空白の心
「あっ!クボケン、おはよーさん!」
真新しいブレザーに身を包んだ短髪の男子がクボケンこと久保健太に近づく。満開の桜が咲き、花弁が舞い散る中【青桜第一高等学校】の新入生たちが掲示板に貼り出されたクラス表を見て自分の名前を探している
「おは、洋平」
あくびしそうなのを抑えながら、クボケンは洋平こと野口洋平にぶっきらぼうに挨拶をする。二人は同じ中学校の出身であり、クラスも全部被っていたことから仲が良い
「また、ゲームでもやって夜更かししてたのか?」
洋平は眠そうなクボケンを見てぴたりと予想を的中させる。長い付き合いだけあってお互いの事をよく知っている
「そんなことよりさ!同じクラスだぜ!やったな!」
ニカッと笑顔を眠そうにあくびをしているクボケンへと向けてくる。この笑顔に何人の女子が落とされてきたのだろうか、洋平のことを女子に色々聞かれたこともあるし、告白のために洋平を呼び出したりなど様々なことをしてやったのにこいつは全部断りやがった。本人いわく年上のお姉さまが好きらしい
「どうでもいいみたいな顔すんなよ!」
「だって同じクラスとかどうでもいいだろ。むしろ知り合いいない方がやりやすいわ」
「ひっでーな、クボケン!」
肩を小突かれる。いつものやり取りだ、自分が野球部を辞めたときだって洋平は遊びに誘ってくれたりしてくれた、絶対に野球の話はださないし、野球の話をしているところには近づかないようにしてくれていた。なんだかんだ感謝はしている
ただモテルのだけは気にくわない…
クラスの席はすでに割り振られており、生徒たちはクラスに入り黒板の席表を見て自分の席に向かっていく。1年3組の窓際一番後ろ、そこがクボケンの席となっていた。一番後ろしかも窓際、心の中でガッツポーズをするもそれは一瞬の出来事に終わる。
なんで、こいつが前に座ってんだ…
「やったな!クボケン!俺たち席まで近いぜ!」
他の生徒の目を気にせずに喜びを大声で叫ぶ洋平にうざく感じて無視して窓の外を眺める。無視すんな!とか、おい!とか、色々言っているけどこの際気にしない。変な噂がたちそうで内心不安に思うクボケンであった
「それよかさ、部活何入る?」
部活という単語に一瞬体が硬直する。ここまで反応してしまうこの体がいやだ。洋平は小学生の頃からバスケットボールをしており、中学でも1年からレギュラーで3年の時には県の最優秀選手賞をもらっている。うるさい声もコートではよく響き、毎日一緒にいる自分でも見たことのないいつもと違った洋平がコートにはいた。このギャップが女子にモテル秘訣なのだろうか
「俺は一応毎日走ってるから、陸上部とかでいいかなって思ってる」
「え~!バスケやろうぜ!バスケ!女子にモテルし、楽しいし、運動神経もいいし、体力もあるクボケンならすぐレギュラーだぜ!」
「女子にモテルってとこはお前だけだろ」
こいつの無自覚は本当に腹が立つ。事実バスケ部の試合を見に来ていた女子の9割は洋平目当てで来ていたし、バスケ部の男子諸君もそれを知っていたので、声援が上がるたびにいやそうな顔をしていた
この高校を選んだ理由、それはたった一つだった
野球部が無いから
正確に言うと去年の夏大会前に部員が不祥事を起こし、去年の夏大会、秋季大会の欠場を余儀なくされたのだ。それを伝えられた部員たちが次々と退部し、最終的には4人の2年生のみとなってしまったらしい、野球部はあるが活動停止状態なのだ
体育館での長い長い校長の話が終わり、入学式が終わる
「ほんと、どこいってもあの禿はよく喋りおる」
クボケンの横を歩く洋平のいう禿とは校長先生のことなのだろう。しかし、禿ていない校長先生もいるのだから、一部の禿に巻き込まれた校長先生たちはたまったものではない
体育館から出ていく新入生たちを待っていたのは部活勧誘であった。様々な部活動の先輩方が新入生たちに声をかけて勧誘している、サッカー、卓球、テニス、バレーボール、吹奏楽、将棋、茶道、軽音…色々な部活動がある中でクボケンの目に映ったのは野球のユニホームであった
無意識に顔をそむけて近づかないようにして歩く。野球部に気づいたのか、それを悟ったのか分からないが洋平もそれに続いて野球部から離れるようにして歩く
「テニス部の先輩可愛くね!でも茶道部の着物もいいな!ってか、ここって将棋部全国レベルらしいぜ…すげえ地味な女子だったな…」
クボケンの様子は特に気にするそぶりを見せずに、周りにいる部活動の女子の先輩を物色している。声がでかく、しかも対象の部活の先輩に近い位置でも構わずに評価を下していく、正直友達と思われたくないレベルだ
窓際の席は快適だ。担任の先生は女性の方で小柄で可愛い系で、今は、最近別れた彼氏の話をしている。興味のない話を永遠とされ続けてすでに30分くらい経過している、寝ている生徒、配布資料に目を通す生徒、周りの生徒と喋っている生徒、そして俺の前のやつは何故か真面目に話を聞いている
40分という長い時間を使って自己紹介兼、元彼の愚痴を終えた先生はすっきりした、満足そうな顔をしてこれからの予定について話を始めたようだ
「川ちゃん可愛そうにな~。あんなに可愛いのに浮気するとか彼氏最低だよな」
洋平がくるりと後ろを向いてクボケンに話しかけてくる。こいつが真面目に話を聞いていたのは恋愛物が大好物だからだ。少女マンガとかも読み漁っており、たぶんクボケン達の年代では知らないであろう昭和臭漂う少女マンガも読んでいるらしい
「俺に聞くなよ、浮気する相手も、される相手もいないんだから」
「え~、でも一時期モテモテだったじゃんよ!」
「そういうのはなかったんだよ…」
俺が黙ると洋平も黙ってしまう。洋平のいうモテモテの時期とは、野球をやっていた時のクボケンのことである。野球を辞めてからというもの、塞ぎこみがちになった洋平には一部の友達しか寄り付かなくなったのだ
あの時期の浮かれていた自分を思い返すだけで吐き気がする。別段自信家であったわけではない、小学生の時からちょっと注目されていたのはあるけれど、その注目も毎日欠かさずに自主練をしていた努力の賜物であって才能ではないと思っている
才能、それは呉越に集まった野球をするために生まれてきたみたいなやつらの事をいうんであって努力じゃ埋まらない神が授けた不平等だ
これからの予定など頭の中に一ミリも残らなかった。結局上の空で外ばかり眺めていたクボケンはみんなが帰っていく中、一人席に座ってまだ空を眺めている