十九章 祝福の銀花
「罪深き仔よ」
何処までも冷涼な声が耳に届いた瞬間、全身を激しい悪寒が襲う。膝の抜けかけた私を「小晶さん!?しっかりして下さい!」ハイネ君の逞しい片腕が支えてくれた。
「そして“踊る者”。何故まだ“黒の絶望”をその手にしていないのです?過ちを繰り返し、更に永き痛みを耐えるつもりですか?」
「その問いには以前答えた筈です、四天使。僕に“黒の燐光”は必要ありません」
彼も会った事があるんだ、彼女に。でも、永き痛みって一体……?
「理解出来ません。蝕みさえ治療出来れば、あなたは愛する者に再び会いまみえる事叶うのですよ?失われた四半世紀どころか、二人で永遠を手に出来る」
「その誘いには乗りません。誰であろうと、先生のいるこの宇宙を破滅させやしません!」
ブンッ!先手必勝。三節棍を勢い良く振り上げ、蒼髪の女天使に攻撃を仕掛けた。
「成程。では『彼女』が相手ではどうです?」
水飛沫を上げ、一瞬で遥か後方へ瞬間移動したジプリールは、完璧な均整の腕を優雅に天へ掲げる。
「ウ……ヴゥ……!」
次の瞬間、目を疑った。林から一斉に老若男女、少なくとも二十数人が私達を取り囲むように現れたせいだ。
(何、この氣……?)
一見した所普通の集団だが、人として不自然な生命力に酷く違和感を覚えた。まるで芽吹く植物そっくりな氣に。
「あなたはティーの!?」
先頭の無精髭を生やした中年男性を指差し、ハイネ君が動揺を見せた。
「ウゥ……ガンジル」
開いた口腔から舌の代わりに緑の蔓が伸び、鎖骨の前で二列の丸い白花を付ける。鈴蘭、だ。村の近くにも咲いている、外界では割とポピュラーな植物。
「鮮麗なる音を鳴らし、人々に新生を齎す神の御花―――“銀鈴”。御覧なさい、心洗われる美しさでしょう?」
異貌の男性を手で示し、とてもYESとは答えられない問いを放つ。
「小晶さん、離れて下さい!彼等も“死肉喰らい”です!」
私を庇い、童顔の武闘家が前に立ちはだかった。
「忌々ジイ鈴蘭ヲ除草ズル力」
「ヤッド見ヅゲダ」
「ゴレデ侵ザレダ身体ヲ戻ゼル」
天使の言葉とは裏腹に、人々は微塵も祝福を歓迎していないようだ。眼球の端に新緑の芽を吹き出させながらジリジリと私達へ、正確には私の心臓へにじり寄って来る。
「嫌、来ないで下さい……!」
重箱を胸の前で抱え、襲撃の恐怖に震える。
「「「ゾレヲヨゴゼ!!!」」」「っ!!」「させません!!」
一斉に襲い掛かる“銀鈴”達を、ブンッ!二箇所が折れた棍が唸りを上げて数メートル吹き飛ばす。普通の人間ならば叩き付けられたダメージですぐには起き上がれない。が、
「邪魔ヲジナイデ!」
即座に立ち上がった女性の半ば蔦に呑まれた腕が伸び、間髪入れず次の一撃を放とうとするハイネ君の手を掠めた。苦手な異性に驚き反応が遅れた次の瞬間、ブシュッ!手の甲の皮膚が裂ける。
「くっ!?」
「何ボケッとしてやがる糞餓鬼!」
靴に暗器を仕込んだ燐さんの回し蹴りが、走って追撃を仕掛けようとした彼女の頚動脈を正確に切り裂く。だが首がブラブラしても全く怯んでいない。血は一滴も流れず、傷口からは血管の代わりに千切れた数本の鈴蘭の茎が覗いていた。
「四天使、ティーは!?あの子は何処だ!!?」
血を長袍で拭いつつ叫ぶ。必死な彼に対し、ジプリールはうっすらと微笑んでみせた。
「勿論自分の村です。あの幼き信仰者には御花を広めると言う使命がありますので」
「そんな……村の十数キロ先には」
「ならば“踊る者”、ハイネ・レヴィアタ。自身達を救う力を求めなさい。すぐ傍らの災厄を、その強き手で希望へと昇華させて」
どうやらティーと言う人が“銀鈴”の本体のようだ、ハイネ君の友達の……。
「断ります!」
「そうですか。しかし何れにしろ主の御心は絶対。仮令信じずとも、あなたには階段を昇る資格がある」
「そんな物要りません!それよりティーを、あの哀れな女の子を人間に戻せ!!」
!?女の子……まさか、ジプリールは彼が女性と戦えないのを逆手にわざと……!「酷い……!」
人の心を弄ぶのが神様の意志なの?こんなに傷だらけのハイネ君が、更に苦しまなければならない道理なんて、絶対無い!
「では仕方ありません。罪の仔等よ、“銀鈴”の使徒達の裁きを受けなさい」
「待ちやがれ!!」
燐さんが天使へジャンプしかけるも間に合わない。指先からの水を纏った彼女は空間転移し、以前と同様あっと言う間に姿を消してしまった。
「チッ!取り敢えずこいつ等を何とかするぞ!子供云々はここを切り抜けてからだ!!」
「はい!」
でも一体どうすればいいの?彼等の肉体は完全に鈴蘭の侵食で異形と化している。下手に分離させたら……。
「何甘い事考えてやがる!?どう見たって殺すしかねえだろーが!いいから氣探って早く弱点見つけろ!これじゃキリが無いぞ!!」
「でも」
「小晶さん、気持ちは分かりますが……もう手遅れです。僕達が出来るのは、せめて少しでも早く彼等の苦痛を終わらせる事だけ」
項垂れた青年の表情は、こんな場面が一度や二度では無かったと知るに充分だった。
身体のコントロールが戻り、深呼吸して意識を包囲する“銀鈴”達へ向ける。
(何て澄んだ悲しい氣……これがティーさん)
この場にいなくても分かる。彼女は凄く優しくて良い子だ、邪悪の付け入る隙など無いぐらい。―――助けたい。何としてでも。
「小晶さん!?」
「大丈夫……だから泣かないで」
気付いた時にはもう遅い。彼女の声に耳を澄ませ過ぎ、気付いた時には“死肉喰らい”達の目の前まで進んでいた。
「殺ゼ!」
「心臓ヲ奪エ!」
「きゃっ!!」
男性の手が、人間では有り得ない硬質な茎が生えた腕だ、右肩を引き千切らんばかりに掴み掛かった。




