二十二章 狂気の鈴
フィクス家の前は騒然としていた。中心の男三人を、どう贔屓目にもコスプレではない連中が取り囲んでいる。
(おいおい女医さん、幾ら何でもマトモな人間には見えないぞ?)
目玉から直に茎が生え、観察している間も伸び続けて鈴蘭の花を咲かせる超未来的特殊メイクだ。
「小晶さん!」ガンッ!誠に掴み掛かりかけた女の両腕を、果敢にも三節棍で受け止めるハイネ。頬の真新しい傷から血が伝う。「今の内に早く!!」
いち早く駆け出したオリオールは、小さな身体を活かして異形達の足元を悉くすり抜けた。一分後、無事愛する者の足元へ到着。
「兄様!怪我は無い!?」
重箱を大事に抱えた誠は小さく頷く。
「う、うん、私は何処も……でも二人が」
「余計な事を言うな!」
ハイネの反対側にいる第七対策委員が、目の前の植物老人を蹴飛ばしつつ怒鳴った。相当身体を張ったらしく、既にあちこち擦り傷だらけだ。
「おい糞餓鬼!早く小晶を連れて逃げろ!こいつ等、限度も知らず寄って来て敵わん!!」
「僕からもお願いします!」
押し返し、女が尻餅を付いた所を圧し掛かった。グサッ!「ガアッ!!」棍の先端が地面にまで貫通する。
「フィクスさん!確か鳩尾の辺りでしたよね!?」
「多分な。くそっ、キリがない!」
バシュッ!爺の頭を刎ね飛ばすも、首無し死体は何事も無かったかのように再び奴へ掴み掛かろうと腕を伸ばした。
「矢張りあの球根を破壊する以外無いな。手間の掛かる“死肉喰らい”共め!!」再度剣を振るい、両腕を切り落としつつ怒鳴る。
状況は最悪だ。俺は剣を抜き、弟に援護を頼む。
「勿論。何はさておき誠の保護が最優先だ」
その声で反射的にこちらを向き、目を丸くする青年。
「エルシェンカ、さん……?その顔の痣、一体」
「話は後だ、ハイネ・レヴィアタ。球根が弱点なのか?」
「ええ。さっきはフィクスさんがこの辺りを攻撃したら零れ出てきて―――ありました!これです!!」
躊躇い無く突き刺さった棍の横へ手を入れ、直径三センチ程度の白い塊を抜き取る。
「返ジデ!!」
地面に縫い止められた女が蔓に破壊された咽喉で叫ぶ。が、願いは聞き入れられなかった。
「済みません」グシャッ!「ギャアアアアッッ!!」
絶叫。倒れた女は見る見る乾燥した草へ変貌し、人型は完全に崩壊してしまった。二度目の筈の誠は弟と重箱を抱き締め、ショックで凝視したまま硬直する。
「業火よ!」
エルが印を結んだ両腕を左右に広げる。次の瞬間、紋様の浮かぶ両手から魔力の光が放射され、周囲数人に飛び火して盛大に燃え上がった。
「グギャアアッッッ!!」
「アヅイッ!!アヅイッ!!!」
「ヤメデェーッ!!」
苦悶の表情や悲鳴は人間そのもので、酷い罪悪感が襲う。本当にこいつ等を治す方法は無いのか?
「おい、エル」
「奴の術中に嵌るな兄上。あの死体を見てみなよ。人の形を取っているだけで、彼等の肉体も……魂も既にここには無い」
「そうです」向こう側から旅人も応える。「僕の女性アレルギーが反応しない事からもはっきりしています。こいつ等は人型を真似た、とても性質の悪い植物です。良心の呵責を覚える必要はありません」
「―――ああ、分かってる」
勿論納得など出来る筈が無い。が、俺が迷っていては、敵の只中で取り残された天使をとても守り切れない。以前の、特にプルーブルーの時みたいな失態は二度と御免だ。
(くっ……保ってくれよ)またふらつき始めた頭の側面を拳で叩く。
「二人共、今行く!後少しだけ我慢してくれ!」
剣を振り上げ、邪魔な植物共を排除しに掛かる。
「はあっ!!」
流石にこの数を相手にするのは難しい。まずは退路を確保するため脚部を狙う。
「天破、裂驟!!」
剣から生じた無数のカマイタチが膝辺りを切り裂き、怪物数体を転倒させた。昨夜燐との特訓で(ズタボロになりながら)開発したばかりの新技だ。一点集中の早雲と違い、攻撃力自体は低いが広範囲で使い勝手が良い。相手が生者なら今ので決着が付いていたのだが。
「イダイッ!」「ゾイヅモ殺ゼ!!」
「大人しく寝といてくれ!」
ガンッ!起き上がりかけた少女の背中を踏み付け、口腔内をとびきり苦くしながら進む。
この集団は一体何なんだ?子供や老人もいるって事は、何処かの村が丸ごと“死肉喰らい”化したのか?そして彼等を裏で操るのは四天使、ジプリール……くそっ!つくづくムカつく御使い様だ!!
