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十七章 赤き輪舞の因縁



「ありがとう兄上」保冷バッグを肩に掛け、双子の弟は再度頭を下げた。「これでもしもの時の備えが出来たよ」

 貸切の診察室を出、ロビーで待たせていたオリオールと合流する。

「お兄さん、大丈夫?」

「ああ。心配無い、いつもの事だろ」

 言った途端、蒼髪の少年の顔が二重になった。二時間もすれば治るだろう。問題無い。

「でも昨日起きたばっかりなのに。―――ねえ、エルのお兄さん。それ一体何に使うの?そろそろ僕達にも教えてよ」

 不審げな目付きで睨まれ、弟は首を縦にした。

「勿論さ。流石に無知なままハイネ・レヴィアタを拘束するのは不可能だからね。幾ら何でも危険過ぎる」

「何者なんだ?あの坊主」

「病院を出よう。話は道中で」

 玄関を抜け、春の陽気でぽかぽかの大通りを歩き始める。

「さてしかし、一から話すととんでもなく長くなるな。―――取り敢えずジョウンと、こいつに関係ある事だけを教えよう」

「ジョウン?シャーゼの父親の?」

「ああ。あいつは『神童』だったからね、色々難事件を扱っていたよ。……だけど、不本意にも幾つかは未解決を迎えた。その一つがハイネ・レヴィアタと、『赤の輪舞スカーレット・ロンド』に纏わる事件だ」

「スカーレット、ロンド?」

 ダンスっぽい名前だ。

「Dr.スカーレット。元引き籠りでも噂ぐらいは聞いた事があるんじゃないか?」

「引き籠りって誰が?」

「ああ……確か至上最高刑、懲役五百年を課せられた大量殺人犯だろう?判決の日、号外を渡されて読んだ」少年の疑問を無視して答える。

 一日五十個限定アップルパイの行列に並びながら、珍しく熟読したのでよく覚えている。わざわざ持ち帰って爺とも話題にしたぐらいだ。

 元々は腕の良い内科医だったらしい。だが結婚を機に引退。夫と彼の連れ子の娘と共に、人里離れたラボで医学会を主なスポンサーとする細菌研究を始める。―――それが悪夢の始まりだったと、シャバム最高裁判所で元夫は証言したそうだ。トレードマークの真っ赤に染めた白衣を着、始終不敵に嗤う元妻の前で。

「五百年!?その人、一体何人殺したの?」

「……遺体が発見されているだけで二百人。しかも奴の作り出したウイルスで、今も後遺症に苦しむ人間が大勢いる。ハイネ・レヴィアタ……あの子も被害者の一人だ」

「しかし裁判は随分昔に終わった筈だぞ?少なくともあの坊主が生まれる前には」

「宇宙暦六百六十年、四十年前だ。僕も捜査指揮官の一人として証言台に立った。ハイネの生まれる一年前だ」

 雰囲気で何となくは感じていたが、矢張り見た目通りの年齢ではなかったのか。

「って事は、あんな童顔だが三十九歳」

「そうだ。―――裁判の十五年後、二十五年前。服役していたDr.スカーレットは、特殊衛生刑務所から脱走。賛同者と様々な事件を勃発させ、その捜査をジョウンが担当した。最終的に犯人達は全員死亡。だが……彼女等を葬った代償に、ハイネは最凶最悪のウイルス、スカーレット・ロンドに感染してしまった」

 紋様の浮かぶ拳を握り締め、全ては僕等大人達の判断ミスが原因だ……、と呻く。

「じゃあ、さっき呼んだ博士は?」

「裁判の原告の一人、Dr.スカーレットの元夫の息子さ。彼の父親は一度、スカーレット・ロンドのワクチン精製に成功したんだ。尤も直後に敵の手に落ち、帰らぬ人となってしまったがね……」

 惨状を思い出したのか、痛ましげに首を横へ振る。

「亡父の後を引き継いだ息子は研究を続け、今も残る感染者達を救おうとしている。勿論ハイネも。ただそのためには、変異を重ねた現時点のウイルスがどうしても必要だ」

「進化している、って事か……」

「行方不明の直後、彼は一度だけ博士の元を訪れている。その時採取したスカーレット・ロンドの形態は、既に博士の予想を超えた変化をしていたそうだ。成長期の子供だったせいか、はたまたDNA的に相性が良かったせいか。とにかく彼は適合しやすい体質だったらしい。大人と違って発作も殆ど起こさず、しかも好作用である身体能力の異常な向上の恩恵を受けている。不死族のように年を取らないのも、それだけウイルスの抗老化作用が強力だからさ。―――ただ」

