五章 忘れられた少女
「やっと出て来ましたね、お三方」
「「「!?」」」」
店の斜め前のベンチで楽譜に目を通していた詩野さんは、そう言ってニッコリ顔を上げる。謎の旅人ハイネを店内に残し、病院に戻ろうとした矢先だ。
「おはようございます、美希さん。もしかして、ずっと私達を待っていてくれたんですか?」
誠が申し訳なさそうに尋ねると、秘書は小さく手を振った。
「いえ、こちらに戻って来たのはほんの十分前です。誠さん達が仲良くブレックファーストを摂っていらっしゃる間に、私も馴染みのカフェでクレープを頂いてきました」くすっ。「ウィルさん、その様子だとどうやら肺の傷は大丈夫そうですね」
「ああ、お陰様でな」
「ではお荷物は後で取りに戻って頂くとして、まずは政府館へ行きましょう。院長にはエル様から既に連絡済みです」
「参ったな。何処から見てた?」
手際が良過ぎる事に敬服しつつ尋ねる。
「丁度非常階段から降りて来た所を、病院の玄関から。余りに皆さんが楽しそうだったので、私もエル様も声を掛けるのを躊躇ってしまいました」
「そうか。気を遣わせて済まない」
四人で仕事場へ向かい始めてすぐ、先頭の詩野さんが脚を止めて街路の右側を見た。雑草生い茂る空き地だ。中央には住宅用地の大文字と、管理している不動産屋の電話番号が書かれた看板が立てられている。
「どしたのお姉さん?」
「いえ……先程通り掛かった時、リーズさんがここをじっと見上げていたんです」
「上って」少年が背伸びする。「空と雲ぐらいしかないよ?」
「ええ、だから少し気になって……誠さんは何か感じませんか?」
おや?単に空模様を見ていた可能性もあるだろうに、余程引っ掛かる様子だったのか?
「?まーくん?」
最後尾の彼は、感応時特有のぼんやりとした両眼で俺達の立った場所を見つめている。
「……女の、子?駄目、薄過ぎてよく分からない……」
「まーくん、ここに誰かがいるのか?」
集中を邪魔しないよう後ろに回る。細い肩に手を置き、詩野さんの足元を指差してなるべく穏やかな声で尋ねた。
「多分……でもうつ伏せだから、はっきりとは分からない。それに、あちこち曲がってて……可哀相に」
歩を進めて腰を屈め、慰めるように地面の十数センチ上の中空を撫でる。
「もう大丈夫。痛くないよ……」
一体何が見えてるんだ?と、手が引っ込んだ。「あ……」
「どうした?」
「ありがとう、って消えちゃった……そっか。もっと早く気付いてあげられなくてごめんね……」
立ち上がって服に付いた土埃を掃い、ごめんね、早くエルの所に行こう、と言う。
「誠さん。倒れていた女の子は」秘書がしなやかな指を天空へ向ける。「もしかして、あそこから来たんですか?」
「「!?」」おい、まさか見えたのって、
「分かりません……随分昔の子みたいで、よっぽど注意してないと感じ取れなかったぐらいだから……」
「そうですか」
彼は小首を傾げ、美希さんは何か心当たりがあるんですか?と言う。
「いいえ……でも少し調べてみます。“赤の星”のリーズさんと彼女がどう関係しているのかは分かりませんが……ありがとうございます、誠さん。お陰で手掛かりが得られました」
そう礼を言い、詩野さんは頬を綻ばせた。




