契約と盟約
お前に引き取ってもらいたいものがあるんだが、そう言ったライクは古びた布に包まれた一振りの剣をカノンに差し出した。
見るからにそれは錆びれており、武器としての機能を失っているように見えた。
「これは?」
「魔剣・『番の剣』の片割れだ。片割れでもかなりの性能を持っているのは確かなんだが、こんな感じで錆びついて手入れしても意味がない。その上、持ち主の魂を喰らうから長い間正式な所有者が決まっていない代物でもある。かつて魔王が自身の妻に送った代物だと言われるほどの名剣ではあるがな」
「そんなものが……」
「その布を外せば選定が始まる」
カノンは躊躇うことなくその布に手を掛けた。布が完全に解かれると今まで鈍い光沢を放っていたそれは輝きを失い、さらに黒く黒く黒く。
「……」
受け取ったカノンはその場から動こうとはせず、視点もどこを見ているのか分からないほどにギョロついた。
「ダメか」
カノンの様子を見ていたライクはため息まじりにそう答えた。
「カノンはどうなるの?」
今まで様子を見ていただけのシェーレは心配そうにカノンがこれからどうなるのか質問した。
「どうもならん。ただ、精神がこれに呑まれ壊れるだけの話だ。『番の剣』の由来は元々魔王とその妻でそれぞれ一本ずつ保有していたことにあり、同時にその片割れは妻を殺害したときに使われている。つまり私怨を帯びた剣なんだ」
「……私怨?」
「適合できなかったものの大切なものを破壊する剣なんだよそれは」
◇◇◇◇ カノン
「△◇×さえ、庇わなければ良かったんだよ、奏音。そうすればお前はこんなにも苦しむことはなかったのにな」
誰かが、俺にそう言う。
「……お前、多少女子に人気があるからっていい気になって」
誰かが言う。
「そう言うところ気に入らないよ」
誰かが笑う。
「僕の代わりになってくれて助かったよ、ははは」
誰かが嗤う。
「助けてって……言葉は軽いな……」
俺は思う。
一度だけ。一度だけ。一度だけ。
「俺は偽善者でも何でもないんだよ。本当は」
一度だけ。
人を本気で殴ってしまった、干渉しないようにと干渉しまいと心に決めていたのに。
自分のことならいい。
けれど自分ではない何かを馬鹿にされた。何かを貶されてた。何かを汚された。ひどく卑しい笑みを浮かべたそれは何か穢そうとした。
だから。
殺そうと思ったんだ。
殴りたいなんて優しい感情ではなくこれは殺意だった。自分でも驚くぐらいひどい殺意だった。
「もう一度言ってみろ、お前らの命を奪ってやる」
ああ、思い出した。
紫苑のことを馬鹿にされたんだ。俺にとって自分よりも大切なもの。自分という存在よりも大切なもの。
だから許せなかった。初めて人を殴ったがこんなにも爽快だと思わなかった。こんなにも崩れゆく人を見るのが愉快だと思わなかった。こんなにもバカにしていた人間の表情が崩れるのを見るのが心地よかった。
この時初めて理解した。
俺はそう言う人間なんだって。人を壊すための口実が欲しいんだって。だから偽善者の皮を被っていたんだと俺は初めて理解した。
だからせめてゲームだけでは自分とは正反対でいたいと思ったんだ。友達と普通に話して妹にバカにされるくらいにして、ちょっと頼りない感じの。
「お前が俺に見せているのか、ツヴァイ」
俺は一振りの剣に向かってそう尋ねた。
『精神を乗っ取れば勝利だったが、不思議な人間よ。内なる憎悪が計り知れんとはな。それとまさか真名まで言われるとは思いもよらなかったぞ』
「力を貸せ、大切なものを守るために」
『善き哉、善き哉。ならば対価を頂かなくては』
「好きなものを持っていけ。俺からもらえるものならな」
『ならば提案しよう、技を使う度にお前は一定時間五感のどれかと記憶の一部を失う』
「記憶は一定時間なのか?」
『それはない。お前からその記憶を貰う』
「面白い、なら俺はその提案に乗ろう」
『封印を読み解け』
───忌わしきその罪の呪いを今ここに継承する。
