3種類のカーブを使い分けているのだ。中学時代からずっとカーブのみの投球をとってきたし、自分の投球スタイルであると健太も思っている



(これだ…中学のあの試合だって俺たち呉越を抑える実力はあったと思う。味方のエラーが健太を追い込んだんだ、強打された打球を味方が取れないから直球で抑えこもうとして自滅した)


村澤は原田がキャッチャーの位置に戻ったのを確認すると2回素振りをしてバッターボックスへと戻る。追い込まれても変わらない威圧感、堂々とした構え、確かに最強の打者である。ここまで堂々とされるとどっちが追い込まれているのか分からなくなる



原田のサインはスローカーブ外角のボール球だ。村澤の堂々とした構えすら気にならないほどの大きく構えた原田が安心感を与えてくれる




投げ出されたボールは一度ふわりと浮き上がり、そこから急降下を始める。村澤のバットが外角のボール球を捉えてレフト方向に打球を飛ばし、ファールラインを割ってファールになる






(まじかよ、もう1種類あったのか…)

純粋に驚かされる村澤は一度バッターボックスを外すと考える。次の球はストレートなのか、カーブなのか、早いのか遅いのか、色々な思考がめぐり村澤の頭の中を支配していく






健太が投げ出した1球に村澤のバットが振り出される



(思った通り、スローカーブの軌道を植え付けてからの直球。一回打たれてるから投げてこないだろうというこっちの思考を読んでの配球…でも、捉える!!)





バットとボールの接触の瞬間



そこからさらにボールが沈み込む



空を切りむなしく振り切られるバットをあざ笑うかのようにボールは原田のミットへと収まり、気持ちのいい音を鳴らす






「よっしゃああああああ!!」


校庭に大きな声が響き渡る。マウンドにいる健太ではない、村澤でも、原田でもない、体育館近くで見ていた洋平だった。呆れたような表情で洋平の方を向くと両腕を上げて手を振る






「いい投手だな。球速、スタミナ、コントロールにもう1球種くらいほしいな、足りない物を挙げればきりがない。それは俺たちチーム全体がそうなんだけどな、とりあえずやっと発進できるな」

原田の言葉を聞きながらマウンドではしゃぐ健太を眺める村澤であった

昼休み後の授業はなかなか集中できなかった。マウンドの空気、緊張感、それらが無くなるとどっと疲れが出てきてしまい体の力を奪われた。机に突っ伏して窓の外を眺める、相変わらず村澤のバッターボックスでのプレッシャーはすごいものだと感じたし、もう一度勝負したら勝てる気がしなかった



午後一の授業はあの適当な数学の教師の授業であった。たとえ生徒が寝ていても注意すらしないし、教壇の椅子から立とうとはせずに数学なのに問題を言葉で読み上げて生徒に解かせて、さらに生徒の回答を読み上げさせて正解か不正解かを判断している




「ねぇねぇ…健太君?」


隣の席から声がして顔だけを風香の方へと向けると疲れ切った体に染み渡る天使の笑顔がそこにはあった。言葉を発さずにじっと見ていると少し顔を赤らめて風香が目線をそらした



「健太君って野球やってたんだね!最後の球はカーブだよね?カーブの種類たくさんあるんだね!最初の一球目のストレートは打たれちゃったけど、あの3種類のカーブがあればストレートも生かせるね、まあもう一球種ほしいところだけどそれは筋肉を付けてストレートの球速を上げてからでもいいかもね!」


「…なんかめっちゃ詳しくない?」


「野球大好きなんだ!少年野球まではやってたんだけど、中学からはやっぱり男女で体格差がでてきちゃうからね。諦めちゃったの…」

さみしそうに、切なそうな顔をする風香を見て健太まで切なくなってくる


「じゃあ、ここで、マネやれば?」


「うん!さっきね健太君の投げる姿見てて、あとね中学の事も洋平君からきいてね、私も頑張ろうかなって思った!」


前方に座り、机に肩肘を立てて居眠りしている洋平を見ると憎しみがわいてきた。こいつ勝手に人の過去ばらすなよ、よけいなこといってねえだろうな



「だから、放課後行くよね?一緒に行こう!」


なんだ、ただの天使か。健太の苛立ちも一瞬で消えた





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