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三章 若き放浪者



 カランカラン。


 来客を告げるベルの音に、ヤシェさんのトレーを片付けていた主人は顔を入口へ向けた。「おはようございます」

 入って来たのは十四、五歳の少年だった。茶色混じりの黒髪に知性の光を宿す緑目。童顔なのに百八十センチ近く背があり、ぱっと見は大人だ。胸に飛龍の模様が入った蒼地の長袍チャンパオを纏い(“環紗”以外で見るのは初めてだ)、右手には長い棒状の武器。「三節棍だ」燐さんが小声で教えてくれた。

 カウンターの前に来た彼を視界に捉えた瞬間、又隣のリーズが息を詰める。?知り合い?

「済みません、客ではないんです。この街の墓地を探しているのですが、船着場で訊いてもよく分からなくて」

「アルバスル共同墓地の事ですか?それなら店を出て、中央病院の横をずっと北へ行けばそうです。しばらく行けば看板が立っていますから」

「ありがとうございます。早速行ってみます」

「こんな朝早くからお墓参り?お花も持っていないようだけど」

 空の左手を覗き込んで指摘する。

「済みません。実は花屋の場所も分からなくて……」恥ずかしそうに頭を掻く。「良ければそれも教えて貰えますか?」

「いいけど、まだ朝早過ぎて開いていませんよ」


 ぐぅ。クスッ。


「モーニングなら学生さん料金のもあるけれど、どうしますか?」

「―――お願いします」

「じゃあカウンターにどうぞ」

 彼は片付けられたばかりの席に腰を下ろし、隣の椅子に武器を立て掛ける。

「コーヒーと紅茶、どちらにします?」

「コーヒーで」

 どうやら学生用モーニングとはサンドイッチセットの事らしい。マスターが手際良く準備済みのBLTサンドをお皿一杯に並べ、茹で卵とホットコーヒーを付けて出す。

「そちらのお客さん達も、紅茶のお代わりは如何ですか?」

「ああ、貰うよ。まーくんは?」「私はいい」もうお腹一杯だ。「そっか」

 ウィルが空のカップを手渡す。と、卵の殻をテーブルの角で叩きながら剥いていた少年がこちらを向き―――そのまま私を凝視した。


「“黒の……燐光”?何故、こんな所に……?」


 唇だけ動かしてそう言い、驚愕を押し殺して前を向き直す。??どう言う事?この人私を、“燐光”を知っているの??


「よう、ハイネ・レヴィアタ」

「!!?」


 突然私の知らない名前を出し、燐さんが身体の制御を奪う。

「十八年振りか?相変わらずちっとも変わってねえな」

「やっぱり他人の空似じゃなかったんですね。“黒の燐光”……どうして?」

「手前こそこんな朝っぱらから何してやがる?なぁオバサン?」

「誰がっ!?」

 呼び掛けられたリーズが耳まで真っ赤にし、ぎゅっと拳を膝の上で握り締めて俯いた。次の瞬間、


 ガタンッ!「ごめん皆……もう私行かなきゃ」


 突然の事に呆気に取られつつも、流石に白鳩調査団団長は冷静だった。

「そうか、他に行くトコあったんだよな。あ、金は俺が払っておく。後でエルに経費で落とさせるから心配すんな」

 財布を出しかけたリーズを制し、気を付けてな学生さん、手を振った。

「またね、お姉さん」

「ええ。それじゃ……」

 彼女は数秒だけハイネ君を射抜かんばかりに見つめ、フイッと入口へ向かう。何だろう、瞳に宿った怒り、悲しみ、憎悪……けれど、それは何故か彼へではなく、


「誠君」


 振り返った友人は酷く辛そうな顔。

「何?」

「―――ごめんね」

「え?」


 バタン!


 今の……一体どう言う意味?リーズを謝らせる事なんて私、覚えが無い。

「嫌われたもんだな手前も。まぁ無理も無えか」

「彼女は……あ、まさか……あの時の?そうか……僕、邪魔してしまいましたね」

「落ち込む必要はないさ。女は気分屋だ、特に色々問題抱えてるとな」

 燐さんが鼻で嗤う。二つ隣の旅人は気が楽、にはならなかったようだけど、取り敢えず自責を止めてくれた。氣も心地良いし、悪い人ではなさそう。

「おい燐。この坊主は何者だ?お前が知っているって事は、もしかして不死」

「いいえ、違います」本人がキッパリ否定する。

「じゃあ何時、どうして知り合った?さっき十八年前とか口走ってたよな?“黒の城”に行った何よりの証拠だ」

「それは……」長袍の袖を掴み、唇を噛む。

「いいじゃねえか別に。人には一つや二つ言いたくねえ事情があるんだよ、なぁ?」

 ウィルの背中越しに腕を伸ばし、ハイネ君の肩を叩く。

「しかし」

「ウィル……無理強いは良くないよ」堪らず私は口を挟む。「それに外で“燐光”とかポンポン言ったら駄目なんじゃ」

「あ、しまった!」

 彼は慌てて食器を洗うマスターに両手を振る。

「いや、実は俺達劇団員なんだ。今のは台本の相談で全部フィクション」

「分かっていますよ。この店には大学の演劇や映画サークルの子もしょっちゅう来ますから。どんな脚本なんですか?」

「ああ。この子が主役なんだ」

 そう言ってウィルは私の頭に手を置く。

「不死族の箱入り姫と人間の禁断のラブロマンスさ。生憎公演はまだ未定だが」

「へー、斬新で面白そうですね。僕は何の役なの?」

「僕はねー、お姫様を乗せて颯爽と走る白馬だよ!」椅子の下で短い脚をバタバタさせる。「姫に触る奴は皆蹴飛ばしてやるー!ってね。格好良いでしょ?」

「おいおい、ヒーローまでブッ飛ばすつもりか?それじゃあロマンスどころか、ただの暴れ馬の事故だぞ」

「まさかー。幾ら僕でもお兄さんを蹴ったりしないよ」

「は?」

 カァァッ、何故か急速に耳朶まで真っ赤になる。

「あー、でもやるならダンスの練習はみっちりしないとね。千鳥足のワルツなんて見ていられないもん」

「こら!?」

 怒って後ろから首根っこを掴む。きゃー、カップを持ったまま叫ぶ真似。そのじゃれあい方はまるで本物の兄弟みたいだ。

「なら僕は差し詰め、可憐な姫を攫うヒール(悪党)ですね。―――いと美しき王女よ、貴女に相応しいのはこの私めで御座います。そんな下賎の男は、我が愛棍で一撃の下に葬って差し上げましょう」

 朗々と台詞を述べた後、テーブルの上で三節棍を振る真似をし、ハイネ君はクスッと笑う。やっと見せた年相応の顔は、しかしとても悲しげな色を帯びていた。




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