───古の盟約に従い、我は罪を重ねる。
───咎を背負いしその刃で敵を薙ぎ払う。
───代償を以って契約とする。
───開け、開け、開け。
───継承せし者、カノン・ツヴァイ。
『今ここよりカノン・ツヴァイを主とする』
それを聞いたカノンの意識はそこで途切れていた。
<始まりの街>ラシュヘイト領・ウィンドル。『武器屋前』
「お、意識を取り戻したか」
「……悪い、迷惑をかけた」
ライクは苦笑しながらそう言うとシェーレを呼びに行くとカノンに伝えた。
「いや、構わない」
「どうだった、洗礼は」
もう経験したくはないとカノンは言う。名のある優れた武器には洗礼と呼ばれる真名を知るための儀式がある。その洗礼は自身の記憶を呼び覚まし、過去の体験などを再び味わうものがおおい。
名のある武器たちの真名を知ることの出来る人間はその武器の本質と同じものを宿していることが多い。
カノンの場合は負の感情の中にある破壊衝動が今回のトリガーとなっている。
「使い手を見る自身はかなりのものだと自負しているがな、それでも今回ばかりは一瞬焦ったな。お前が精神世界の飛ばされている間、シェーレはずっと心配そうにしていたし」
「そうか」
「今度会ったら何か飯でも奢ってやるといい。アイツはそれで機嫌を直す」
カノンは分かったとだけ伝えると武器屋を後にした。
◇◇◇◇ <始まりの街>ラシュヘイト領・ウィンドル。『宿屋・クレドル』
「アンタが今回新しくギルドに入りたいって嬢ちゃんかい?随分と若いもんだね」
気前のよさそうな店主がカノンに部屋のカギを渡した。
「ギルドからお金受け取ってるからね、何でもキリングベアを倒したそうじゃないか」
「たまたまです」
アイテムストレージの中に武器を仕舞う。
「今のは何かの魔法かい?武器が消えたように見えたけど」
「魔法みたいなものです。あまり気にしないでください」
「冒険者や傭兵は不思議なことをする連中だからね、もう見慣れているさ。ところでアンタ、飯はどうするだい?」
よければ作るがと提案してくれる。カノンはそれに甘えることにした。
「いいさいいさ。ギルドからは余分に貰っているくらいなんだから、それに今はいくら換金してもギルドの保管庫に行くだけで手元にはこないだろうからね。うちらとしても申請しないと換金で手に入れた硬貨を自由に使えるわけじゃないからね、まったく不便なものさ」
「ギルドからカードみたいなものを渡されましたが」
「限度額の決まっている自由に使えるお金なのさ、何て言ったかね」
「クレジットカードみたいなもの……」
「そうそう、この前来た冒険者見習いの子が言ってたねぇ。意味はよくわからないが話を聞く限りだとそんな感じみたいだね」
クレジットカードを知っている冒険者見習いという言葉にカノンはピクリと反応したが、どうやら店主は気付かなかったようだ。
「冒険者や傭兵は早死にするからね、アンタも気を付けるんだよ」
「分かりました」
その後カノンは夕食を食べ、明日に備えて寝ることにした。
<ステータス>
名前 カノン・ツヴァイ
種族 咎人
レベル 1
HP80/80
MP40/40
攻撃力5+50
防御力1+1
魔法攻撃力2
魔法防御力1
回避力7
速度7
技術力4
幸運1
所持金0ガルム
貯金2600ガルム
固有技能
【罪の剣Ⅰ】レベル1
独自技能
【錬金術師】レベル1
既存技能
【テイマー】レベル1
職業技能
なし
<装備>
武器 『カノンの木刀』(+20)
武器 『ツヴァイ・番の剣』(±0)
盾 なし
頭 なし
胴体 村人の衣服(+1)
腰 中古の腰巻(±0)
脚 壊れかけのサンダル(±0)
羽織 なし
装飾 なし
なし
なし
なし
<称号>
【被験体】
一度だけ体力が1残る。※町に戻ることでリセット。
【異界の放浪者】
異世界からやって来た者。
【魔剣を継承せし者】
魔剣と契約を結んだ者に贈られる称号。
攻撃力『レベル×3』防御力+30%