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二十三章 発症



 そこから怒涛の反撃が始まった。


「喰らえ化物共!」


 ホースの先端から刺激臭のある水が噴射される。一見無色透明だが、僅かでも浴びると“銀鈴”達はあっと言う間に皺々になり、悲鳴さえ上げずに動けなくなってしまった。エルの説明では除草剤と言うらしい。ガーデニング等で邪魔な雑草を枯らす際に使うそうで、どうやら母親の管理していた物を探してきてくれたらしい。アムリさんには後で改めてお礼を言わないと。

 有効な武器を手に入れたシャーゼさんは正に水を得た魚。今までの鬱憤を晴らすように見境無く攻撃を仕掛ける。


「はっ!」「たあっ!」「えいっ!」

 

 後は簡単だ。寄生主の異変に零れ落ちた球根をウィルとハイネ君、オリオールが片っ端から踏ん付けて破壊する。二人は真剣な表情だけど、弟は若干楽しそうだ。ジャンプする感じが以前二人でやった影踏みみたい。


 ギギギギ!!「炎よ!」


 噴霧を逃れた男性の太腿へ、友人の放った魔術の火が燃え移る。しかし立ち昇る煙の青臭さは決して人間、そのたんぱく質や脂肪のそれではなかった。

「でやっ!」

 身体の自由が奪われた一瞬。振り返った燐さんの爪先、仕込まれたナイフが正確に心臓内の球根を真っ二つに切り裂いた。凄い命中精度だ。

「これで終わりだ!」

 ところが、最後の一人をウィルがそう言って葬った直後。少し離れた場所で、尚も油断無く棍を構えるハイネ君に異変が起こった。


「うっ!!」


 カラン。武器を取り落とした事にも構わず、彼は左手で右手首を強く掴んだ。空へ掲げた掌、そして手首から首筋へ、見る見る真っ赤な発疹が広がっていく。


 アアアアアアアアアッッッッ!!!!


 絶叫。私達へ向けられた顔面も痛々しいブツブツで一杯だ。

「始まったか。皆、下がってて!」

 エルが肩に掛けたバッグを地面に下ろし、ジッパーを開ける。中から赤黒い液体の入った五百ミリリットル程度の硝子瓶を取り出し―――あれ、血?

「あ、あああ……!」

 真っ赤に充血した眼球と目が合う。凄く、苦しんでる……!


「ハイネ君!」「来てはいけません!」


 駆け寄りかけた私を、彼は必死の形相で止める。

「これが……僕に巣食うウイルス、スカーレット・ロンド。普段は大人しくしていますが、一旦発症すると血を大量に吸収しない限り……全身に激痛を引き起こし続ける」

 ふーっ。荒い息を吐く。

「しかも年月を経るに従って、段々高い能力の人の血液を欲するようになって……つくづく厄介な生物兵器です」

 血を、欲しがる?なら昔私を襲ったのも、もしかしてこの発作のせい。

「大丈夫。前は三日で諦めて治まってくれました……でもこの身体じゃ、ティーの村へ行く所か、船に乗る事さえ到底……」

「ハイネ」

 何時の間に背後に回ったのか、友人が掌中の瓶の蓋を開ける。


 ドボドボドボ……。「あ……エル、シェンカさん……?」


 頭から血液を被った彼は、驚いて振り返る。エルは安心させようと努めて微笑む。

「生憎僕のではないが、れっきとした純血聖族の血だ。これで沈静化してくれるといいが」

 !?純血聖族……じゃあ、さっきからウィルの顔色が悪いのは―――!?「ウィル!?」

 慌てて剣を握ったまま芝生に倒れ込む友人の元へ。ゼーゼー……まるで喘息のような呼吸音。脈も乱れている。

「お兄さん!?」

「おい、あの程度で情けないぞ!」

「近くで怒鳴るな……自分でも……んな事分かってるさ。頭がグラグラしたと思ったら……急に空気が吸えなくなって」

 うつ伏せの体勢で半分顔を横にし、息も絶え絶えにそう説明する。

「多分、傷が開いて気胸が起こったんだ。ただでさえ血を抜いて体力が落ちてるのに、大暴れしたから……」

 私のせいだ。

「自分を責めるな」

 心を読まれ、反射的に視線を逸らしてしまう。

「俺は全然平気だ。これぐらいで死にやしない……」ゼイゼイ。

「全然説得力無いよお兄さん!」

「治療するよ。仰向けになれる?」

「あぁ……済まない」ゴロン。「これでいいか?」

「うん。すぐ楽になるから」

 意識を体内の氣へ集中。もう慣れた物で、何度も深呼吸をしなくても割とすんなり出来るようになった。

 フウッ、と両手が癒しの光を帯び、胸へ当てようとした時。焦った友人の声が辺りに響き渡った。


「拙い!足りない……!!」


 慌てて振り返る。あれだけ浴びたにも関わらず、皮膚が血液を吸収したのか、ハイネ君は注がれている黒髪以外全く濡れていなかった。発疹は先程より大分治まっていたが、苦痛の表情は変わっていない。

