消えゆく心。
トラウマの克服とは案外簡単なものである。トラウマになるような出来事を嫌になるほど味わえばいいだけの話のだからと誰かが言った。
カノンは蟲が嫌いだ。
見ているだけで気分が悪くなる。けれど生きていくためにはそれらと対峙しなければいけないのがこの世界である。
だから、嫌だと言わずカノンは我慢する。
今カノンがいるのは<始まりの森>の中腹ではなく、中間に位置する場所にいる。ゲームであった頃であれば、それをセーフティエリアと呼んでいたのだが今はなんて呼んだらいいのか分からない。
ゲームと変わった点と言えば、未だラムとは会話が出来ていない。何がしたいとか何かに気付いたりするとその意思がカノンに伝わるようには出来ているのだが、会話が出来ない。
これは中々複雑な気分だ。元よりスライムがどうやって音を発するのかという疑問が残るのでこれでいい気もするが、まあこの話は置いておくことにしよう。
ここまでくるにも魔物と出会うことはなかった。会いたいわけではないのでそれでいいのだが。
「さて、レベルも上がらないし。どうしたものかな」
手持ちのアイテムを確認しても使えそうなのは回復薬しかないが、ゲームの流れから考えると『咎人』はそれを使う事が出来ないはず。
なので使えない。
<アイテム> 重量10
『小石』重量1 数量28
そこらへんに転がっている石ころ。投げるにはうってつけ。
『木の枝』重量1 数量34
そこらへんに転がっている木の枝。道に迷った時はこれを倒して道を決めよう。
『未鑑定の草』重量1 数量5
何だかよくわからない草。たぶん食べられる。
『未鑑定の石』重量1 数量4
何だかよくわからない石。投げやすい形。
『腐りかけの果実』重量1 数量1 HP20回復 状態異常あり
腐りかけているため何の果実なのか分からない。
『水』重量1 数量38 空腹1回復
何の変哲もない水。飲める。
「んー困った」
現在何が困っているかというとカノン自身の武器がないことだ。戦う術がないわけではないのだが、それでも武器は欲しい。
「ラム、あの木のポキッと折って」
『ぷる?』
怪訝そうに震えながら主人の命令なのでラムは触手をうまく使い、手頃なサイズに木を折った。
カノンはラムから太い木の枝を受け取ると石を使って加工していくと、少し不格好ではあるが木刀を作り上げた。
手にした木刀を鑑定してみると
<アイテム>
『カノンの木刀』重量1 数量1 攻撃力7 速度2 耐久度20
カノンが作り上げた不格好な木刀。
技・一閃
という風に表示された。
「我ながらいい出来だ。これを装備して、と」
軽く素振りをしてみるが中々しっくりと来ている。いい感じだ。
それから二本ほど同じのを作ると近くを探索することにした。
「一刀流、一閃ってね」
居合の状態から放たれたそれは鎌鼬のような衝撃波を飛ばすことの出来る技だった。切れ味のない木刀としてはかなり使い勝手のいい技なのかもしれないとカノンは喜んだ。
当面の目標であった戦う術を手に入れたカノンは調子に乗って、森の奥へと進む。
けれどカノンは進まなければよかったと後悔することになる。
◇◇◇◇ <始まりの森> 最深部
魔物に出会うことなく、ここまで来れたのは奇跡的なのかもしないし、もしかしたら何か作為的なものだったなのかもしれないことを頭に入れて行動しておくべきだったとカノンは唇を強く噛んだ。
「……冒険者だよね」
目の前には三人のカノンの同類と思われる人物たちが横たわっていた。近付かなくても分かるくらい彼らの体は原型を留めていなかったし、この一帯を支配するような鉄の匂いにカノンはむせ返りそうになった。
彼らはまともな装備を持っていなかった。所持金を調べてみたが、無一文だった。
カノンは死体に極力触れたくはなかったので、全てラムに頼んだことだが。
「……こういうシステムなのか?」
カノンが目にしたのは本来アイテムボックスに仕舞っていそうな彼らが採取したであろうアイテムたちだった。
つまりこの世界で死ぬと今までアイテムウインド……通称アイテムボックスの中に入れていたアイテムたちはアイテムオブジェクトとして世界に放出される。
もう少し分かりやすく言えば殺せば、そいつの持っていたものを奪えるシステムになっている。
