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ユイネの花束  作者: uta
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 一時間。

セクタが端末を確認する。

脳だけ生身の機械がこの部屋を出て行ってからきっかり一時間。

あるのは埋込型ディスプレイと散らばった機械部品(マシンコンポーネント)、及び工具と入力デバイス。




 少女は部屋の隅に座り込んでいる。

 考えている。

 彼女は今までの人生に於いて選択、自分の運命を左右するような選択をしたことは一度もない。

 全てあるがまま、受け入れてきた。

 そうするしかなかった。

 生き残る為には。

 それ程、語れるほど苦労した訳ではない。

 その程度の話し、王都の下界ですれば笑われる。

 幸せなものだと。

 妬まれるかもしれない。

 代わってくれと。




 彼女自身も自分が不幸だと、認識したことはそれ程多くない。

 比べる相手も、それ程居ない。

 知らない。

 知っているけれど知人が居ない。

 だがその、知っているけれど知人ではない誰か達よりはいくらか恵まれている。

 そう、感じている。

 あまり考えるのは好きじゃない。

 彼女は。

 機械をいじる時の考えると今行っている考えるとは違う。

 彼女は、答えの無い事を考えるのが好きじゃない。




「悩んでんのか。」




「・・・ん。」




 たっぷりと溜めてから小さく返事をした。




「そんなに悩まなくてもしたいようにしたらいいだろ。ガキなんだし。」




「うるさい。ガキじゃない。」




「ガキは親に面倒を掛けるもんだ。」




「だから、ガキじゃない。」




 あまり、掛けるべき言葉を持ち合わせてはいない。

 セクタにはわからない。

 子供の扱いに慣れていない。

 そもそも人を論するなど、専門外だ。

 機械の開発。

 それが生業。

 機械は簡単だ。

 少なくとも人よりは、理解り易い。

 二人はどこか、似ているようだった。




「まあ、考えたけりゃ考えりゃいいさ。話しは変わるが向かいの部屋。研究室だよな。」


「うん。」




「片付けないか。俺は綺麗好き、という訳ではないが、あれはさすがにな。」




「・・・。」




 残骸。

 生前の残骸が形を成さずに放置されているまま。

 あれではあまりにも・・・。

 クリューシカさんは・・・片付けないだろう。

 わざとだ。きっと。

 そういう人だった。

 他人の尻拭いはしない。

 それが自分の娘であれば、尚更だ。




「きついなら俺も手伝うが。どうだ。」




「・・・う・・・ん・・。」




 乗り気ではない。

 自分でバラした。

 そもそも乗り気ではなかっただろう。

 機械化する段階で。

 孤独感から機械化に踏み出したのか、本人から頼まれていたのか、それは理解らない。

 セクタに、知る術はない。

 だが、そう何度も見たいものではないだろう。

 育ての親だ。

 酷な話である。




「よし、手伝おう。」




「いい。自分でやってくる。」




「・・・。」




 今度はセクタが沈黙する。

 少女の瞳をよく視た。

 輝く右と澄んだ左。

 両の眼に言い表せぬ力が灯っていた。

 意思は、固いようだ。




「わかった。なら外に運ぶ時は動向しよう。後で呼んでくれ。俺はこの部屋で少し、眠る事にする。」




「ん。」




 短く返事をして少女は部屋を出た。

 いい目をしていた。

 白光眼だからではない。

 恐怖と決意に満ちていた。

 それが重要だ。

 生きていく上で。

 あの少女は既にその齢で、生きる力を、その小さな体に、秘めていた。




――――――――――




 幾分かの時が流れた。

 実際のところセクタにとってありがたい話しだった。

 あの大怪我が未だ痛んでいた。

 数日、休んだ程度で治る怪我ではない。

 治る怪我ではなかった。




 ギィ、とドアが開く音と共にセクタは浅い眠りから目覚めた。

 深くは眠らない。眠れない。

 そういう習慣がついてしまった。

 セクタは片目で、ドアの方を確認した。




「終わったか。」




「今から埋めに行く。」




「わかった。」




 あまり表情から感情が読み取れない。

 感情が表情に出ていない。

 が、なんとなく、悲しい表情をしている。

 そんな気がした。

 どう思っているのかなど知らない。

 会って間もない。

 セクタに読心術の覚えは無いのだ。

 ただただ、なんとなく、そう思っただけ。

 ここに来てからはやけに、そのなんとなくが多いような気がした。




「どこに埋めるんだ。・・・まあついていけばわかるか。」




「ん。」




「んじゃま、行くか。」




 重い腰を上げた。

 脇腹が痛みと共に熱を持つ。

 痛みと言っても顔をしかめるほどではない。




「酒は置いてないか?」




「・・・ある。と思う。」




「その歳で酒か。ワルガキだな。」




「・・・いらないの?」




「・・・冗談だ。」




 睨まれた。

 憎まれ口は得意分野だ。

 サラにもよく言われる「あなたは女性への配慮が足らないわ。」と。

 そんな教養はない。

 セクタには。




「ちょっと待ってて。」




 少女はそう告げると入室してきたドアの反対側。

 向かい側の部屋に入っていった。

 程なくしてビンを片手に戻ってきた。




「ん。」




 セクタに、片手に持ったビンを渡す。

 無色透明の液体が入っている。

 ビンの栓を外し、鼻を近づけた。

 アルコールの匂いだ。

 かなりきつめの酒だろうか。




「別に毒なんか入ってない。」




「ああ。いただくよ。」




 ビンを口に咥え、傾けた。

 無色透明の液体がビンから流れ出す。

 途端に、咽た。

 セクタは驚いた。




「ゲホッ。お前、ゲホッ。なんだこれ。」




「ふっ。酒。」




 少女は片方に口の端をゆがめた。

 いたずらに成功した子供のように。

 いや、まさにそれだった。




「一体何度だ。ほぼ原液じゃねぇのかこれ。人の飲み物じゃねぇ。火つけたら絶対燃えるだろ。」




「機械の燃料にもなりそう。あまり現実的ではないけど。」




「俺、人間なんだけど・・・。」




「ふん。行こ。」




「末恐ろしい奴だ。」




 セクタの反応を見て満足したのか少し足取りが軽くなっていた。

 少女は気づいていない。そのことに。


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