「エルシェンカさん、離れて下さい……!!」

 飢えで痙攣する右手を必死に地面へ押さえ付けながら、首を病的にブンブン振る。

「駄目だ!まだ手はある!僕の血を注いで」

「いけません!う、うぅ……止めろスカーレット・ロンド!!もうジョウンさんの時みたいに好き勝手はさせない!!」

「!?何だと……?」

 しまった!疑問を呟き、顎に手を当て始めるシャーゼさん。お願い、どうか勘付かないで!!

「まーくん、俺は後でいい。あいつの所へ行ってくれ」

「え?」

「あいつは二十五年間ずっと一人だったんだ。誰かが手を差し伸べてやらなきゃ……大丈夫、俺にはこの生意気な餓鬼んちょがいる」

 息苦しさのせいか、友人は口を開けて歯を剥き出した。まるで笑っているように見える。


「似てるんだよ……と。だから他人とは思えないんだ。助けてやってくれよ、な?」

 肝心な部分は吐息に紛れて聞こえなかったが、頷いた。

「うん……すぐ戻るから、くれぐれも安静にしててね」


 聖樹さんから直接聞いた訳じゃないけど、何となく予想はしていた。未来の傷が視えてしまう目の影響……それはきっと想像以上に過酷だ。親しい人達の死を、痛みを予見しても何も出来ない無力感。決して言葉には出さないけれど、私も何度か絶望を与えてしまったのだろう。下手に死なない身体を持っているせいで……。

 だからせめて精一杯、皆の傷を癒そう。彼の心の傷痕が少しでも塞がるように。

「エル、ここからは私が」

「誠?あ、おい!」

 自分の剣を抜き、左の手首を掻き切る。ブシュッ!当てた刃の力加減が強過ぎて、血が友人の青紫の頬まで勢い良く飛び散った。

「ハイネ君」

 溢れ出す血を頭頂部へ注ぎつつ、私は背後から青年を抱えた。

「小、晶さん……」

 安らぎの奇跡を使うと、激苦と緊張で強張っていた心身が少しずつ解けていく。

「あったかい……まるで、先生の腕の中みたいな……」

 気丈な武闘家の仮面が脱げ、幼い啜り泣きが耳に届く。

「先生……ジョウンさん……ごめんなさい、僕……僕は」


 バシッ!「った!」


「さっきから勝手に人の親の名前を連呼するな、餓鬼が」

 肩を強く叩いた手を引き、目の前で腕を組んで仁王立ちになる政府員に、私達は吃驚仰天した。

「だって、フィクスさん……僕はあなた達のお父さんを」

「ハッ!幾ら始終ボケた父でも、流石に生まれたばかりの赤子になど殺されるものか」

「いいえ。見た目はこうですが、僕の本当の年は三」

「それに父を殺したのは不死族だ。痛覚がある時点で貴様は条件を満たしていない」

 断言して嘲るように笑うが、不思議といつもの威勢が無い。何処か自分に言い聞かせているような、そんな奇妙な印象を覚えた。

「お前は、妄想に取り憑かれた、感染症持ちの、武術が少しばかり得意なただの学生だ。分かったな?」

 わざとはっきり区切って喋る。こうなったらハイネ君も意地だ。病魔の激痛も忘れて言い返す。

「信じて下さい!僕はあの夜、世界線がどうとか言っていたジョウンさんをこの手で」

「それこそSFの読み過ぎだ!ああ五月蝿い!」バンッ!「さっさとその気持ち悪いブツブツを引っ込めて病院へ行け、病人!小晶!」

 グイッ。抱えていた腕を掴まれる。

「何時まで引っ付いているつもりだ!?餓鬼を甘やかすな!血はもう充分与えただろう!早く向こうへ行って、あの目障りなずた袋をどかせ!」

「おい、ずた袋って俺の事かよ……?」

 動けないウィルが恨みがましい視線を向ける。

「あ」

「どうしたのハイネ君?」

「発疹が……止まりました。もう大丈夫です。小晶さん、早く止血を!」

「あ、うん」

 癒しの奇跡で傷はあっと言う間に塞がり、跡形も無くなる。

 腕を放した私の横から、エルが屈み込んで彼の後頭部に触れる。

「良く耐えたな、ハイネ。もう大丈夫だ。今、ルマンディ博士とお父さんがここへ向かっている」

「!!?父と、博士が……?」

 瞬間、和らいでいた顔に緊張が戻る。

「そら、噂をすれば来たよ。おーい、こっちだ!」

 事情を知らないエルが明るく大声で呼び掛けると、林道から二人の男性と美希さんが走ってきた。




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