「来ないで!」「それ以上近寄らないで下さい!」「拙いぞ!追い詰められた!」「わーん!!こっち来ないでよ!!」
四人はじりじりとフィクス家の玄関前で包囲され、逃げ場はもう無い。
「兄様、中へ隠れてて!」
「おい止めろ餓鬼!家を穴だらけにするつもりか!?」
「だって」
「駄目、オリオール!中にはアムリさんが!彼女を危険には晒せないよ」
誠は弟に重箱を預け、背中で庇いながら自由になった両手を胸の前へ。心地良い陽気にも関わらず、肌理の細かい額には脂汗が流れる。
「う……」
「小晶さん?」
拙い。“泥崩”の時と同じく、“死肉喰らい”の氣に当てられ始めている。
「チッ!いつもの病気か。おいしっかりしろ!!」
政府員が首の後ろを乱暴に叩くも、苦痛の表情は変わらない。
「まーくん、駄目だ!!意識をはっきり持て!」
「兄様、こっちに集中して!」
今度は前に回り込んだ少年が手をギュウッと握って引っ張る。その刺激にようやく緊張が僅かに解けた。
「う、うん……ごめんなさい」
米神を押さえつつ、自分だけに聞こえる声に必死で耐える。片想いの彼が苦しむ姿は、未だ胸に残る銃痕よりずっと深く胸を抉った。―――憎い。過去、自分を放逐した時より遥かに憎悪は強い。
隔てられた数メートルがもどかしい。「エル」「ああ」双子の以心伝心が働き、首肯し合う。
時間が無い。多少危険だが、俺は地面を蹴って怪物の肩に跳び乗った。
「何ヲズル!?」「動くな!」
そのまま連中の肩を一直線に連続ジャンプ。一気に皆のいる玄関前へ降り立った。
「“黒の都”の時と言い、無茶をする奴だ!」
「お褒めの言葉ありがとよ。まーくん、大丈夫か?」
頭に左手を置かれた誠は小さく頷き、ごめん、まだ怪我治り切ってないのに……項垂れる。拙い、相当責任を感じてるな。
「お前は悪くないだろ。辛いだろうが、後少しだけ我慢出来るか?」こくっ。「よし、良い子だ」
自分で発言しておいて不思議な気分になった。まるで夢の俺みたいだな、今の言い方は。
「ここさえ切り抜ければひとまずは安全だ。ハイネ、発作は?」
一人林道方面へ残った弟に突然声を飛ばされ、武闘家は一瞬焦った。
「はい、まだ大丈夫です。だけどティーが」
「?誰の事だ、まーくん?」
俺が尋ねると彼は何故か逡巡し、結局開きかけの口を閉ざしてしまった。かなり言いにくい事のようだ。
「―――分かった。後で話してくれ。今はこいつ等をどうにかするのが先決だ」
しかしどうする?悠長に球根を一個一個取り出して砕いていたら、確実にこちらが先に全滅する。油か何かがあれば、振り掛けてエルの魔術で一気に火葬出来るのだが。
バタンッ!「やっと見つけた!シャーゼ、これ使って!」「何?わっ!?」
突然開いた玄関ドア。女医は半ばそれを弟へ投げるように渡し、バタン!再び閉めた。余りに一瞬の出来事で、一同呆気に取られる。
「これは……フン、アムリにしては良い物を寄越したな」
銀色の金属製リュックサック(?)、その上部から続く同質のホースを眺め、もう一度鼻を鳴らした。




