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ユイネの花束  作者: uta
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 曰く、拾ってきたのだと




 曰く、ただの跡継ぎだと




 曰く、その聡明な目に惹かれてと




 初老の男は言ったという。




 初老の男は捜していた。

 自分も歳だ。

 守る物もある。

 守らなければならない物がある。

 だが、自分の余命では足りないことを、感じていた。

 だがら、捜していた。

 なるべく長く、なるべく賢く、余命にて全てを任せる事が出来るように。

 見つけたのだ。それを。




 見た瞬間に思ったという。

 少し幼い。

 幼すぎるかもしれない。

 だが、一目で理解った。

 この子に任せておけば問題はない。

 なるべく長く、なるべく賢く、生きていってくれるだろう。

 そう、確信出来た。その瞳を見た瞬間から。





 曰く、違法都市貧民街に在ったと




 曰く、産まれて間もない赤子だったと




 曰く、泣く事もせずにこちらを凝視していたと




 初老の男は内心、歓喜していた。

 子供程洗脳出来る物はない。

 それもただの子供ではなかった。

 捨て子など拾うつもりはなかった。

 初老の男にそこまでの時間は残されてはいない。

 十を越えたぐらいの子供を捜していた。

 だが、そうはならなかった。その赤子。




 赤子は違法都市貧民街の片隅。

 朽ちた廃屋と廃屋のわずか30センチの隙間。

 そこに置いてあった。

 口は開かない。

 見つかったからと行って泣き出しはしなかった。

 それが気に入った。

 その瞳と。




 初老の男は二年(ふたとし)程育てたという。

 赤子の育て方等、理解るはずもなく。

 悪戦苦闘だったという。

 ずっと奥底に眠っていた書籍を引っ張り出し、熟読した。

 だが、この時、初老の男は気づいていなかった。

 手が掛かるという意味を・・・。




 四の歳を迎えた拾い子は、言語を理解し、文字を理解し、歩き走り、あまつさえ簡易な機械を組める程になっていた。

 成長の速度が著しかった。

 初老の男は目の前で機械を組んだりと、積極的に機械と触れ合う機会を設けた。




 六の歳には立派に複雑な機械を組めるようになり、理解した機械言語の種類も多岐に渡った。

 思い返してみるとそれ程熱心には教えていなかった。

 機械について。

 書籍でも漁ったのだろうか。

 独学にしては進んでいた。

 初老の男は不思議には思わなかった。

 驚きはしたものの不思議ではなかった。

 この頃ぐらいからだろうか。

 跡継ぎの事に関して、考えなくなったのは。

 いや、いや違う。考えないようにしていた。




 十の歳にもなれば世界有数の機械技師だ。

 初老の男ももう、立派な老人だ。

 その老人はある少年を思い出していた。

 神童と、呼ばれたその男。

 十と二つの頃、機械技術を教授した。

 その男も理解は早かった。

 神童というのは、名ばかりではない。

 だが、その比ではなかった。老人が拾った赤子は齢十にして主要な知識を持ち合わせていた。

 こと機械に関して。老人は察していた。

 自身に時間が余り残されてはいないことを。

 だが、当初考えていたことは頭に無かった。

 どうにか、どうにか手段は無いかと模索していた。




 そして老人は寿命を迎えるのだと言った。

 拾った赤子は十と二つになった。

 守る物があった。

 確かに守らなければならなかった。

 だから、頼んだ。酷なことだろう。

 だがそれはその拾い子にしか出来ない。

 詳細まで頼んだ。

 未来は無くていいと。

 過去さえあれば、過去さえあればやっていけるよ、と。

 老人はもう一つ頼んだ。

 かつて神童と呼ばれた男に。

 今、こうして。頼んでいた。




 曰く、拾ってきたのだと




 曰く、ただの跡継ぎと思っていたと




 曰く、その聡明な目に惹かれてと




 彼は続けた。




 曰く、娘が出来たのだと




 曰く、守る物があると




 曰く、しかし守りたい者が出来たと




 老人は言った。

 守る物は永劫、私が守るべき物だ。

 しかし、さりとて守りたい者は傍に置けぬと。

 頼みに後生を付け加え、守りたい者を託されてはくれまいかと。かつて、神童と呼ばれたその男はこの老人に恩があった。

 最期の頼みだ。

 仇で返す訳にはいかない。

 男はその頼みを承諾した。




 老人は最後にこう告げた。




――娘を、宜しく頼むよ。――











「まあ、こんなところか。」




「・・・。」




 少女はじっと、口を閉じて聞いていた。

 鉄の床に座したまま動かなかった。

 たった今、腰を上げた。

 少女は部屋の入力デバイスでカタカタと入力を行う。

 四方の壁のウチの一つがスライドした。

 中には寝具だろうか布類が保管されていた。




「寝るのか?」




 少女は黙ってその収納スペースに飛び込むと四肢が見えなくなるまで体を沈めた。




「あれ?泣いてる?ガキじゃないガキじゃないっつっても、結局ガキなん・・・。」




「泣いてない。」




 ガコッ。っと。

 金属製の工具が飛んできた。

 瞬間に避けたが、避けなければ確実に当たっていた。

 ああ、やめておこう。

 別に死にたい訳ではない。

 死にたければあの崖に行く。

 死に急いでいる訳ではない。




「さ、さて、俺も寝るとするか。」




 セクタは鞄から簡易寝袋を取り出し、それを被って目を閉じた。





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