八章 師への報告
「ほいよ」
「サンキュ、オウグ」
村の穀物庫内部。手渡された五キロの粉袋を肩に背負う。胸の傷が一瞬疼いたが、その後は特に問題無かった。
農夫は俺から受け取った紙幣を村共有の金庫に入れ、太い指で帳簿に金額と名前を書き記した。この建物の横では石臼付き水車が一日中回っている。麦や米、主食類は収穫後一旦ここに集められ、村人なら基本的に無料で取り出せるルールだ。生憎俺は“聖樹の森”在住なので金銭を対価に買う訳だが、それでも街よりは格段に安くて品質も良く、おまけに近いので重宝していた。
「大丈夫、お兄さん?」外で待っていた少年が、両手を合わせながら訊いてくる。「一角獣に戻って運ぼうか?」
「たかが五キロだぞ」
「でも、まだ傷痛むんじゃないの?」
「平気平気。それよりまーくんは?」
指摘され、オリオールは慌てて辺りを見回す。
「わっ!?何処行ったの兄様!!?もう、ちょっと目を離したらすーぐこれなんだから……あ、いた!」
駆け出すチビ助を追い、俺達も広場の方へ向かう。
オウグの細君と立ち話中の誠は、何時の間に摘んで来たのか右手にタンポポを数本持っていた。
「兄様!」
「おや、小さな保護者君の登場だね。ウィル様に不肖の旦那も」
「そう虐めてやるなよ。餅粉、貰って行くぞ」
「ああ、毎度どうも。またお菓子作り?」
「うん。それより何話してたの?」
「サチさんの容態の事をちょっとね。もうすっかり元気で、今日は苺畑に行っているらしいよ」
教会で会った彼女か。二度も誠に助けられるとは、運が良いのか悪いのか。
「へー、良かった。ラッキーだよあのオバサン。兄様がいなかったら確実に死んでたもん」
「坊やもね。ありがと」ペコリ。「さて、日が高い内に私達もトマトの植え付けしないとね」
「そうだな。じゃあウィル、もう飲み過ぎんなよ?」
「ああ。ありがと」
有り難い忠告を残し、農夫婦は鍬と肥料袋を担いで森の反対側へ歩いて行った。今日は農作業にうってつけのポカポカ陽気。村人の殆どは既に畑へ出ているらしく、見える範囲に人影は無かった。
誠の掌中のタンポポは、良く見ると蔓で茎を束ねられていた。「花束か?」
「あ、うん。帰りにちょっとだけ、ハワードさんのお墓参りに行こうと思って」
「爺さんの?」
「触発されたな、さては」燐が口を出す。
「うん……ハイネ君、ちゃんと行けたのかな?」
あいつ、一体何者なんだ?武闘家っぽい格好にあの奇妙な形の棍。何より『十八年前』。しかしどう見ても顔は十四、五歳だった。普通に考えれば“黒の城”に行く所か、まだ生まれてさえもいない。かと言って不死族でもない。つまり、
「案外手こずってるかもな。何せ墓地はつい最近、“泥崩”騒動のせいで散々掘り返されたばかりだ」
「うん。陽が落ちる前に見つかるといいけど……」
自分は棚に上げて他人の心配か。己の正体を知っても、相変わらずとんでもないお人好しだな。ま、それも惚れた要因の一つだが。
「じゃあ皆で行くか。こっちだ」
先導して木漏れ日降り注ぐ森の小道へ。歩き出して十分、共同墓地に到着。
「また来ました、ハワードさん」
隅の古い墓の前で屈み込み、小さな花束を立て掛ける。
「今日はウィルも一緒です。ハワードさんのお弟子さん、なんですよね?」
ゆっくり立ち上がり、アンテナのように両腕を広げて一回転。
「―――駄目、ほんの微かには感じられるけれど……流石にもう声は聞こえないね」
「死んで百年以上だからな。無理も無いさ」
俺も立ったまま手を合わせ、黙祷を捧げる。
(爺さん、あんたの遺志は引き継いだ。安心して眠っていてくれ……)
墓石の上部の落ち葉を手で掃う。墓碑銘は長年の風雨に晒され、大分読み辛くなっていた。
ふと顔を上げると、木陰から黒服の執事が覗いていた。俺の視線に気付き、意味ありげにウインクして消える。
『いけませんよ、惚れた誠様の前で』
ちっ。オリオールと言い、妙に気を利かせやがって。肝心の本人は鈍いから気取ってもいないだろうが……正直困り物だ。こっちは両想いになれるなど想像すらしていないのに。
「そろそろ行くぞ。爺が待ってる」
氣を感じるままふらふら墓地の中央まで移動した誠の手を取り、ニンマリしやがった餓鬼に俺は告げた。