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七章 帰宅



「お前達が先に行けよ」

「ヤダ。家主なんだからお兄さんが前に決まってるでしょ」

 弟は腰に手を当ててむくれた。

「もー、何恥ずかしがってるの!?家族でしょ?普通に行けばいいじゃん!」

 木の板で建てられた、急ごしらえの“碧の星”臨時船着場。後二、三歩で出口と言う所で、二人はもうかれこれ五分以上揉めていた。―――さっきから迎えに来た聖樹さんが外で苦笑しているとも知らず。

「いやほら、会ってない期間はお前等の方が長いだろ。勝手に蒸発した俺なんかよりよっぽど心配してるに決まってる」

「知り合って二ヶ月も経たない僕達より、何百年も一緒のお兄さんに会いたいよ普通は!ねえ兄様?」

 とうとう堪え切れず吹き出し、二人へ木陰に立つ老執事を指で示した。

「何だ?突然笑い出して……あ」「わっ!何時からいたの!?」

「船が着陸する前からだよ、窓から見えていたもの」

 呆気に取られる家族に、その中はギリギリ私の行動範囲外です、積もる話は家に戻ってしましょう、聖樹さんはニッコリ微笑んで提案した。

「あ、ああ。そうだな」

 船着場を出、精霊の力で一瞬にして“聖樹の森”の奥へ転移。目の前の小屋は、私達が飛び出して行った朝と何一つ変わっていなかった。


 キィ。「さあ、どうぞお入り下さい」


 開かれた玄関を前に、三人の口は偶然に同じタイミングで声を発した。―――ただいま!と。

「よく出来ました」

 褒められた私達は揃って照れ臭くなり、そそくさとリビングへ。懐かしい木材の清浄な香りが鼻腔一杯に広がる。

「まずは紅茶でも如何です?先程電話でお伺いした明日のスイーツも決めませんと」

「そうだな、頼むよ爺」

「あ、僕手伝う!」

 キッチンへ向かう聖樹さんを追い掛ける弟は、何故か振り返ってニンマリとウィルを見た。視線を交わした彼は、これまたどうしてかシッシッ!追い払うような仕草で応える。

「?」

「けっ、マセ餓鬼が。変な気遣うんじゃねえよ」

 十数時間振りに出て来た燐さんは眠いのか、ふぁーっ、口を開けるなり大欠伸。

「全くだ」

「お、珍しく気が合うじゃねえか変態」

 言うなり高速で背後へ移動し、腰に回し蹴りを放った。気配で察したのか、ウィルは自ら上体を前に倒し辛うじて避ける。が、直後にお尻へ一撃。「がっ!!」

「へー、二度目にして初撃をかわすか。中々良い勘だが甘えんだよ!」

 追撃を床へ転がってまた避け、友人は腰を押さえつつ立ち上がる。

「いきなり何するんだ燐!?」

「寝込みを襲うような野郎にだけは言われたくない台詞だな、あぁ?」

「くっ……」

 絶句した友人を他所に、肉体の同居人はダイニングテーブルの定位置に座った。組んだ両脚をテーブルに投げ出す。

「止めろ、爺が驚くぞ」

 ウィルが目の前に座って注意した。

「せめて爺さんの前では良い子してたいって訳か。とっくにバレてたりしてな」悪態を吐きつつ脚を下ろす。「“城”で連絡した時も大概怪しかったし」

「まさか……じゃあどうして何も訊かないんだよ?」キッチンをこっそり窺う。「森の外に行けない以上、誰かから情報を得るしかないんだぞ」

 ん?そう言えばあの朝聖樹さん、『私には情報源がある』って……でも内緒にしてと頼まれたし、言わないでおこう。燐さんもお願いね。

「けっ、しゃーねーな」

「何だ?まーくん、何か言ったのか?」

「手前には関係無え。ほら、保護者が来たぞ。良い子の振り良い子の振り」

 言いつつ身体を私に返す。

「お待たせしました」

 カップと紅茶ポットを乗せたトレーを手に聖樹さんがテーブルへ。均等に注ぐ間に、オリオールがチョコマーブルクッキーのバスケットを中央に置いた。いつもの席、私の隣に着きかけて首を捻る。

「お兄さん、何でそっちにいるの?」そう言うと自分の椅子を引き、パタパタ手招きした。「ほらほら、こっち来なよ」

「はぁっ?お前、さっきから何なんだ一体?いい」

「えー?」

「行かないったら行かないんだ!ダダ捏ねてねえで大人しく着席しろ、この糞餓鬼!」

 怒られた弟は悪びれもせず頬をぷーと膨らませ、お兄さんの馬鹿、もう頼まれたって代わってあげないんだからね、したり顔で反論した。

「御主人様、大人気ないですよ」

 聖樹さんは苦笑気味に告げた後、主の耳元で何事か囁いた。途端当人の顔が真っ赤に染まる。

「そ、そんなんじゃねえって……」

「ふふ」

 流石は長年連れ添った家族。幼い弟より一枚上手だ。

 飲み慣れた紅茶を一口含んだ。美味しい。クッキーもカカオがほろ苦く、でも甘さもしっかりある。

「まだ温かいですね、クッキー。焼いたばかりなんですか?」

「ええ。連絡を頂いてすぐに作り始めて、迎えに行く直前にオーブンから取り出しました」サクッ。「やっぱりまだ少し柔らかい、ソフトクッキー風ですね」

「これはこれで美味いな」「しっとりしてて僕は好きだよ」

 二人の高評価を得、執事さんは無意識に口元を緩めた。

「ところで御主人様。お二人の恩人にきちんとお礼なさいましたか?」

「も、勿論」本当の事を言う訳にもいかず、ポリポリ頭を掻いて曖昧に濁す。

 かあさま、あれだけの屍の軍勢を相手に大丈夫だったのかな……?幾ら超人的な強さを持つ“炎の魔女”とは言っても。

「どんな御方です?」

 探したけれど、貰った手紙の中に彼女の物は無かったし……。

「あ、えっと……やたら金持ちの未亡人だよ、しかも美人の。随分手厚く治療してくれてて、俺が行った時には二人共すっかり治ってた」

「ほう、それは良かった。是非私からも一度お礼が言いたいですね」

「え?いや、それは……」

 困惑し切りの主を観察し、私に会わせられない程素敵な御婦人だったのですね、誠様がいながら、ふふ、何故か悪戯っぽく言った。

「?」

「爺!!」

 横で怒鳴られても涼しい表情。私がどうしたんだろう?

「んな事より、明日のスイーツをとっとと決めるぞ。物によっては買い出しに行かねえと」

「出来れば春らしいお菓子が良いよね。オリオールは何かある?」

 記憶喪失で余り詳しくないので弟に尋ねる。

「うーん……春って言うと、苺とかサクランボとか……後は、桜?お餅とかあるよね」

「桜餅だな。餅米の粉を食紅でピンクにして練り、餡子を中に入れるんだ。その周りを塩漬けの桜の葉で包む生菓子さ」

 分からない私のためにわざわざ説明してくれる。

「爺、今年も確か作ってあったよな、塩漬け」

「ええ、勿論沢山。桜餅以外にもケーキやクッキーの良いアクセントになりますので」

 パン、手を叩く。

「なら作ろう。餡は小豆の水煮缶の買い置きがたっぷりある。後は村に行って粉を買って来れば」

「お願いします。しかしそれは」カチャッ。「お二人のいるティータイムを存分に楽しんでからに致しましょう」

「異議無し」

 左右に並んだ主従は、そう言って寸分違わぬタイミングで紅茶を啜った。




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