終章 眠りの闇の中へ
「そろそろ到着です。小晶さん」
「ええ、分かっています」
予め説明はされていた。―――“銀鈴”は燐さんと二人で何とかする。だから私には解決するまで眠っていて欲しい、と。つまり、恐らく件のティーさんはもう……。
「まーくんは余計な事考えなくていい」
「ええ。“黒の都”を出てからの心労が溜まっているでしょう?僕等は大丈夫ですから、安心してゆっくり休んでいて下さい」
定期船のボックス席。そこに向かい合わせで座るハイネ君は、対決の緊張からか長袍の下の肩が上がっていた。窓際に立て掛けた三節棍を握り、深い溜息を吐く。
「なるべく早く済ませて起こしてやる。安心しろ、なあ童貞坊や?」
幻の燐さんは左隣で力瘤を作り、ニヤリと余裕の笑みを浮かべた。
「そう上手くいくといいのですが……」
「普通にスルーすんなよチェリーボーイが」
?燐さん、さくらんぼが食べたいの?
「ばっかお前、チェリーってのは」
「小晶さんに変な事を教えない方がいいのではないですか、“黒の燐光”?あの茶髪の男性に怒られますよ」
「あぁ?」バリバリ頭を掻く。「けっ、からかい甲斐の無え優等生が。ま、そうだな。変態野郎にこれ以上何か言われるのは御免だ」
「あの人、エルシェンカさんの御家族ですか?―――へえ、二卵性双生児のお兄さん。道理でよく似ていると思いました」
「そうか?片方死斑出てるのによく分かるな」
「死斑って、勝手に殺したら駄目だよ燐さん。ねえハイネ君?」
「そうですよ」
「まーくんはともかく、このぶりっ子め」
右手が動き、彼の張りのある頬を抓る。
「いひゃいでふ!」
「はっはは!良い気味だぜボンボンが!俺を虚仮にした罰だ!」
左右に軽く振られる。しかしやられている本人は案外嫌ではないらしい。人との久し振りのスキンシップを楽しんでいるようだ。
「あと餓鬼。いい加減フルネームは止めろ。燐でいい」手を放して言う。
「いたた……分かりました、燐さん」
「宜しい」
“碧の星”、“聖樹の森”臨時船着場への着陸メッセージが流れる寸前。兄弟が私の両目の前に冷たい手を置く。
「まーくん。おねむの時間だ」
「はい」
毎日の睡眠とどう言う風に違うのだろう?疑問に思いつつ、促されるまま瞼を閉ざした。
「おやすみなさい、小晶さん」
薄れゆく意識の中、綺麗なテノールの声が聞こえてくる。
「そして―――さようなら」
最後の言葉が耳に届いた瞬間。私は底の見えない暗黒へ、完全に―――墜ちた。




