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ユイネの花束  作者: uta
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 不意に、不意に機械音、足音だろうか。

 機械の金属足と要塞の床の金属がガシャッガシャッと音を立てているようだ。




「来たか。」




 驚いた。

 なぜならセクタの目に入ったそれは見たことのあるものだったからだ。

 無論、生前の姿をしている訳ではない。

 むしろ人工皮膚も施されてはいない。

 剥き出しの機械だ。

 だが、セクタは見たことがあった。

 忘れるはずもない。

 未だ数十分しか経っていないのだ。




「こ、この機械がクリューシカさんだったのか。」




 先ほどこの要塞の入り口で凝視されていた機械だ。

 これで合点がいった。

 隠れ蓑(かくれみの)が効力を発揮しないわけだ。

 この隠れ蓑(かくれみの)の効力があるのは機械相手にだけなのだ。

 それも機械の脳に当たる部分に錯覚を起こさせるタイプの物。

 人間の脳であれば効くハズがない。

 当然のことだ。




「ご無沙汰しておりますクリューシカさん。ご依頼の通り辺境の地まで着ましたよ。それはもう、苦労しましたがね。」




 皮肉の一つも言いたくなる。

 そもそもセクタの生体情報をインプットして機械に襲わせないようにすればそれで済むのだ。

 わざわざヒントを出してこちらを煩わせる。

 らしいといえばらしいが、相変わらず偏屈な人だ。




「今のじじいは喋れない。」




 少女が口を開く。




「そうなのか。脳を移植するタイプだよな。この方法が一番難しいと思っていたんだがな。」




「難しい。けど確実に全データを移行出来る。代わりに細かいことは出来ない。」




「神経信号と機械信号の伝達の問題か。そもそも今の技術じゃそれも出来ないんだがな。脳の伝達物質の再建も出来ない。この手段は無理がありすぎて実験の段階までもってこれなかったな。細かいってのは指先をミリ単位で制御したり声帯を複雑に動かせたりってことか。」




「そ。脳を移植せずに機械の記憶媒体に、脳データを機械データに移行させるなら細かいことも出来るけど、データ移行時にいくつかデータ漏れが出る。」




 機械関係の話しになると先ほどまでより多少弁舌になる。

 当然だ。

 この少女はおおよそ人と呼べる者と半年も会っていないのだ。

 半年前であっても話し相手はただ一人。

 珍しい客人が自分が得意とする事に関して多少なりとも詳しければ弁舌にもなる。

 表情ではわかり難いが、機嫌がいいようだ。




「成程。細かい作業よりデータを重視した訳か。」




「けど、新しいデータの書き込みは出来ない。」




「それはかなり重要な気がするが・・・。」




 新しいデータの書き込みが出来ないということは随時忘れていくこととほぼ同意だ。

 例えば質問を投げかけたとする。

 今日の天気は、と。

 今日もいつも通りの暗雲立ち込める曇り空だ。

 と答えるとしよう。そしてその直後、今日の天気は、と尋ねると、今日もいつも通り暗雲立ち込める曇り空だ。と答える。

 さっきの質問を覚えていないのだ。

 極論を言えば、の話しだが。

 実際のところそこまでひどいことはないだろう。




「でも、生前の記憶は全部あるから。あと、一時間ぐらいのデータなら記憶出来る。それより前の記憶は削除されてしまうけど・・・。現状の認識をする程度なら問題ないから。ディスプレイを介せば会話も出来る。」




