唐突に
「クボケン、おはよっ!」
昨日、村澤に大声を出して出て行ってしまった洋平はいつもと変わらず明るい挨拶をする。高校の最寄駅で待ち合わせをして高校まで行く。別に健太がそうしたい訳じゃない、勝手に待っているのだ。高校にほど近い場所に洋平の家はあるため、駅に来ると無駄足なのだが何故か駅で待っている
「おはよ、洋平」
「おっ!今日は眠そうじゃないな!早めに寝たのか!」
「別に俺が何時に寝たっていいだろ」
「冷たいこと言うなよ~…今日は荷物が多いな。陸部の準備か?」
昨日の入学式のときには持っていかなかったスポーツバッグを見つけると興味津々でバッグの中を覗こうとするが、健太に頭をたたかれてみるのをあきらめる
「えっちぃ本でも入ってんのか!おいおい!見せろよ!」
わざと大声を出して周りに聞こえるように言いやがった。案の定、周りの女子生徒がこっちを引いた目でみてるし、くすくすと笑われている。しかし、少しも気にならなかった。それよりも昼休みの事で頭の中がいっぱいだったのだ
「ちぇーつまんねえ反応だな~」
つまらなそうに頭の上で腕を組む洋平は周りを歩いている女子に挨拶をしている。自分クラスにはいないはずの女子に声をかけて挨拶をする、しかもこいつ名前覚えてやがる。普通の男子なら引かれるような行為も洋平のイケメン笑顔に挨拶を返してしまう女子が多い
クラスにつくとまだ、空気がぎくしゃくしている。まあ、新学期特有のまだ慣れない感じってである。そんな中でも元気のいい挨拶をする洋平に注目が集まる、あまり目立ちたくないので健太はこそこそと自分の席に戻っていく
「ふ~…毎朝は疲れるな。ほんと別のクラスがよかった」
「そうなの?二人は仲よさそうだけど!」
突然声がしたので窓の外を見ていた顔を隣の席へと向けると女子が座っていた。確か名前は,,,うん、忘れた
「久保君今、名前忘れたって思ったでしょ?ひどいな~」
少し頬を膨らませる
「わりぃ,,,ちょっとまって、うーん、えっと、「宮崎風香ちゃんだぜ!」」
前方から声がする。挨拶を一通り終えて帰ってきたのだ、せっかくの女子とのひと時がだいなしである。ってかなんでこいつは全員の名前、しかも他のクラス(女子限定)の名前覚えてんだよ
「わぁ~、あたり!覚えてくれたんだね!野口君!」
「女子の名前を憶えていない男子とか終わってるよ…」
ちらりと健太の方を見るとにやりと笑う
「それと、俺のことは洋平、そしてこいつはクボケン、俺たちは風香ちゃんって呼ぶからさ!」
なんで俺だけあだ名なんだよ、という愚痴を心の中で押し沈めて会話をする二人をよそに窓の外を見る。朝練のある部活動に生徒たちが続々と練習を終えて校舎に入ってきている
「クボケン、お昼どうするよ!俺は風香ちゃんと他の女子たちと一緒に外で食べるけど、君も来るかね」
仕方なく誘ってやったみたいな顔をして、腕を組んでいるこいつがむかつく。ってか手が速い。中学時代に先輩に彼女に手を出して殺されかけたのを忘れたのだろうか
「ん~俺はいいや。ちょっとやることあるんだわ」
「何!!クボケンが女子とのランチを断っただと!?今日は大雨だあああああ!」
雨など降らない、天気予報は降水確率0%、しかし、洋平の大声に反応して「傘持ってくるの忘れた」だの「まじかよ」だの驚きの声があがっている。こいつまじでいつかシバいてやると心に決めた健太であった
授業は暇だ、大体が先生の自己紹介で終わっていく。特に数学担当の先生のやる気のなさが究極的すぎてやばい、まず自己紹介で名前を黒板に書いて…それから自習なって言って出て行ったっきり戻ってこなかった。自己紹介すらままならないとか凄すぎるだろ。なんか不安になるなこの高校
洋平は周りの女子ととにかく話しまくっている。前、隣、ななめ後ろが女子という恵まれた洋平の席は他の男子の憎しみのまなざしを一身に浴びていた。しかし、気にすることもなく、楽しそうに反し続けている。これもこいつの才能か
昼休みを告げるチャイムが鳴り響く
「んじゃ、いってくるわ、クボケン!」
「健太君またあとでね!」
風香と洋平がクラスを出たのを確認するとスポーツバッグを片手に下駄箱へと向かう。足取りは重くない、むしろちょっとだけ楽しみだ。もっと怖がってからだがふるえると思ったけど大丈夫だ
校庭の隅にある野球部のグランドには二人の人影があった。村澤ともう一方はキャッチャー防具をつけた大きな体の男だ
「お、来たな。久保健太!俺は野球部キャプテンの原田だ!よろしくな!」
ミットを外し握手を求めてくる原田に少し戸惑いながらも握手を交わす。手の感触はゴツゴツとしており、一発でこの人が毎日どれだけバットを振っているのかが分かる
「さあ、今日はいい天気だ!絶好の村澤討伐日和だな!キャッチボールするぞ!」
「え…?対戦相手って透なんですか?!」
「あれ説明聞いてなかったの?最強の打者だからやっぱり村澤しかいないだろ」