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十八章 彼岸からの封筒




「ここ」

 先頭を行くアムリさんが掌を広げ、空の重箱を抱える私とハイネ君に自宅を示した。

「立派な家ですね」

 郊外の林に囲まれるように建つ、赤茶けた煉瓦の一軒家。シェニーさん不在で雑草に占拠された庭も広い。彼女の趣味はガーデニングで、病を得る前は様々な花を植えていたと聞いたので、その凋落振りに悲しくなった。

「もう何も植えないんですか?」思わずそう尋ねる。

「ううん。お母さん言ってなかった?今度家に帰って来る話」

「え?」初耳だ。

「私の連休を利用して二日間ね。あの子はどうせ家にいないだろうし……あ、でも小晶さんが」

「私がどうしました?」

「ううん、何でもない。とにかくその時に掃除しようって約束しているの」

 荒れた花壇を愛しげに見つめ、来年は色んな花で一杯になっているだろうから、きっと吃驚するよ、と言う。

「僕も以前みたいな綺麗な庭に戻るのを楽しみにしています」

 ハイネ君、ジョウンさんに連れられてここを訪れた事があるようだ。遠い過去を見る目の先には、きっと手入れされた素晴らしい花畑が広がっているに違いない。

「レヴィアタさんって不思議な子ね。学生さんなのに私より年上みたい」

「よく言われます」

「礼儀正しいのはいいけど、若年寄りにならないようにね。さ、家の中へどうぞ」


 鍵を差し込み、カチャン。キィ。「「お邪魔します」」


 リビングに通された私達は、促されるままクリーム色のソファに並んで座る。少し待ってて、アムリさんはそう断って二階へ昇っていく。

 姉弟共仕事で家を空ける事が多いせいか、家具は必要最低限しかなかった。壁にはシェニーさん作と思われるコスモスの押し花が木製の額に入れて飾られている。その隣には色褪せかけた家族写真。

「この人がジョウンさん……」

 まだ学生の二人は母親似らしく、彼とは余り似ていない。髪や目の色も一人だけ黒い。あ、でも顎の輪郭や鼻筋の辺りは姉弟にそっくりだ。

 墓地で突然声を掛けられた時は焦った。でもハイネ君の名前を聞くと、解剖医は何故か自宅へ招待すると言い出した。お父さんに頼まれた物があるから、と言って。

「爆弾だったりしてな。大体怪し過ぎるだろ。あの女、トボけているが実はムッツリ野郎以上に手前を恨んでるかも」

「燐さん!?」

「―――それでも構いません。生憎ダイナマイトぐらいで僕は死ねないでしょうが……御家族の気持ちが済むなら、幾らでも甘んじて受けないと」

 悲壮な表情で俯く。


 トン、トン、トン。「お待たせ」


 アムリさんが手に持っていたのは、一通の古びた封筒。ちゃんと「ハイネ・レヴィアタ君へ」と達筆で表書ぎされている。

「お父さん、いつも飄々としていたくせに、妙に色々な方面に手紙を遺しててね。偶に訪ねてきた人へ渡しているの」

「手紙?シャーゼさんも?」

「あの子は知らないんじゃないかな。お父さんの書斎、入ってるの見た事無いし」

 手渡された封筒を見つめ、ハイネ君は辛そうな表情を浮かべた。その様子を見て、女医さんは少し困ったように手を振る。

「ああ、ほら君。そんな深刻そうな顔しちゃ駄目。お父さんの事だからどうせ巫山戯た内容に決まってるもの。はい、鋏」

「ありがとうございます」

 ジャキ、ジャキッ。封の端を切り、中身を抜き取る。


「これは―――種?」


 厳重密閉されたビニール袋に収められていたのは、一ミリにも満たない大量の芥子粒状の黒い物だった。

「あれ?お父さん、手紙入れ忘れたのかな?これじゃあ花か草かも分からないじゃない」

「……カーネーション」

 ハイネ君はポツリと呟く。

「ジョウンさん……僕の好きな花、覚えてくれていたんだ」

 笑顔を浮かべた後、長袍の腰のポケットへ大事に仕舞う。

 年齢と発言に矛盾を抱いた筈のアムリさんは、しかし肩を竦めただけで追求はしなかった。

「喜んでもらえて良かった。今日はお父さんにお花ありがとう。きっと土の下で嬉しがってると思うよ」私に向き直り、「小晶さんもね。あ、そうだ。シャーゼ、ちゃんとエルシェンカ様の所へ行った?一応朝ご飯の時に口を酸っぱくして言ったんだけど、うわの空だったから聞いてなかったかも」

「ええ、本人もすっかり忘れていたと言っていました。でも大丈夫、プレゼントは私達が無事届けましたから」お世辞にも余り喜んではいなかったけれど。

 すると彼女は意外そうに眉を上げた。

「プレゼント?あの子に誰から?」

 シャーゼさん、“黒の都”の件、アムリさんに話したのかな……?この様子を見る限り何も知らせていない気がする。

「えっと……仕事中に助けた街の人達からです」

 うん、嘘は一つも無い。

「それってお尻のああなった?」噴き出しかけながら問う。「何をくれたの?」

「良く効く湿布薬です。でも今頃、何処かのゴミ箱に投げ捨てているかもしれません」

「あっはは!あの子らしいわ!!」

 とうとう耐え切れず、お腹を抱えて笑う。

「でも持って来てくれたのは小晶さんだから、無下に捨てる訳にもいかないし!傑作だわ、どんな顔で帰って来るか楽しみ!」

 ?私が渡すと何か変わるのだろうか?と、ハイネ君が立ち上がって頭を下げた。

「フィクスさん、こちらこそありがとうございました。僕、そろそろお暇します」

「お茶でも飲んでいかない?私今日は休みだから、ゆっくりして」

「いえ、定期船の時間が気になりますし」チラ。「こちらの姫君も送っていかないと」

 あ、昨日のお芝居の話か。よく覚えているなぁ。

「あら、それなら仕方ないわね。―――小晶さん」

「何ですか?」

 女医はウインクした後、ペコリ。

「あの子、これからも色々迷惑掛けると思うけれど、良いお友達でいてあげてね」

「はい、分かりました」

 私はとっくに友人のつもりだけど、改めて言われると何だか恥ずかしかった。

 玄関まで見送られ、二人で外へ。


「帰り道気をつけてねー!」「お邪魔しました」「さようなら」


 私達も手を振り返しつつ、大通りへ出るために林道を戻り始める―――その、矢先だった。




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