これはリアルでも変わらないことだ。
カノンは嫌な気配を感じ取った。
「ラム!!」
ラムを自分のところまで呼び寄せると、抱き抱えてサイドステップを行う。すると先ほどまでカノンがいた場所は地面が大きく抉られていた。
「……キリングベア、か」
同郷の人間の敵を討つなんてことは考えていられるほど、生易しい相手ではないことは対峙しているカノンが一番分かっていた。
死への重圧。
死のかもしれない恐怖がカノンを支配する。
(蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなんだろうな)
「俺はあああああああああああ!!!!!!!!!」
カノンは自分を鼓舞するように、叫んだ。
死にたくない。その一心でカノンは腰に携えている木刀に手を掛ける。
一閃を使用とするが、発動しないことに疑問を感じた。自身の状態を確認するとMPが足りないことに気付く。
「……レベル0なんて所詮こんなものか。さっきの練習からMPが回復してないなんてな」
この技を習得したときに練習した一撃以降、MPは一切回復していない。本来あるはずの自動回復が発動していないことになる。
「レベル0は戦士でいて戦士じゃないのか?」
レベルはその人の強さを示す。レベル0ということは戦う資格を持たないものという意味であることにこのとき初めてカノンは気付いた。
何をもって戦士とするか、何を持って覚悟と決めるか、そしてそれがレベル1へのステップアップに繋がるのかもしれない。
「ぐはっ!」
一瞬思考が鈍り、腹部へ打撃を受けた。
「血が……やっぱ、夢じゃねぇってか。痛みも本物だ……覚悟を決める。何もしないで死ぬのは嫌だ」
自分が生きるために何かを犠牲にしなければこの世界では生きていけない。なら、俺は弱い自分を犠牲にしよう。
何も守れない俺を犠牲にしよう。誰かを犠牲にするくらいなら俺が犠牲になろう。
俺は俺を犠牲にしよう。
誰かを守りたい。誰かのために尽くしたい。けどそれは俺のためじゃない。
守るにはどうしたらいい。
守るには壊すしかない。
壊すだけの力がいる。壊し続けるだけの力がいる。だから俺は求めよう。
自分を犠牲にして壊す力を。
そう願った。そう願わずにはいられなかった。
「俺はお前を殺す」
その宣言を持って、鼓動が早くなるのを感じた。全身に血が流れているのを感じた。その血は沸騰しているのではないかと疑ってしまいたくなるぐらい熱い。
───【罪の剣Ⅰ】を発動します。
これは俺の罪だ。生きるために生者を殺そうという罪だ。
だが、罪は俺に力を与えてくれる。
腹部から流れる血流は木刀へと伝わり、木刀は妖刀へと姿を変える。
「経験値は罪の数……だから俺はそれを積み重ねる。殺すことで、奪うことで、壊すことで、俺は何かを守る」
カノンは自分を捨てた。自分の中にあった破壊したい衝動に任せて自我を捨てた。
「俺は咎人だ。だからお前の魂貰っていく」
妖刀と化した木刀を下段に構え、地面を強く蹴った。地面に亀裂が入ったかと思うと、破裂音が森の中に木霊した。
「一刀流、一閃」
技を使わずに同等のことをカノンはやって見せた。カノンの放った鎌鼬は無慈悲にキリングベアの腕を奪った。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「叫ぶな、耳障りだ」
妖刀と化した木刀に付いた血を払うと冷たくカノンはそう言った。
<ステータス>
名前 カノン
種族 咎人
レベル 0
HP70/70
MP20/20
攻撃力2+7
防御力1+1
魔法攻撃力1
魔法防御力1
回避力5
速度5+2
技術力3
幸運1
所持金0ガルム
貯金0ガルム
固有技能
【罪の剣Ⅰ】レベル1
独自技能
【錬金術師】レベル1
既存技能
【テイマー】レベル1
職業技能
なし
<装備>
武器 『カノンの木刀』(+20)
盾 なし
頭 なし
胴体 村人の衣服(+1)
腰 中古の腰巻(±0)
脚 壊れかけのサンダル(±0)
羽織 なし
装飾 なし
なし
なし
なし
<称号>
【被験体】
一度だけ体力が1残る。※町に戻ることでリセット。
【異界の放浪者】
異世界からやって来た者。