「何だ?」

「一度発作が起きれば話は別だ。効果は正に名前通り……だから政府では、感染者を準“死肉喰らい”に認定している」

「!!?」

 驚愕する俺達に、弟はやや自虐的に笑う。

「あくまでも準だよ。心配しなくても百七十二条の規定には引っ掛からないようにしてある―――現時点ではね」

「何それ?どう言う意味?」少年が首を傾げる。

「博士が治療しても、もしウイルスが消えなかったら……だろ、エル?」先回りして答える。

「その通りさ。考えたくはないが……何せ二十五年だ。現代医学では到底敵わない、未知の細菌になっている可能性は充分ある」

 昨日の喫茶店での様子を思い出す。あの武闘家の格好も武器も、放浪を咎める大人を遠ざけるためか……危険な己から。

(一食ぐらい奢ってやりゃ良かったな)

 燐と気が合うのもこれで納得出来る。人に余り過ぎる力を持つ青年にとって、奴は恐らく初めて遠慮の要らない相手だ。そう簡単には死なない、本気でぶつかれる大人。

「そのウイルス、俺達には感染するのか?」

「血液に接触しない限りは大丈夫だ。不死族は病気知らずだし、問題無いだろう」

 そこではた、と気付く。何故弟はわざわざ死んだ相棒の名前を持ち出した?疑問の次の瞬間、飛躍した発想が脳内に舞い降りる。まさか……。


「おいエル。発作が起こると、もしかして本人の意志と関係無く人を殺してしまうのか……シャーゼの父親も、あいつが?」


 目まぐるしく弟は表情を変え、それから観念して喋り始めた。

「―――可能性は一番高い、死因から考えてもね。他にも幾つかの通り魔事件は恐らく彼の仕業だろう」

「全身の血が抜けた事に因る失血死、だったよな確か?成程……シャーゼが考えるように不死族が犯人なら、そこまで血を奪う必要は無い」

 本丸である誠を除けば、彼等の消耗は微々たる物だ。仮に採取しても大半は廃棄するしかない。

「そこまで分かってて、何でキューキンドロボーに教えてあげなかったの?ズルくない?」

「子供の君でも分かるだろう。今までの話で、彼には充分な情状酌量の余地があると。―――昼行灯は復讐なんて望んじゃいない。あいつは死ぬ間際まであちこち伝手を頼り、彼を捜していた」

「でも……じゃあ仇が討てないキューキンドロボーはどうなるの?可哀相だよ」

「それはどうかな」

「えっ?」

「まだ何とも言えないが……もしかすると、あの復讐鬼は別な道を選ぶかもしれない。憎悪でも義務感でもない、もっと違う感情に因って……」

 何の謎掛けだ?仇討ちしか目に入ってないあいつが、選りにも選って諦めるだと?

「??」

「やれやれおチビさん。君の兄さんは正に荒んだ世に舞い降りた救世主だよ。これは何としてもジプリールの魔の手から守り切らないと。責任重大だぞ」

「誰が相手でも関係無いよ!」

 拳を振り回し、わーっ!!雄叫びを上げる。

「兄様を傷付ける奴は、皆僕とお兄さんでやっつけてやる!ね!?」

「まぁな」

「もー!大好きなのに何でそんな冷めてるの!?変に大人ぶっちゃって、引き籠りのくせに!!」

「おい、辞書引かなくて大丈夫か?」

 すると腰に手を当て、馬鹿にしないでよ!小さな胸を反らす。

「一日中布団被って寝てる人の事でしょ?ん……あれ?じゃあ兄様も引き籠り?え?何か違う……おかしいな、前に聞いた時はもっとこう、悪い感じだったんだよ。ロクデナシ、とか、オヤノスネカジリとか一緒にいってたもん、通り掛かりのオバサンが。うーん……でも兄様はろくでなくないし、王様の脚を齧るなんて野蛮な事しないし……あれれ?頭がこんがらがってきた」

 うんうん唸る子供を兄弟で見下ろし、出した声が見事にハモった。


「「帰ったら辞書」だな」だね」「うう……お兄さん達の意地悪!!」


 アッカンベーをし、少年は盛大にむくれてみせた。




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