俺、この仕事向かんかも
俺、この仕事向かんかも
あがり症ってあるだろ。俺がそうだ。人と話をするとき、ただでさえ緊張してしまうというのに、予想外のことが起こるともう、頭が真っ白になってしまう――。なんとか直したい。俺だって努力してるさ。けどね――、どうにもならないんだよ。
先週のターゲットは八十過ぎのじいさんだった。リーダーの指示のもと、孫が交通事故を起こしたという設定で、孫役、警官役、被害者役のメンバーが順番に電話していく。シナリオ通りに計画が進んでいった。電話の向こうで、おろおろと応対しているじいさんの様子が感じられた。
いよいよ俺の出番だ。俺は自分に言い聞かせた。落ちつけ、練習したとおりにしゃべればいい。不自然にならないように。
「えーっ、わたくし、弁護士の田中と申します。お孫さんが起こした事故の件で……」
「あっ、あっ、弁護士さんですか。ご面倒かけて、えらいすんまへん。信司のやつが、えらいことやらかしまして――」
「いえいえ、わたしは仕事ですから――。それより、お孫さんのために力になってやってください」
俺はもっともらしくじいさんに説明した。警察は孫を逮捕しようとしている。だが、今すぐ被害者と示談すれば、わたしの力で、逮捕されないように処理することができる。じいさんは完全に信じ込んでいた。
「わし、なんでもしまっさかい、孫を逮捕するのんだけは、なっ、なんとか……」
「わたくしにお任せください。この中田、こういった処理は慣れていますので」
「中田さん――、ですか。さっき田中さんと言われんでしたかな」
えっ、田中? 田中だったか中田だったか……。やばっ、やばい。なっ、なんとかごまかさなければ……。パニくってしまった俺は、あわてて返事した。
「おっ、俺、養子なんすよ。旧姓、中田って言うんす」
しまった――、と思ったときはもう遅かった。メンバーのひとりが、アチャーッと小さくつぶやいた。電話の奥で、じいさんが急に冷静になっていくのを感じた。計画は失敗に終わった。
「相手をあせらせて、余計なこと考えさせないうちに追い込んでいく、というのが、この仕事の鉄則だろ。自分の方が動揺してどうすんだよ」
リーダーの言葉に、俺はうなだれるしかなかった。メンバーの冷たい視線を感じた。
「お前、出し子やるか?」
「えっ?」
今の出し子は、今年六十五になるというヤッさん。ひょんなことからリーダーに拾われた元ホームレスだ。ヤッさんにかけ子させて、俺は警察に一番近い危険な役ってか。いくらなんでもそれはないだろ。声優志望だった俺をグループにスカウトしてきたのはリーダーじゃないか。
懇願する俺に、リーダーは一回だけチャンスをくれた。俺ひとりでどこかの老人を落としてみろという。
今度こそ失敗はできない。俺は慎重にターゲットを選んだ。独居老人リストからピックアップしたばあさん。娘夫婦とは数年連絡をとっていない、遠方に二十歳の孫が下宿中、訪問販売で不要なものを何度か買わされている。よし、こいつに決めよう。
まずは仕掛けの電話だ。携帯電話を変えたことと、へんとう腺が腫れて声が変わってしまったことを、ばあさんに伝えた。もちろん、金の話はまだしない。怪しまれては元も子もないからな。
また電話する、と伝えていたが、翌日、ばあさんの方から電話があった。
「タクヤ、タクヤかい?」
「ばあちゃん? そうオレオレ」
「のど、まだ痛むん?」
「ゴホゴホッ、うん、まだ本調子じゃなくてね」
ここで急に小声にする。本題に入る前のこれも、演技のうちだ。
「ばあちゃん、実はね……」
「どうしたの?」
「俺、先輩の彼女、妊娠させちゃってさ――。こんなこと、おやじやおふくろに言えないだろ。相談できるの、ばあちゃんだけなんだよ」
「またなの。先月も百万円振り込んであげたばっかりじゃない」
おいおい本物のタクヤも女癖悪いって? あるいは先にレオレオ産業の連中にやられたか。だがこんなことであきらめていては、かけ子失格だ。
「ごっ、ごめん、今度の彼女で最後だから……。ねえ、ばあちゃん、助けてよ。お金はあるんでしょ」
「まあ、五億ぐらいはね」
ごっ、五億! 俺は、思わず大声をあげそうになった。すごいタマだ。落ちつけ、落ちつけ。テンパるんじゃないぞ。よーし見てろ。俺の話術で一気に億の単位を引き出してやる。
「その先輩ってのが、暴力団組長の息子だったんだよ。毎日、組の連中がやってきて、落とし前つけろって迫ってくんだよ。一億よこせば命だけは助けてやるって言うんだけど……」
「うーん、なんとかしてやりたいけど、困ったわねえ。今はお金下ろせないのよ。借金の担保になっちゃってるから」
「担保?」
「ほら、先月タクヤに都合つけた百万のこと。あのお金借りるのに、定期を担保にしちゃったのよ」
「じゃ、百万返せば、一億手に入るってこと?」
「一億どころか、全額でも下ろせるわ」
「すぐにお金がいるんでしょ」とばあさんにせかされ、俺は、ばあさんが指定する口座に百万円振り込んだ。明日には、ばあさんの方から一億円振り込まれるはず。やったぜ。どうだリーダー、見直したか。二度と出し子に回すなんて言うんじゃないぜ。
翌日振り込みはなかった。俺はばあさんに電話した。携帯電話から流れる単調な声を、俺は呆然と聞くしかなかった。
「この電話はただいま使われておりません」