終わる日常。
目の前が真っ白になった。
ゲームなのだから。
もしかしたら回線がトラブったのかもしれない。意識はあるが目の前が真っ白になる。不思議な現象だとため息を漏らす。
さっきまで新しい薬の開発に力を注いでいたのに。
もしセーブされていなかったら文句を言ってやろう。
こんな時に回線がトラぶるなんて本当についてない。不思議なことに音も聞こえない。匂いも感じないし、触覚だってない。
不思議な感覚だ。
それから少しすると視界が開けた。そこは冒険者なら最初に集う広場だった。何故そこにいるのか疑問に思ったがそれを追求したところで答えを持っている人がいるようにも思えなかったので、カノンはとりあえず周囲を見回すことにした。
誰かが声を張り上げる。
「ログアウトが出来ない!!」
そんなバカなことがあるかとカノンは自身のウインドを操作すると、<ステータス><アイテム><ギルドカード><装備><スキル><システム><チャット>とあるコマンドのなかで普段なら<システム>の項目を弄ると<ログアウト>という項目があるのだが、その項目が元々存在していなかったかのように消えていた。
「……うそだろ……」
いくら女性キャラの演技をやっているからとはいえ、思わず素が出てしまう。
最初にログアウトが出来ないと叫んだ奴の声で同じように確かめる者が相次ぎ、そして唖然とする者や、絶望する者、何かの冗談だろと気にしない者、泣き叫ぶ者と多々に及んだ。
そんなことよりも違うことに絶望している者がここに。
「また……」
カノンは前回のアップデート同様にスキルが全て消え、レベルがダウンしていることに絶望した。
前回同様に残っているのがオリジナルスキルだけ。それ以外は何もない。
「おい、あれを見ろ」
誰かが叫ぶ。
その視線の先には、ある意味死神のような禍々しいオーラを纏った黒衣の人物がいた。黒い外套を纏っているせいで性別は分からない、それに発せられた声は機械質でやはり性別を識別することは出来ないようだ。
「お前たちはある実験に参加してもらう」
たった一言。
そして絶望の淵に落とすには十分な一言だった。
「因みにここはリアルワールド。ゲームではあるが、いや語弊だな。ゲームではなく現実の世界だ。元の世界に帰還する条件はこのゲームのような世界で、用意されたエンディングを迎えることだ。さらに不公平がないよう君たちのステータスは初期状態に戻させてもらった。アイテムも一部はこちらで回収させてもらっている」
誰もが息を呑む。
「この世界での死はそのまま死を意味している。死にたくないものはこの町から外に出なければいい。町にいる間は死ぬことは少ないだろう……その場合は空腹に気を付けることだ。餓死する可能性も残っている、今まで通りクエストを受け、やることは変わらない。この世界からの脱出方法はこの世界にヒントがある。君たちはそれを探し、脱出することを期待している」
それを言い終えるとそいつは姿を消した。
カノンは深呼吸をし、周りを見渡すと明らかに絶望している者や、泣き崩れる者が多く見受けられた。カノンだって泣きたいし、これが本当なら怖いし、死ぬことを考えると身体が震える。
そして驚いたことに所持金が零からのスタートであり、入手する手段がない。ギルドに登録するにも手数料が必要であり、そしてギルドに登録していなければ仕事を請け負うことが出来ない。
「……お兄ちゃん」
蹲っているシオンを見つけたカノンは泣きたい気持ちを抑え、そばに寄り添うとシオンは声を殺して泣きついた。
それから数分するとシオンは泣き止み、いつものシオンに戻ったがどうも不安がその顔に表れていた。
「もう、あたしは行くよ。早く元の世界に戻りたいしね」
「……そっか。俺にはどうしようか」
「生産職なら町から出なくてもいいんじゃない……その方が生存率上がるでしょ」
妹の提案は確かに一理あると思うが、それでは意味がない。
「外に出ようかな」
出るのは怖い。もしかしたら死ぬかもしれないのだ。これはゲームシステムが通用するだけの現実世界なのだ。
