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再開

「クボケン!おい、クボケン!」

洋平の元気のよい声に我に返る。教室にいたほとんどの生徒は既に下校していってるようで、下駄箱から出てくる生徒たちの波が見える



「俺はバスケ部の仮入部行ってくるぜ!」


「だったら、俺を呼ばずに行けばよかったじゃん」


「そうもいかないんだよ。お前を呼んでくれっていってるやつがいてさ」



洋平の視線がクボケンから教室前方の扉の方へと移される。それにつられて目線を同じく扉の方へと向ける




体が硬直する。洋平が「知り合いか~?」と聞いてくるが、よく知っている顔だ。幼いころから知っている。俺の幼馴染、そして、俺が野球の世界に引き込んだ男




「よう、健太…」

昔と変わらない落ち着きのある静かな口調。クールという言葉が一番合い、超が付くほどのイケメン、それでいて呉越中の4番を任される才能。全部持っていた、自分にないものを、全部奪われた、栄光も希望も



「透…」

声が自然と震える。もう二度と会うことはないと思っていたし、会いたくないとさえ思っていた。あの試合のあと何度も後悔した、自分の弱さを、そして、こいつを野球に誘ったことを

「知り合い?久しぶりの再会ってとこだな!うし、俺はバスケ部行くぜ!」

勢いよく鞄を持って立ち去ろうとする洋平の腕をつかむ。掴む腕が震えていて多分、それも洋平には伝わっているだろう。ちょっと困惑したような表情を浮かべるが洋平はすぐに何かを察したように、顔つきが変わり、鋭い目つきで扉の所に立つ男子生徒を睨む



「誰だかわからないけどさ、あんた野球やってんの?クボケンはもう野球はやらないよ、俺とバスケ部に入るからさ」


いつもと違い、低温の威圧するような声でしゃべる洋平の後ろでクボケンは俯き震えている



「野球をやりにここに来た。ただ健太がいないと始まらない、連れ戻しに来たんだ」

洋平にはこいつが何を言っているのか分からないだろうが、今のクボケンに近づけるべきではないことはわかっていた。2年の県大会での敗戦後からクボケンは目に見えて落ち込んで塞ぎこんでいた、中学に入ってすぐに仲良くなった洋平は親友としてもうあんな姿を見たくないと思っている



「野球の話は辞めてくれ、俺、野球大っ嫌いだからさ。だからクボケンもバスケ部に入れるし、そういうことだから」


「そういうわけにもいかない。小学生からの約束なんだ、辞めてもらっては困る」






野球、小学生…この単語から洋平はある人物を思い浮かべる。中学1年の頃によくクボケンが嬉しそうに話ていた話を思い出す



『俺の幼馴染さ、めっちゃ野球うまいんだ!呉越中にいって一年なのに背番号もらってるんだぜ!高校生になったら一緒の高校で野球やろうって約束したんだぜ!』


「あんたが村澤か…」


静かな教室の中で洋平の静かな声が響く。低く落ち着いているように聞こえる声には殺気にも似た物がこもっているようにも感じられる


「そうだけど、とりあえず健太と話すから席外してくれよ」

教室の中へと村澤が入ってくる



何を思ったのか洋平が村澤へと近づいていき、目の前で睨みつける


「お前、幼馴染だろ。友達だろ。あの試合の当事者だろ…だったら察しろよ、お前とクボケンには約束があるのかもしれないけどな、無理やりやらせようなんてお前の、クボケンの時間の無駄だろ…帰れよ」



「洋平…すまん、俺が悪いんだ。バスケ行ってくれ、どっちにしても透と話さないといけないから」



















洋平は何も言わずに教室を出て行ってしまった。友達のために熱くなるのは中学の頃から変わらず、男女問わず人気があったのは洋平の性格あってのことだろう



「なんでここに来たんだよ」

最初に口を開いたのはクボケンであった。正直分からなかった、いくら約束だからって全国大会常連の呉越中のしかも、4番を任された男が、野球部もまともにないような高校に進学してくるなんて。もう自分の事なんて忘れて別次元で野球をやるんだろうなと思っていた



「俺はさ…もう野球できないよ。あの試合以来、ボールも投げてないし。今からでも遅くないからさ、呉越に戻れよ」

正直な今の気持ち。あの試合以来野球のことを考えるだけで怖くなる。周りの期待を裏切ったこと、自分の努力が無駄だと感じたこと、適わない才能を持った選手にであったこと、全部が重しとなって自分を押しつぶしに来る。うなされた夜も数えきれない、一人泣きながら帰った放課後もあった、全部忘れるためには野球を捨てるしかなかった



「昔の健太はどこいったんだよ。打たれたって、ミスしたって、いつも楽しそうに野球やってて、俺はそういうお前に憧れて野球を始めたんだ。呉越に転校になったのだって後悔してる…お前とやってた野球が一番だったんだよ」


いつものクールとは違い、声を荒げて訴えかけるようにクボケンをまっすぐと見つめている。嘘は言っていない、昔から嘘をつくような人間ではなかった

「でも、俺はもう投げれないよ…」


「だったらなんで、毎日走ってんだよ」


「それは、健康の「違うだろっ!!」」


二人以外誰もいない教室、廊下に村澤の大声が響き渡り反響する


「健太が毎日走りこんで、俺が毎日バットを振って、小学生の頃からそうやって努力すれば二人で揃って甲子園行って、プロになれるって…だから走り始めたんだろ、だから俺もまだバットを振ってんだ!ふざけんなよ、ふざけんな!勝手に諦めてんじゃねえよ!」

それ以降、どちらも喋ろうとはせずに村澤は自分のバッグと野球用具入れの袋を二つ持って教室から立ち去ってしまった



クボケンも帰ろうと外に出ると様々な部活動がまだ加入をやっていてにぎわっていた。迷っている生徒、やる気満々といった顔の生徒、先輩の説明を一生懸命聞く生徒、そんな楽しそうな雰囲気の中、暗い気持ちのままクボケンは帰路についた







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