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二十五章 病室にて 




「お兄さん、どうして僕に嘘を頼んだの?」


 回復魔術の治療者が病室を去り、付き添いのオリオールがそう尋ねる。気胸は傷と一緒に一応塞がれたが、一日入院の上二週間の自宅療養が言い渡された。無茶をするのは勝手ですが、また何時開いても知りませんよ、との有り難い忠告付きだ。

「何となくだよ」

 三十分近くじっと横になっていたせいか、意外と気疲れした。誠の奇跡ならほんの数分しか掛からないので、そう言う疲労はまず無い。

「また嘘。起きてたのに気絶してるって、兄様の邪魔をしないためでしょ。どー考えたってそうじゃん」

 鞄から貰い物の辞書を取り出し、適当に捲り始める。

「子供だからって馬鹿にしないでよ」

「気を悪くしたか?済まん」

 頬を膨らませた少年は、別にー、ふーんだ、むくれた。言う程拗らせてはいないようだ。

「訳が分からん。一体何に怒ってるんだ?」

「今二人っきりだよね、兄様達。まぁ燐お兄さんも一応はいるけど。―――なのに何で涼しい顔していられる訳?」

「はぁ?」

「チュッチュしてるかもしれないじゃん」

「お前、幾ら何でも発想がやらし過ぎるだろそれは」

 まさかこいつ、周りの奴が皆そう見えてんのか?

「本気で最近おかしいぞお前」

「変なのはお兄さんだよ!大大だーい好きなのに、どうして『傍にいてくれ』って一言」

 ああ、成程。如何にも子供らしい発想だな。

「あの状況じゃ、怪我人の俺は完全にまーくんの足手纏いだった。敢えて身を引く必要も時にはあるんだよ、分かるか?」

「好きって言わないのも?―――馬っ鹿みたい!盗られても知らないんだからね!」

 バンッ!シーツ越しに膝元へ辞書を叩き付ける。「った!」


 コンコン。「お取り込み中失礼します。入っても宜しいですか?」「詩野さんか。ああ、どうぞ」


 角の直撃した半月板を擦りつつ、白い扉の向こうへ許可した。

 見舞い用の果物バスケットを手に入ってきた弟の秘書は、お疲れ様でした、具合はどうですか?優しく尋ねる。

「肺の穴が塞がって大分楽になったよ。エルの奴はどうだ?頭、大丈夫か?」

「ええ、可愛らしいたんこぶ一つで済みました」親指と人差し指で円を作る。「フィクスさんも始末書一枚で特に処分は無いそうです」

 無意識に示し合わせた形になったとは言え、異例の判断だ。普通上司にあんな真似をすりゃ即首が飛ぶ。それともシャーゼの奴……辞めても良いと思って無茶を?

「まーくんとハイネは?」

 抜け目無い弟の事だ。予想通り返答があった。

「御心配は要りません。無事改札で乗船を確認しました。先程受けた報告では、行き先は“碧の星”だそうです」

「“碧の星”?降りたのは“聖樹の森”か?」

「そうらしいです。追跡調査をしましょうか?」

「と」「いや、いい」オリオールを遮って断る。「まーくんの事はあいつ等に任せたんだ。俺達は待つしかない」

「そうですか。分かりました」

 勿論正直な気持ちとしては調べて欲しくて堪らない。餓鬼の下らない杞憂などではなく、純粋に危険を推し量りたいからだ。しかし、それではあの孤独な二人を信じていない事になってしまう。

 ―――そう。小晶 燐もまた、ハイネと似た闇を抱えている。だから無意識に信頼を寄せ、協力を仰いだのだろう。同胞として。

「強いですね、ウィルさんは。もしエル様が同じ状況になったら、私は心配で気が気ではありません。―――あら、オリオールさん。何をお探しですか?」

 また辞書を開いた少年は、そ、そ、と呟きつつページを捲る。数秒後、ピタッ。指が止まった。「あった」

「ええと、草根木皮そうこんぼくひですか?」

「ボケないでよお姉さん!その下!」

「ああ、相思相愛」

 互いに慕い愛し合う事、と割と誰でも知っている説明文。それを読んで又も唇を尖らせる。

「今度は何だ?」

 大体想像は付くが、訊かないと更に不機嫌になりかねない。全く、どっちが面倒見てるか分かりゃしねえ。

「どうやったらなれるかぐらい書いといてよ。むー!ねえお姉さん。兄様とお兄さんがソーシソーアイになるにはどうしたらいいですか?」

 子供の問いに、まぁ……至極真面目な秘書は困惑しきりだ。

「マトモに答えなくていいって詩野さん。ケツの青い餓鬼の下らない質問だ」

「下らなくなんかないよ!お兄さんの将来に関わる一大事だもん!」

「こら!だから俺はこのままでいいって言ってんだろ!何一人で先走ってんだ!?」

 カッカした額を押さえつつ言う。と、彼女はクスクス笑った。

「オリオールさん。恋愛にはタイミングもありますし、そう焦る必要は無いと思いますよ?ウィルさんの気持ちは本物ですし、幾ら鈍い誠さんでもその内気付く筈です。その後どうなるかは、流石に私も分かりませんが」

「?」

「幸いまだ特定の人はいないようですが、誠さん『に』好意を持っている方は他にもいますから」

「ええっ!!?ちょ、ちょっとお姉さん!誰そいつ!?」

 バンバンッ!「こら!だから俺を叩くな!!」

「あら、今のは失言でしたね」ふふ。「済みません。どうかお気になさらないで下さい」

「詩野さん、こいつの好奇心を煽らないでくれ」

 そりゃ女の子みたいに可愛くて、しかも宿るのがあの天真爛漫な性格だ。街の住民や政府館の女性職員にはさぞや大モテだろう。そう言うと意味ありげな含み笑いが返ってきた。

「何だよ」「いえ、別に」

「僕の兄様に色目使ってるのは何処の馬の骨だー!?」

 憤懣やるかたない少年は、自分もウマ目ウマ科のくせに看護婦が飛んで来るレベルでギャーギャー騒ぎ始める。俺は含み笑う元凶をチラ見した後、仕方なくベッドを降りて鎮圧に乗り出した。




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