ゲームではなくこれがリアルであるというのなら、モンスターとの戦闘で死んでしまうかもしれないし、PKが出てくるかもしれない。
そうなったら倒すしかなくなるが、元々生産職としてゲームをやっていたカノンはそれ程戦闘が得意ではない。
「今のレベルじゃどうしようもないし……装備も……」
ここに来る前は装備がどうのこうの言っていたのに、その素材すらない。元より素材があったところでそれを加工してくれるような生産職はいなかっただろうけど。
「悩んでいてもどうしようもないな……ここは戦って生活出来るだけのお金を稼ぐことが最優先かな」
カノンは現在のステータスを確認することにした。
<ステータス>
名前 カノン
種族 咎人
レベル 0
HP70/70
MP20/20
攻撃力2
防御力1
魔法攻撃力1
魔法防御力1
回避力5
速度5
技術力3
幸運1
所持金0ガルム
貯金0ガルム
固有技能
【罪の剣Ⅰ】レベル1
独自技能
【錬金術師】レベル1
既存技能
なし
職業技能
なし
<装備>
武器 なし
盾 なし
頭 なし
胴体 村人の衣服(+1)
腰 中古の腰巻(±0)
脚 壊れかけのサンダル(±0)
羽織 なし
装飾 なし
なし
なし
なし
<称号>
【被験体】
一度だけ体力が1残る。※町に戻ることでリセット。
【異界の放浪者】
異世界からやって来た者。
「……とんでもないね。称号通りなら本当に異世界に来ちゃってるんだろうな……それにモルモットね。何かの実験ってことなのかな」
現状では分からないことしかカノンにはなかった。分からないことが分かったという実に無駄な結果だけが空しくカノンに突き刺さる。
「自分で考えて自分で行動しないとな」
武器のないカノンはそれでも町の外へと重い足取りで向かった。武器がないのはみんな同じなのかもしれないと思いながら、カノンは冷静に、そして自身に暗示をかけるように静かに自分は大丈夫だと言い聞かせながら門へと向かった。
◇◇◇◇ 始まりの街 外縁部 南門
「武器もなしで外へ行くつもりなのかい?お嬢ちゃん」
カノンが南門から外へ出ようとすると、見知らぬ男に声を掛けられた。恰好から察するに門番なのだろうが、昼間から酒臭い。
ゲームであったころならここまで敏感に嗅覚が反応することはなかったのだけれど、はやりゲームとは違うことを実感させられる。
それに、ゲームでないのなら演技を突き通す必要はない。
「死ぬわけにはいかないんだよ、おっちゃん」
「言っていることが矛盾しているな、お嬢ちゃん。ここから南にはあまり冒険者たちもよらないような森しかないぞ。さらに南下すればフィールという小さな町はあるが……」
そんなことを言いながらも門番は回復薬を2つくれた。出ていく者は追わないそれが門番の仕事なのだそうだ。
◇◇◇◇ 南フィエルザン街道
フィールという町の近くには鉱石が良く取れることで有名なフィエルザンと呼ばれる活火山があるらしい。
武器無しじゃあ、正直戦えるとは思っていない。
「でも」
ただ死ぬことを待つよりは断然いい。カノンは拳を強く握り締めそう思った。
レベルが0である。ゲームのときであれば最低でもレベルは1これがどんな意味を持っているのか、分かるはずもないし分かりたくもなかった。
それでも生きるために何が出来るか考えた。
読了ありがとうございます。
<ステータス>
名前 カノン
種族 咎人
レベル 0
HP70/70
MP20/20
攻撃力2
防御力1
魔法攻撃力1
魔法防御力1
回避力5
速度5
技術力3
幸運1
所持金0ガルム
貯金0ガルム
固有技能
【罪の剣Ⅰ】レベル1
独自技能
【錬金術師】レベル1
既存技能
なし
職業技能
なし
<装備>
武器 なし
盾 なし
頭 なし
胴体 村人の衣服(+1)
腰 中古の腰巻(±0)
脚 壊れかけのサンダル(±0)
羽織 なし
装飾 なし
なし
なし
なし
<称号>
【被験体】
一度だけ体力が1残る。※町に戻ることでリセット。
【異界の放浪者】
異世界からやって来た者。