「ふむ。興味深いな。それにしても凄い知識だ。王都で報告すれば一生遊んで暮らせる金が出るだろうな。」




「ふうん。」




 金には興味ない。少女は。

 金に困ったこともなければそもそも使ったことはないのだろう。下界の人間が血眼になって欲す金。

 汚れた金。

 正直セクタもあまり金は好きではなかった。

 必要な分だけあればいい。

 生きていくのに必要な分だけ。




「まあそれはお前の好きにすりゃいい。さしあたって、ディスプレイを通せば会話出来るんだったな。」




「うん。」




 機械はどこからかコネクタを出すと部屋の埋め込み型ディスプレイの端にある差込口に挿した。

 認識が完了すると、ディスプレイに次々とテキストが表示される。




【よく来たな。セクタよ。少し見ぬ間に大きくなったな。】




 セクタはフッっと笑った。

 相変わらず間の抜けたことを言う。

 生前からそうだった。

 おおよそ15年前。

 サラと共に機械技術を学んでいた頃。

 偏屈じいさん、そのままだ。

 こんな姿になっていても。




「少しじゃねぇよ。クリューシカさん。もう、かれこれ十数年になる。年寄りには短くても若者には長い期間だ。」




【ほっほっほ。そうかそうか。そんなに経っていたか。五十と少しの頃からから時間の感覚なんぞは曖昧になるもんじゃ。】




 ディスプレイに表示される笑い声はなかなかにシュールなものだった。

 が、鮮明に思い出せる。 セクタには。

 かつて、彼が生前に笑っていた時のことを。歳のせいで疲れ果てた声帯から発せられる笑い声、しわくちゃの顔、白髪混じりの髪。

 目の前で再現されているようだ。




【サラは元気にしとるかね。】




「ああ。お蔭様で。ラメールで立派にやってるよ。」




【そうか。変わったの。あの泣き虫だったサラがラメールの責任者とは。時は流れるものじゃ、な。】




「俺たちもいつまでもガキじゃねぇってこった。」




【言うようになったの。】




 鋼鉄の仮面に表情はない。

 どころか仕草すらない。

 立ち尽くしているだけだ。

 それでも、笑っていた。

 きっと、笑っていたのだ。




「それを言うならクリューシカさん、あんたも相当変わってると思うぞ。」




【なあに。ナリだけじゃよ。ワシはずっと変わっておらん。これからは特に、な。】




【好都合じゃ。この体は。一時間で忘れられるというのは、そう、悔やむ事ばかりでもないわい。】




「あんた・・・まさか・・・。」




耄碌(もうろく)じじいの戯言じゃ。聞き流しておくれ。】




 セクタは悟った。

 ある程度、ある程度は理解っていたが、ここで確信に変わった。

 クリューシカの意図が。

 セクタにはわかっている。

 この男の使命が。

 此処に留まる理由。

 人を寄せ付けぬ所為。

 理解る者は少数。

 ほんの、一握り。

 この老人を(いた)わることの出来る人間は数える程しかいない。




「やはり、大したもんだよ。あんたは。」




【ほっほっほ。このじじいも若造に労われるようになったかね。長生きはしてみるもんだ。生きてはいないがの。】




【さてさて、本題に移るとするかね。ワシはセクタ。君がきっと来てくれると思っていたよ。】




「そりゃどーも。」




【この辺境まで来た、という事はワシの頼みを訊いてくれる、ということでいいんじゃな。】




「こんなところまで来て嫌というほど俺もひねくれちゃいないよ。」




【すまんの。】




【おチビよ。】




 恐らく少女のことだろう。ここには二人しか居ない。まさか自分のことをおチビと呼ぶことはないだろうと。セクタは思った。




「チビじゃないって。」




【この男に、ついていきなさい。】




【散々此処に残れと言っておいて勝手かもしれんが此処にはワシが残る。だから行ってきなさい。】




「別に私は此処にいても・・・。」




 若干、その白く輝く瞳と黒く澄んだ瞳がが宙を仰いでいた。




【知っとるよ。お前が此処から外に出たかったことは。お前は学問の書籍も読むが、好んで読んでいたのは外の世界に関連する書籍だったの。】




「知ってたの・・・。」




 少女は眉を潜めた。

 あまり、知られたくなかった。

 知られているとは思って無かった。

 少し、興味があっただけ。それだけだ。




【わざわざ隠れて読まんでもいいものを。お前は、案外わかりやすいからの。】




「ム。」




 しかめっ面。

 珍しいことはない。

 少女はいつでもしかめっ面だ。

 表情をよまれたくない。

 思っていることは表情に出さない。

 出せば弱みを握られる。

 どこからか学んだその知識。

 白い瞳から学んだその知識。




【行ってきなさい。そう、頑なになることもない。人には少々きつすぎる。お前は未だ理解ってはいない。此処の意味を。理解って居ることが酷なんじゃ。】




「じじいは・・・。」




【ワシはどうやら人ではないようじゃ。ほんの一時間前に気づいたのじゃ。ほっほっほ。】




【ワシは疲れていたんじゃ。だがおチビよ。お前のお陰で一時間。たかだか一時間踏ん張れば永遠に此処を守っていける。だからもういいんじゃよ。好きに生きなさい。好きな処に行きなさい。】




「・・・。」




 少女は俯いた。

 そして考えた。

 残るか、行くか。

 気に止まることがある。

 二つ返事は出来ない。




「まあ、明日決めればいいんじゃねぇか?急かして決めさせることでもないだろ。」




【まあ、そうじゃな。その頃にはワシは覚えとらんがの。】




「後はなんとかしとくよ。任せておけ。」




【そうか。では任せるとしようかの。おチビよ。】




「ん。」




【ここから出るとき、お前の身に着けているもの。例えばその腕に付けているリングを置いて行ってくれんかの。それを見て、お前が行ったことをいつも悟るとしよう。】




「いや。」




 少女は二つ返事だった。

 別段、思い入れがある、という訳ではない。

 が、肌身離さず付けているものだ。

 確かにこれを置いていればもう、この子はいない、と、理解する事が出来るだろう。




【そうかの。仕方ないのお。】




「まあ、わかるようにいざとなれば紙にでも書いて置いておくとしよう。」




【いや、その必要はないよ。】




 セクタの言葉に釘を刺した。

 そう、必要はない。

 そもそも問題になっていない。

 配慮は不要、ということだ。




「そうかい。」




【すまんの。じじいの戯言につき合わせて。どうせこれも忘れていくんじゃ。あまり生きている者に迷惑をかける訳にはいかん。後は、任せるよ。】




「あいよ。」




 そう、ディスプレイに表示されると機械はコネクタを戻し、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 少女は、その後ろ姿を、見えなくなっても、ずっと、眺めていた。


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