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「そんなこと、信じると思ったの?」
「ああ。まあ、すぐには信じんだろうな。」
やはり少女だ。
おおよそ、ここへ来る以前、いや、声を聞く以前は男だと思っていた。
勝手な推測なのだ。
外れても無理はない。
推測は、あくまで推測なのだから。
「だが、少し考えてみてくれ。わざわざこんな辺境に、それこそ命を掛けてくる意味があるのかどうか。」
「じじいの機械設計図目的でしょ?」
天才技師、クリューシカ。
アクスマグラに於いて知らぬ者はいないだろう。
クリューシカの刻印が記された機械には関わるなと。
幼き頃から聞かされる。
関われば、必ず良くない事が起こる。
居合わせてはいけない。
兎に角離れろ、と。
「まあ大半はそうだろうな。だが、俺はクリューシカさんの知人だ。機械設計図を用いない主義だということも知っている。」
「・・・。」
再び口を閉ざした。
少女の右目は相変わらず白いままだ。
部屋を明るくしてからはその瞳が白光しているか、視認することは出来ない。
だが、左右正反対の色を有す瞳は、異質であることを表すに、十分機能していた。
「なら、他に目的は。」
「ない。お前を連れ出す、ということだけの為に来たんだ。あんま警戒するなよ。まあ、普通するだろうが。」
少女は俯いた。
セクタから目を離した。
考えているようだ。
だが少なくとも、敵意はないことが伝わったようだ。
或いは傷のおかげかもしれないが。
傷を負っていることが安心を促しているのかもしれないが。
前者であってほしいと願った。
「でも・・・。」
「なんだ。引っかかる事でもあるのか。例えば向かいの部屋のこと、か。」
「見たの。」
「扉が開いていたからな。」
「あれは・・・。」
少女の口は重かった。
言葉を選んでいた。
慎重に。
後ろめたいことを隠す時の子供のように。
「クリューシカさんだろ?」
「・・・・・・うん。」
重たい、重たい口を開いた。
少女は。
仮にも育ての親だ。
相当の決心が必要だったことは想像するに容易だ。
そういうものだ。 蘇生というものは。
近しい人間を解剖ることは、そう、気分のいいものではない。
「気持ちが、悪いでしょう。」
「ん?まあよくあることだ。機械技師にはな。死んだ人間を生き返らせたいなど誰でも思うことだ。そしてその手段、可能性があるならば試してみるのはある意味正常なことかもしれんな。」
少女は顔を上げた。
が、口を開くことはない。
そのかわりにいつも以上に白く光る瞳が、漆黒に染まった瞳が、両の目が、開いていた。
「そう、驚くことじゃない。アクスマグラに於いてそれぐらいのことで驚くような奴はそう、居ないだろう。世間知らずのお嬢さん。」
「お嬢さんじゃない。子供じゃない。」
「反論だけは一人前だな、お嬢さん。失敗作は埋葬してやったのか。あの部屋には重要部分、脳にあたる部分が無かったが。」
「別に、失敗なんかしてない。」
「は?成功なんぞするはずがないだろう。」
「なんで?」
馬鹿なことを言うな、と。当然である。
この世、アクスマグラの主たる機械技師と国医、有数の開業医に至るまでを総動員し、実験を行ったのだ。
アクスマグラに於いて最先端の顕学が集まっていた。
誰も反論する者などいないだろう。
失敗したのだ。
最先端の顕学が集まっても、糸口も見つけられなかった。
それをこの少女一人で成功させたなど。
在り得はしない。
馬鹿を言ってはいけない。
「そんな成功例は聞いたことがない。有り得ない。」
「外がどうなのかは知らない。私は世間知らずだから。」
ニヤリと笑ってみせた。少女は少し得意気だ。
「でも私は成功した。今でも、じじいはここに居る。」
「是非とも拝みたいものだ。胡散臭いがな。」
「ふん。」
少女は部屋の片隅にあるディスプレイの方へ足を運ぶと入力デバイスに手を掛けた。
カタカタと小気味の良い音が金属壁の部屋に良く響く。
「えらく旧式のように見えるな。」
「知らない。じじいが作ったから。」
型式だけならば古い個体だがシステムソフトが独自のもののようだ。
セクタが一見しても操作方法が全くわからない。
未だ全く操作のわからないシステムがあったのかと少し驚く。
「しかし、じじいってお前。もう少しましな呼び方はなかったのか。」
「別に呼び方なんてどうでもいい。じじいはじじい。」
「一応凄い人なんだが・・・。」
そう、クリューシカとは以前、国家機械技師として主に警備用の探索、戦闘に特化した機械を開発していた。
その名を知らぬ者はいない。
名実共に、クローク皇帝の右腕を担っていた。
「ふうん。」
いかにも興味が無さそうに鼻を鳴らす。
別段、この状況のせいで口数が少ない、というわけではなさそうだ。
入力が完了したようだ。
入力デバイスから手を離す。
「機械技術はクリューシカさんから学んだのか。」
「ん。少しだけ。」
「少しだけ、か。後は独学か。」
「見えるの。」
唐突に言った。
少女は見える、と。セクタには理解できない。
当然だ。
セクタには見えないのだから。
「見えるとは何がだ。」
「この右目で。色んな物が見える。色んな事が見える。私の知らないことだってこの目から学ぶことが出来る。」
セクタは以前、聞いたことがあった。
白光眼の者は多くが顕学であると。
誰も知りえないはずの知識を当然のように使役するのだと。
世の技術に大きく貢献するような事だ。
それを容易く知見している。
そのことに関して彼等に聞くと、口を揃えて「知っていた」というのだ。
実質、解明されていない。
全くと言っていいほど。
ただ白光眼は顕学そして短命である、という傾向があるそうだ。
「それは興味深いな。ちょっとけんきゅ・・・」
「絶対、嫌。」
目つきの悪い子供だと思っていたが睨むと更にきつい印象になった。
当然だ。非検体になれと言っているようなものだ。
頷く者などいない。
会ったばかりの人間にそう言われれば尚更だ。
「生まれつきか。」
「うん。」
「どうして片目だけなんだ。」
「知らない。」
「常に光ってるのか。」
「うん。」
「夜目が利くのか。」
「うん。」
「それで電気をつけてなかったんだな。じゃあ・・・」
「うるさい。」
聞き攻めたら一蹴された。
どうにも新しい物には好奇心を擽られる。
研究者としての性だ。